第5話 ギャラクシー☆バーガー
「バカじゃないの? 朝っぱらからフーと下らないことで言い争いしてるんじゃないわよ。毎度毎度飽きないんだから」
昼休み。
僕たちは庁舎を出て、隣接したショッピング・モール――「オービタル・ヒルズ」内のファースト・フード店で昼食を取っていた。
ポップな看板が目印の「ギャラクシー☆バーガー」に入って注文を済ませるなり、同僚のアリサが呆れたように言った。
彼女はポテトを一つまみして、僕をじろりと見つめる。
ちなみに庁舎には立派な社員食堂や、メニューの豊富なフード・コートなどが完備されている。けれど、僕とアリサは外で昼食を取ることを好んでいる。僕たちは、今は無き木星圏コロニー出身であり、オールド・エイジ的な表現を用いれば幼馴染と呼ばれる関係である。
アリサは赤みがかった金色の髪の毛に、翡翠を嵌め込んだような大きな瞳の女の子で、再びオールド・エイジ的な表現を用いれば、白人と黄色人種のクォーター。そんな、黒のフォーマルなスーツに通信士用のヘッドセットを常に着用している口うるさい昔馴染は、特大のパテが二枚重なったハンバーガーを大口で頬張ると、それをLサイズのコーラで流し込んだ。
「だいたいね、さっきの求職者が、シロウがリストに上げた企業に転職できないなんて分りきっているでしょう? 無駄な時間を使ってるんじゃないわよ。大多数の大企業は、ヒューマー以外の人材を雇用しない。そんなの常識でしょう?」
アリサは面倒くさそうに言って再びポテトをつまんだ。
「そんなの、分らないだろう?」
「分かるわよ。総合的宇宙雇用システムリンクのAI診断だけじゃなくて、星府公表の雇用統計に現れているんだから」
僕の反論を即座に論破して見せるかのように、彼女は腕時計型の情報端末からホログラムで雇用統計のデータを浮かび上がらせた。空気中に投影されたホログラムのデータ群の全てが、アリサの言っていることが正しく、僕の言っていることが間違っていることを正確で明確に告げていた。
「ご希望なら、アンタがハンバーガーのミンチ肉になりたくなるぐらいのデータを見せてあげるわよ?」
アリサは大きな翡翠の瞳を嗜虐的に輝かせると、次から次にデータという名の弾丸で僕を蜂の巣にしていった。まるで死体に鞭を打つかのように。
「もうやめてくれ。十分だよ」
「よろしい」
彼女は勝ち誇ったように微笑んで、展開させたホロを全て消し去った。
まるで魔法の杖を振ったかのように、ホロを出現させたり消したりしてみせるこの技術は――「iリンク」と呼ばれるテクノロジーの賜物。
「iリンク」とは、増幅された脳波によって情報端末をコントロールする、今の宇宙生活には欠かせない技術の一つであり――情報端末と通信技術の両方を指してそう呼称されている。
全てのコンピューターがネットワーク化していった宇宙開発時代に開発されたこの新テクノロジーは、それまでの人類の生活を一気に過去のものへとした。脳波によってネットワークにアクセスし、頭の中でそうと命じただけで情報端末を操作することを可能とした結果、人類社会は完全なるユビキタス社会を実現させることに成功したからだ。
サングラス型やコンタクトレンズ型のウェアラブル・コンピューターを使用すれば、視覚上に様々な情報の層や窓を映しだすことが可能であり、ネットワークが創りだす
こちらの技術では、拡張現実だけなく五感全てでネットワークに接続できる仮想現実へのダイブをも可能にしている。
アリサの場合は、脳にナノマシンこそ埋めていないものの、大出力の脳波増幅装置である特別なヘッドセットを用いることで、通常の何十倍もの速度でのiリンクの使用を可能としている。更には高度なハッキングをも得意としている。
つまりiリンク使いとしては優秀過ぎるため、彼女に情報戦で勝とうなどというのは間違った考えなのだ。
「それはそうだけどさ、でも多くの企業はヒューマー以外の技術顧問やアドバイザーを置いてるんだからさ、ゲロロさんだって――」
僕は何とか食い下がってみた。
「その顧問やアドバイザーに任命されている宇宙人たちは、銀河帝国の推薦を受けていたり、広域宇宙開発機構に所属している科学者や技術者、または高官たちでしょ? 有名な大学や研究所から出向してきてるのよ。つまり、うちにやって来たケロッピちゃんとは水も畑も違うの」
アリサはまたしてもぴしゃりと僕と叩き潰し、ポテトを一つまみして更に言葉を続けようとする。
僕は彼女の話を聞きながら、彼女の口にした「ケロッピ」という名詞を検索してみる。すると、オールド・エイジに大流行したカエルのキャラクターが、僕のコンタクトレンズ型のウェアラブル・コンピューターに表示された。
「それにね、いくらこのケロッピちゃんが、人類圏の水準よりも遥かに上のレベルの兵器技術を持っていても意味が無いのよ。特許の問題なんかで使用できなかったり、使用できたとしても資材が足りなかったり、そもそも、その技術に到達するための技術が人類には足り成りなかったりで、技術者やエンジニアのスキルを十分に発揮できるとは限らない。私たち人類圏は、まだまだ保護対象の星なんだから」
僕はもう反論を述べる気にもならなくて、黙ったまま冷めたハンバーガーを頬張った。
人口肉ではなく天然の牛肉が百パーセント使用されたパテに、遺伝子操作のされていない有機栽培の野菜たちをふんだんに使用された高級ハンバーガーは、本来涎が口の端から滴るほどにおいしいはずなのに、今の僕にはまるで丸めた書類のような味にしか感じられなかった。
そして、改めて仕事を得るこということの難しさに打ちひしがれつつ、僕はエルがリストアップしてくれた中小企業や研究所のリストと向き合った。
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