第4話 同僚

「はぁ? 大東亜工廠だいとうあこうしょう、インダストリアル・ハイヴ、七菱ななびし重工、コペルニクス・エレクトロニクス? それにエネルギーメジャーのゼオン・モービルに、星府直轄の宇宙開発局だって? おいシロウ、正気か?」

 

 僕の業務報告書を読んだフーが、細い目を見開いて言う。

 声の主であるフー・ランフェイは、切れ長の目と浅い額。長い黒髪を三つ編みにした口の悪い男で――この「特別案件及び特殊宇宙人課」で働く同僚の一人。


「さっきのカエル野郎が、こんな大手も大手のエリート企業に就職できるわけがないだろ?」

 

 小柄な僕と違ってかなり長身のフーは、僕を見下すように言って、情報端末をチラつかせた。ほぼ紙と変わらい軽さと薄さの情報端末には、僕の書いた業務報告が表示されている。


「次にゲロロさんをカエル野郎って言ったら、その凹凸の少ない平らな顔を凸凹にしてやるぞ」

 

 僕がフーを睨みつけながら言うと、フーはニヤリと笑って口笛を吹いてみせた。


「いやいや、俺はこのカエルマンが無駄な時間を過ごさなくて済むように忠告をしてるんだぜ? こんな数の転職歴じゃ、大抵の企業からは弾かれる。紹介状を送るなら、せいぜいエネルギー採掘の現場か、デブリ回収業社にでもしとけよ。カエルマンの吸盤が役に立つだろ?」

「黙ってろ、クソチャイニーズ野郎。お前の耳を切り落として水餃子にしてやる」

 

 僕が言葉を返すと、フーは目を刃のように細めた。


「おもしろい冗談だ、ジャパニーズ。お前のヘソで茶でも沸かしてやろうか?」


 僕たちは、お互い顔を突き合わせて睨み合った。


「業務中に――あなたたちはいったい何をやっているわけ?」

 

 すると、それまで席を外していた上級職員のエルが現れ、呆れたように首を振ってみせた。

 

 エルレイン・エルフレイン――課のメンバーからはエルの愛称で呼ばれている、この課で唯一の宇宙人で、僕達の上司。彼女は、遠くの宇宙にある「惑星エルフ」からやって来た由緒正しき貴族の家のエルフ人女性だ。


「惑星エルフ」とは、地球人と同じヒューマーのエルフ人が暮らす自然豊かな星であり、地球とその他の地球人類圏を統括する「統一連合国星府」が、「銀河帝国」以外で直接国交を結んでいる数少ない星の一つでもある。

 

 彼女は、地球の古い物語に出てくる架空の種族エルフによく似ており、万能翻訳機が彼女たちをエルフ人と訳したのも頷ける外見をしている。


 エルは、エルフ人の特徴である長く尖った耳を晒し、長い銀色の髪の毛をシニヨンという特殊な髪型で御団子のように纏めている。そして、髪の毛と同じ銀色の瞳で僕とフーを交互に眺めた後、美しい指で僕たちの額をおもいっきり弾いた。


「いてっ」

「つー」

 

 僕とフーはあまりの痛みに呻き声をもらして額を擦った。

 まるでハンマーで叩かれたかのような衝撃だったからだ。


「姐御、いきなりデコピンはきついぜ? それに喧嘩を吹っかけてきたのはシロウの方で、俺はあのカエルマンがあんな一流企業に――」

 

 フーが不平を漏らしているとエルは持ち上げた指の形をデコピンにして、中国人を暗に威嚇した。


「フー、黙ってなさい。あなたは口が悪すぎるのが欠点よ。正論も伝え方を間違えれば暴言にしかならない。それを今回の教訓にしておきなさい」

 

 万能翻訳機も使わず流暢な言葉でそう言ったエルは、次に僕に視線を向けた。

 ちなみに、彼女は五十の星の言語を操る言語のプロフェッショナルでもある。


「シロウ、さっきの求職者だけど、残念ながらあなたがリストアップした企業では厳しいでしょうね。私のほうでいくつかの中小企業や研究所を纏めておいたから、そっちにも紹介状を送っておきなさい」

「了解」

 

 いつの間にリストアップしておいたのか――僕は彼女の手際の良さに驚きつつ、自分の未熟さに肩を落とした。フーは遠くの方で、「ほら、見ろ」と言った表情を浮かべて口の端を吊り上げていた。


「さぁ、全員席につきなさい。少しばかりミーティングをするわよ」

 

 そして、この「特別案件及び特殊宇宙人課」のもう一つの業務が始まった。

 本業が。

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