第5話 ピンク
「アンタねー、新しい求職者が来たんならそう言いなさいよ? 全く紛らわしいんだから」
「いや、だから初めからそう言ってたし」
「いくら仕事とはいえ、職場のデスクであんなサイトを見てたアンタだって悪いんだからね? これからは気をつけなさいよね」
「分ったよ」
僕がキャメロンちゃんのページを誤って開いてしま、アリサにひどい目に合わされそうになっていると――偶然、課に戻って来たエルとフーの姿を見て、アリサは一時的に冷静さを取り戻した。
そして、エルが呆れたように僕とアリサの仲裁に入った。
そんな僕たちの姿を見て、フーは愉快そうに声を上げて笑っていた。
それにしても、アリサの剣幕は凄まじいもので、これから去勢させられると錯覚するほどだった。今後、このようなサイトを覗く際には細心の注意が必要だと、自分に言い聞かせておいた。
「それより、地球人の求職者が来るなんて珍しいわね? 特に経歴に怪しい点なさそうだし、うちの課の案件とは思えないけど」
エルが、本日窓口を尋ねた求職者――フラウ・ミソラの個人情報を眺めながら首を傾げた。それに関しては、僕も不思議に思っていたので同様の気持ちだった。
この課に地球人の求職者がやってくることはまずない。時折、「安全保障理事会」や各捜査機関などのリストに入っている危険人物や、保護対象者がこの課に回されてくることはあるけれど、それ以外は本庁で対応しにくい特殊な宇宙人のみがこの課を訪れる。
「嫌がらせに決まってるでしょ?」
「嫌がらせ?」
アリサが答えて、エルは再び首を傾げた。
「エルだって、うちの課が本庁の奴らに何て言われているかくらい知っているでしょう? デブリ課よ? つまり、私たちはこのスペース・ハローワークのお荷物だって思われているわけなのよ。だから、本庁で働く自称エリート様たちは、落ちこぼれの私たちに少しでも仕事をさせようと、自分の気に入らない求職者を回してくるのよ」
「このフラウ・ミソラが回されてきた理由は何かしら?」
「点数にならないからよ。希望の求職先もアンダーだし、歓迎されるような求職者じゃないってことくらい分かるでしょう?」
アリサがきっぱりと断言した。
「スペース・ハローワーク」が取り扱う職種は、それぞれ「ランク」と「カラー」などの格付けで詳細に区分分けされている。高収入や高価値の職種はアッパーと呼ばれ、低収入や社会的に立場の低い職種はアンダーと呼ばれている。
「カラー」は、その仕事を現すための色分けであり、総合職や事務系の仕事はホワイト。現場や肉体労働系はブルー。他にも公務員はイエロー、兵士を含む軍関係はグリーン。そして性風俗産業は、非常に曖昧な職種あることからグレーと呼ばれているのだが、陰ではピンクと呼ばれ
全て職種には点数が振り分けられており、エージェントが求職者を就職・転職させた実績に応じて、その点数が与えられる。与えられた点数は、エージェントの査定や昇給、昇格に大きく影響するため、多くのエージェントが高い点数の求職者を担当したいと思うのは、残念ながら仕方のないことだった。
「スペース・ハローワーク」内の評価方法や評価基準を鑑みれば、確かにフラウ・ミソラは歓迎されるタイプの求職者ではなかった。
ランクやカラーなんて下らないと吐き捨てたいけれど、このシステムが「スペース・ハローワーク」という組織の中で上手く機能していることも事実だった。
「まぁ、だいたいは想像つくわ。でも、このスペース・ハローワークの理念は職業に
「そんなの建前よ――た・て・ま・え」
アリサは、念を押すように指を立てて言った。
「地球人類はね、本音と建前を使い分けるものなの。綺麗ごとを並べ立てるけど、その裏では、どす黒くて醜いことを考えているものなのよ。高度に知性の発達したエルフ人とはまるで違うの」
アリサは皮肉っぽく言い、エルは納得はいっていないけれど理解はしたという感じで肩をすくめた。
高度に発達した知性と非常に成熟した文化を持つエルフ人には、人類の未成熟な心の機微は理解しづらいようだった。
本来、エルフ人は他星との接触を快く思わず、他の星や宇宙に進出することを戒律で禁じている。幾つかの例外は存在するらしいけれど、エルのように他の星で、他種族のために働くことは、通常のエルフ人では考えられないことだった。
何千という種族が存在するこの大宇宙の中で、最も成熟した種族とも言われるエルフ人は、高度に発達した文明やテクノロジーを持ちながらも、それのみに頼ることなく、豊かな自然との共存を選択し、自己の探求を模索し続けている。そして、その探求の果てに、様々な特殊な能力――人類でいう超能力のようなもの――を使用することができる。
そんな成熟した星の、さらに貴族の出であるエルが、地球人類の一庁舎なんかで働いているのは、ひとえに人類への興味によるものらしかった。
以前、エルが――「地球人類って、本当におもしろい種族だわ。未熟で未発達で未成熟。矛盾に満ち溢れていながら、それでも必死にこの宇宙に進出を続けている」と言っていたことを、僕は思いだした。
「まぁ、だいたいは分ったわ。人類っていうのは、非合理的で非論理的。個人の功績というものが重要視される社会なのだものね?」
「そーいうことよ。地球人類は、まだ全体を個人として、そして個人を全体として位置づけられるほど――お互いを理解し合ってはいないのよ」
確かにアリサの言う通り、人類の文明が高度に発達し、人々が宇宙空間に進出しても――そして、他の星の生命体や異星の文化と接触しても、僕たちは未だ人のままだった。
かつて信じられてきた、驚くべき進化や、革新などは起こらなかった。
人類は以前西暦から続く人類のままだ。
それを人の限界と捉えるか、人が未だ人のままでいることを希望と受け取るかは、やはり人によるのだろう。それが人類の個性であり、やはり限界なのかもしれない。
「いい加減こんな下らない話題はやめようぜ? ピンクの求職者のことなんてどうでもいいだろ?」
「どうでもいいだと? そもそも、お前が窓口を離れているから僕が求職者の対応をしたんだぞ? あとピンクって言うな」
「悪かったよ。ピンクちゃんのことはもう言わない。なぁ、アルバイトでもいいから、いい加減に窓口の担当を置こうぜ? 俺たちがこんな下らない仕事をする必要ないだろ」
「だから、下らないって何だよ?」
「他人の仕事探しまで、俺たちがやる必要あるのかって言っているんだよ? 課のアリバイ作りの体でやってはいるが、正直やる気があるのはお前だけで、そのお前でさえ、たった一件しか実績がないんだぜ? そもそも、俺たちが担当するような仕事じゃないんだよ。俺にこんな仕事が向いてると思うか?」
その言葉に、僕は返すべき言葉を見つけられなかった。
「課の方針を決めるのは――フー、あなたじゃないのよ?」
すると、エルが手を叩いて言った。
「私たちの課に実績は求められていないけれど、だからと言って窓口をサボっていい理由にはならない」
「分ってるよ。俺が悪かったって。だけど、姉御も考えておいてくれよ」
フーは言い争う気はないと、ひらひらと手を振ってこの場を後にした。
そして去り際に、僕の肩を意味ありげに叩いて行った。にやりと笑いながら。
エルは、僕を見て言った。
「シロウ、あなたがこの求職者を担当するのは構わないけれど、性風俗産業が希望なら、専門のエージェントや、外部のスカウトに任せた方が良い結果が出ると思うわよ?」
「そうだけど」
「スペース・ハローワーク」内には、特定の職種を専門に扱う課やエージェントが存在している。特に性風俗産業は、職種そのものが特殊であるため、業界の事情に詳しい者が担当するのが一般的だった。エルの言った外部のスカウトとは、「スペース・ハローワーク」と提携している民間企業や、個人の転職エージェントのことを指し、こちらも性風俗産業に特化したスカウト会社や個人が存在している。
「そうよ。こんな案件は専門のエージェントに任せちゃいなさいよ。アンタは、ただでさえケロッピで手一杯なんだから」
アリサは、エルの意見に賛同してみせた。
僕は二人の意見に賛同も反論もせず、今日の業務を終了して帰路につくことにした。
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