第4話 人類史における「性風俗産業」の歴史

「性風俗産業」とは、一般的に性的なサービスを行う店のことであり、その業務形態は合法・非合法などを含めて多岐に渡る。


「店舗型」と呼ばれる売春宿、娼館、遊郭、ソープランドなどの店舗で性的なサービスを行うもの。

「無店舗型」と呼ばれるコールガール、デリバリーヘルス、ホテルヘルスなどの客のいる自宅やホテルなどに派遣されて性的なサービスを行うもの。

 

 大きく分けて二通りの形態が主流となっている。


 他にも「公娼制度」が置かれている特定の地域や場所では、個人での売春が認められており、道端に立って客を取ったりもする。

 また、軍の基地や施設、戦地や戦場などで軍人や軍属を相手に性的なサービスを行うという形も存在する。この形態では、軍の基地内や戦地に軍専用の売春宿などが置かれ、「キャンディボックス」などの隠語で呼ばれている。


 他にも、特定の性的趣向のみに特化したサービスが行われる専門店や、接待飲食営業と呼ばれるキャバレーやセクシーパブなどがある。更にはナイトクラブと呼ばれるショーやダンスを楽しむ店舗や、ネットを介して行われるヴァーチャルなサービスなどなど――性風俗産業の業務形態は本当に多岐に渡り、例を上げればきりがない。


 性風俗産業そのものは、人類が宇宙に進出する遥か以前から変わらずに存在し続け、特に「娼婦」と呼ばれる職業は、一説には人類最古の職業とも言われている。そして、人類がその生活圏を木星にまで伸ばした現在も、性風俗産業は変わらずに隆盛を誇っている。

 

 この「ゴッサム」でも――例外なく性風俗産業は盛んであり、公娼制度こそ置かれていないものの、コールガールやナイトクラブ、キャバレーなどが人気を得ている。

 

 月や火星のコロニーでは公娼制度が置かれており、エネルギー産業や建設業に従事するブルーカラーの労働者が多いこともって、安価な売春宿が軒を連ねる歓楽街が存在している。

 金星のコロニーには「ヴィーナス・ビーチ」という名の高級娼婦街が存在し、男性や宇宙人に人気の観光スポットとなっている。

 そして、人類圏の最前線である木星は、軍の基地や軍施設が集中しているため、軍専用の売春宿――「キャンディボックス」が多く置かれている。

 

 本来、性風俗産業とは非常に曖昧な職種であり、法律的にも限りなくグレーゾーンに近い――中には、間違いなく違法と呼べる仕事も存在している。そのため、裏社会や闇組織との関わりも強く、そこで働く労働者が知らないうちに犯罪に巻き込まれたり、または犯罪に加担していたりというトラブルも少なくない。


 そう言った事情や背景のある職業であるため、星府機関である「スペース・ハローワーク」がこの職種を公的に取扱い、仕事の紹介や斡旋を行うことに、批判や反対の声を上げる者も多く存在している。

 

 しかし、大銀河時代に突入し、宇宙へと進出していく人類の個人情報や労働状況などを、少しでも詳細に把握しておくために――


「――スペース・ハローワークは職業に貴賤きせんなしの理念に基づき、性風俗産業を含めた全ての職種を扱い、その紹介と斡旋を行うことを決定したのである。なるほどね」


 僕は自分のデスクで性風俗産業についての調べものをしながら、うんうんと大きく頷いた。

 

 僕のデスクの上には幾つものホログラフが浮かび上がり、性風俗産業の情報やデータで溢れ返っている。

「ゴッサム」のメインストリートから少し外れた「ネオ歌舞伎町」と呼ばれる一画が、この都市の風俗街の役目を果たしている。「ネオ歌舞伎町」の求人情報を検索してみると、評判のコールガールのサイトや、ストリップショーで人気を博すナイトクラブ、高級売春宿など、給与や待遇の悪くない求人先はいくらでも見つけることができた。


「僕の給料の倍くらいの求人もざらにあるんだな? まぁ、歩合制っていうか、客が取れればってことなんだろうけど――それにしても、ずいぶん如何わしいサイトだなあ」

 

 僕は、いやらしい女性たちがスケベな下着を身に着け、そして大きな尻を振っているサイトをまじまじと眺めながら、思わずそう漏らした。そして、興味本位で本日出勤している女性を見てみようと、カーソルを出勤表の項目に運ぼうとした――


「シーローウー?」

 

 すると、僕のすぐ後ろから怖気おぞけを感じさせるような低い声が聞こえ、僕は身体をびくりと震わせた。おそるおそる振り返ると、そこには腕を組んで仁王立ちをし、表情を阿修羅の如く怒らせたアリサが立ち尽くしていた。


「アっ、アリサ?」

「アンタねー、仕事中にこんなサイトを見て、いったいどーいうつもりなのよ? 今夜のお相手でも探しているわけ?」

「ちょっ、ちょっと待てって。これは誤解だよ――」


 僕は、慌てて弁明を試みようと声を上げた。


「何が誤解なのよ? こんなにいくつもサイトを立ち上げて。ストリップショーってなによ? こんな変態みたいな下着を着て、バカみたいに踊ってる女が見たいわけ?」

 

 アリサが視線を向けた先には、ハート型の変態的な下着を身に着けてポールダンスを踊っている女性の動画が流れている。


「だから、これは違うんだ。僕は、ただ求職先を探しているだけで」

「嘘つくんじゃないわよっ。あのケロッピが、こんなところで仕事できるわけないでしょうが」

 

 アリサは、僕がゲロロさんの求職先を探していると勘違いしているみたいだった。


「違うって。ゲロロさんの求職先じゃなくて、今日新しく尋ねてきた女性の求職先で――」

「つまらない言い訳してるんじゃないわよ。いつからこんないやらしいお店に出入りするようになったのよ?」

 

 アリサは羽虫を叩き潰すかのようにぴしゃりと言い放って、僕に詰め寄って来た。


「いや、マジで、本当に誤解なんだ。アリサ、ちゃんと僕の説明を聞いてくれって」

 

 僕は、声を震わせながら大きく身振り手振りを行う。するとホロのカーソルを誤って動かしてしまったようで、一枚のホロが別のページに飛んだ。


『このページを見てくれたー、スケベな――あ・な・たー。こんやー、あなたがー、私に会いに来てくれるのを、楽しみに待ってまーす。いやらしいメス猫のキャメロンちゃんがー、いーぱっいあなたにじゃれちゃうから、たーっぷり甘えさせてほしいにゃん』

 

 どうやら、僕は本日出勤のキャメロンちゃんの個人ページを開いてしまったらしかった。

 猫耳とヒョウ柄の下着を着用して、ページの向こう側の男性を扇情せんじょう的に誘っているキャメロンちゃんの映像が、耳を塞ぎたくなるような大音量で流れはじめる。

 

 終わった。


「これは、その、僕の意思とか、僕の好みとかじゃなくて――」

「シーローウー?」

 

 アリサの堪忍袋の緒が切れる音が聞こえたような気がした。

 キャメロンちゃんはいやらしく舌なめずりをして、「にゃんにゃん」と鳴きながら僕を誘っていた。最高にエロかった。

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