第2話 ラーメン☆スペース太郎


「ちくしょう、いったいどうなっているんだ? こんなの、おかしすぎるだろ?」

 

 昼休み。

 僕はアリサと昼食を取るために、最近オープンしたばかりというラーメン屋――「ラーメン☆スペース太郎」に入って、そう漏らした。


「あんたねー、まだそんこと言ってるわけ?」

 

 山盛りのもやしとキャベツに、極太の麺。油の浮かぶ白濁としたスープ。そして、分厚いチャーシューの乗ったラーメン。

 食欲をそそる濃厚なスープを蓮華れんげ一口啜すすったアリサが、翡翠の瞳を細めて呆れたように言った。ちなみに、お好みでニンニクをトッピングすることもできたけれど、僕もアリサもそれは遠慮しておいた。


「二十社も連続で不採用になるなんておかしすぎるだろ? それに面接にまで漕ぎつけられないなんて――採用担当はちゃんと履歴書を見てるのか?」

 

 僕は憤慨して言ったが、アリサは溜息を落とし視線だけで店の隅を指した。視線を向けた先にはホロビジョンが設置されており、ホログラム映像が浮かび上がっている。

 昼過ぎのワイドショーだった。


『つい先日、このゴッサムでもテロと思わしき事件が起こったばかりですよね?』

 

 深刻な表情を浮かべた女性キャスターが、ワイドショーの司会者に尋ねる。

 二人のバックには、見覚えのある風景――戦闘の傷痕きずあとを色濃く残したコンテナヤードが映し出されていた。


『深夜に銃撃戦が行われ、グレネード弾によってコロニーに穴が開くところだったと言われていますね』

『はい。安全保障理事会の説明では、今回の事件は宇宙人による犯行とのことですが、詳しい動機や目的などは現在捜査中ということで発表されていません』

『安全保障理事会、及び捜査当局には、速やかに情報を公開して宇宙市民を安心させて欲しいですね?』

『全く、その通りです』

『最近では、宇宙人による人身売買シンジケートの動きも活発ですし、私たち宇宙市民一人一人が、犯罪に巻き込まれないように細心の注意を払っていくしかありませんね?』

『全くその通りです』


「ワイドショーが何だって言うんだよ?」

 

 僕は意味が分らないと尋ねた。

 アリサは極太の麺をずずずと啜り終えた後、面倒くさそうに僕に向き直った。


「本当に察しが悪いわね――間抜け」

「間抜けって何だよ?」

「シロウが間抜けだから、間抜けって言ったのよ。少しは日々のニュースぐらい追っかけておきなさいよ。どうせ、新聞なんか読んだこともないんでしょう?」

「読んだことないけど」

「あっきれた」

 

 アリサは、ことさら面倒くさそうに続ける。


「一応でも、職業案内のエージェントをやってるんだったら、最低限、政治と経済のニュースぐらい追ってないと、トレンドの業種や市場に対応できないでしょう? それに、株価と企業のプレスリリースも頭に入れておくこと。ほんと、アンタはやる気だけが間違った方向に空回りしてるのよ」

「いや、そんな話はどうでもいいだろ? それより、なんでワイドショーの内容と、ゲロロさんが不採用にされることが関係あるんだよ」

 

 僕が食い下がって言うと、アリサは本当にどうしようもないものを見るような目で僕を見つめた。まるで、ラーメンのどんぶりの底に残った草臥くたびれた葱を見るみたいに。


「ほんと、底抜けの間抜けね。それくらい察しなさいよ」

「どうやって察するんだよ?」

「いい? ワイドショーで言っていた通り――宇宙人による犯罪は、日々右肩上がりで増えているの。特に、エイリアン型の宇宙人の犯罪は、どんどん巧妙で残虐になってる。テロや海賊行為だけじゃなく、最近じゃ人身売買まで活発に行われている始末なのよ。そんな状況で、宇宙人を快く採用ましょうなんて企業があるわけないでしょう?」

「そんなの無茶苦茶だろ。ゲロロさんにはまるで関係ない話じゃないか?」

 

 僕が憤慨して言うと、アリサは深い溜息を落した。


「そうよ。あのケロッピちゃんには、まるで関係ない話よ」

「だったら――」

「だけど、採用するかしないかを決めるのは、企業や会社であり、採用担当なのよ。シロウ、アンタはさっきケロッピちゃんの履歴書を見ているのかって言ったわよね?」

「ああ」

「そんなの見てるわけないでしょう」

「どうしてさ?」

「得体も知れない宇宙人を雇うより、地球人類を雇ったほうが安心だからよ。それくらいわかりなさいよ」

「それは、そうだけど――」

 

 僕は納得ができなくて何かを言おうとしたが、思いつく言葉は一つもなかった。


「アンタも、いつまでもあのケロッピちゃんにこだわってないで、適当な転職先を見繕ってあげなさいよ。配送業とか工場勤務とかだったら、いくらでも仕事はあるはずでしょう?」

 

 僕は、何も言い返せなくて静かに麺を啜った。

 麺はもう伸びきっていた。

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