EP2 命令違反の報酬

第1話 井の中の蛙

「二十社連続ですか?」

「ゲロ」

「最後に紹介状を書かせていただいた工業系の企業やメーカーなどは、どうでした? 感触や手応えなどは?」

「ゲロ。情けない話なのですが、実のところ面接にすら漕ぎつけなくて。せっかく紹介状を書いていただいたのですが、全て不採用となってしまいました」

「ぜ、全滅ですか?」

「ええ、全滅です」

「そんな――」

 

 僕は、あまりの結果に言葉を失った。


「全て、私の不徳の致すところです。せっかくミスタ・ユキムラに尽力いただいたのですが、力及ばすです。いやはや、これが人類圏に伝わることわざの一つ――井の中の蛙大海を知らず、というものなのでしょうね? ゲロゲロ」

 

 ゲロロさんは円らな瞳を困ったように細めて、精一杯の冗談を言ってみせた。きらきらと輝く澄んだ黒い円らな瞳からは、今すぐにでも大粒の涙が溢れ出しそうに見えて、僕の胸は張り裂けんばかりに痛んだ。


「ちょっと待ってください。今、新しい求人を探します。今度は、新規の求人と急募の求人に絞って、即戦力で尚且つ経験者を募集しているところを――」

 

 僕は情報端末を忙しなく操作して、とにかくゲロロさんに見合う求人を探し続けた。しかし、どれだけ情報に目を通し何度検索をかけても、目ぼしい求人は見つからなかった。


 最終的に「総合的宇宙雇用システムデータリンク」のAIは、兵器開発やエンジニア経験のある人物に、とても薦めようとは思えない求人票を提示し続けた。おそらく二十もの会社に不採用とされたことで、このAIはゲロロさんが人類圏の企業で働くことは不可能だと診断を下したのだろう。

 だからと言って――配送業者の運転手、倉庫の見張り番、飲食店の現場マネージャー、更には風俗店の店長候補などの求人を提示するのは、いくらなんでもあんまりじゃないだろうか?

 

 職業に貴賤きせんなし。


 その言葉は、「スペースハローク」の窓口に立つ全てのエージェントが最初に覚えるべき言葉であり、素晴らしい格言や至言ではあるが――このAIは適材適所という言葉を学ぶべきだと、僕は強く思った。


「すいません、今のところ目ぼしい求人が、これくらいしか――」

 

 僕はプリントアウトした求人票をゲロロさんに渡したが、その先に続く言葉を見つけ出せずにいた。何とか絞り出した四件の求人票は、どれもゲロロさんの経歴や希望に見合うものではなく、本来彼の持っている知識や技術からすれば、真っ先に除外されるべきものだった。


「ゲロっ。素晴らしい。まだこんなに求人先があるのですね? この木星エンジニアリンクは、私のようなヒューマーではない宇宙人を好意的に採用すると仰っていられる」

 

 求人票を一読したゲロロさんは目を輝かせ、まるで宝物を見つけた少年のように声を弾ませたが、その木星エンジニアリンクは下請けも下請けの零細企業であり、給与や待遇など全ての面において間違いなく最低クラスの求人だった。最低賃金を僅かに上回る程度のものだ。


「ありがとうございます。ミスタ・ユキムラ」

 

 しかし、ゲロロさんは不機嫌な表情一つ浮かべずに、僕に感謝の言葉を述べた。僕は、彼のために何かもっとしてあげられることは無いかと悩んだけれど、僕にできることは何もなかった。


「それでは、さっそくいただいた求人先に履歴書を送ってみようと思います。ゲロゲロ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る