第13話 日常


 一名の地球人と、十五名の宇宙人が死んだ。

 たった一夜の――――それも数十分の間に。


 この宇宙には三百億を超える、星府ですら正確には把握できていない数の地球人が暮らしている。そこに宇宙人を加えると、この広すぎる宇宙には、兆を超える生命体が存在しているという。


「第一次宇宙戦争」と呼ばれる、僕が生まれる以前に起きた戦争――地球人と宇宙人との間に起きた初めて戦争では、約六十億の地球人が死亡したと報告されている。そして、「第一次宇宙戦争」終結後に発足された「統一連合国星府」が、長い時間をかけて「銀河帝国」との安全保障条約を結び「広域宇宙開発機構」に参加したことで、人類はかろうじて平和と安寧を取り戻すことができた。

 

 しかしそれは、まるで薄氷の上に立ったかのように不安定な平和であり安寧だった。フーの言葉を借りるなら、張子の虎によって齎された一時的なもの。

 

 だから、僕たち地球人は常に細心の注意を払い、日々戦争やテロリズムに発展しそうな事件や犯罪に目を光らせ、それを事前に防ぐためにありとあらゆる手段を講じている。

 

 僕たちの課は、今回の個人情報リストの流出を防いだことで、おそらく今後起こるであろう大きな犯罪の幾つかを未然に防いだのだろう。その犯罪は、確かに地球人を何百人、いや何千人をも巻き込んだかもしれない。そして、多くの宇宙人をも。そう考えれば、今回の死亡者の数――地球人一名と宇宙人十五名というのは、少なすぎる数なのかもしれない。


 だけど、それでも、僕はそんな統計学的な数字を、単なる予測に過ぎない数字を眺めて、自分を慰める気にはまるでなれなかった。

 

 全ての人を助けることが不可能なんてことは分かりきっている。

 目の前の誰かでさえ助けることができない、そんなことは分かっている。


 それでも、僕は――――


「お悩み事ですか?」

 

 窓口に座って答えの出ない自問自答を繰り返していると、突然に声をかけられて僕は慌てて顔を上げた。


「いやはや、何かを深く考え込んでいたようなので、声をかけてはまずいかなと思ったのですが――申し訳ありません。ゲロゲロ」

 

 そこには、本当に申し訳なさそうな顔をしているゲロロ・ゲロリーロ・ゲオルギウスが立っていた。ゲロロさんは似合っていない草臥れたスーツを着て、水かきのある手を胸に当てている。その姿はどこか紳士的に見えた。


「ゲロロさん? すいません、少し考え事をしてしました。どうぞ、座ってください」

 

 僕は、慌ててゲロロさんを席に促した。

 遥か遠くの星系――アルファ・ケンタウリから遥々やって来たフロッシュ星人は、ゆっくりと席に腰をかけた。彼のどこか愛嬌のある顔立ち、カエルによく似た顔を見た瞬間に、僕はなんとなく自分の日常が戻ってきたような気がした。

 

 僕の仕事は、この窓口に立って仕事を提供すること。

 この広すぎる宇宙で仕事を求める様々な求職者たちに、新しい仕事を提供する。それは、この宇宙の大きさに比べればとてもちっぽけなものだが、僕にとってもはとても大きく、とても有意義な仕事だ。


 初めてこの窓口に立った時、僕はそう思った。

 そんな気持ちを思い出していた。

 

 僕は、毎日この窓口に座って待っている。

「スペース・ハローワークへ、ようこそ」と、言うために。


「申し訳ありません、ミスタ・ユキムラ。せっかくあなたに紹介状を頂いた企業なのですが、全て不採用になってしまいました。ゲロゲロ」


 そして僕は、日常を営むということの難しさを改めて思い知ることとなった。

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