第31話 独善と偽善

 火星での事件を捜査当局に引き渡して「ゴッサム」へと帰った僕を待ち受けていたのは、身柄の拘束及び独房入りだった。もちろん課の方針を――エルの命令を無視した当然の処置なので、僕は抵抗することも、黙秘権を行使することもなくそれを受け入れた。


「赤レンガ」地下の独房に入って早一週間――体臭が気になり、髭は伸び放題、そろそろ頭がおかしくなりかけたところで、ようやくエルが現れた。

 スーツ姿のエルは、腕を組みながら僕のやつれ果てた姿を見て口を開いた。


「命令違反、課の装備の無断使用、トランスポンダの書き換え、航宙局へのハッキングに情報の改竄、捜査権の無い地域での強制捜査、上げればキリがないわね?」

 

 エルは、銀色の瞳を冷たく光らせた。


「これが、公表されている捜査機関や軍組織だったら、あなたが吊るし上げを喰らうだけじゃ済まなかったわよ? 課の存続に関わる問題だし、私たちの課がもう少し過激な組織だったら、あなたを秘密裏に暗殺していた可能性だってある。そこらへんは分っているのかしら?」

「分ってます」

 

 僕が力なく言うと、エルはやれやれと肩をすくめた。


「ぜんぜん分ってるって顔じゃないわね。どちらかと言えば――やることはやったって顔をしてるけど?」

 

 図星を突かれ、僕は言葉にきゅうした。


「まぁ、前回も言ったけれど、私は結果主義だから今回の件は、それほど問題だとは思っていないわ。私の命令を無視しての捜査だったけれど、差し引きで言えば課にとっては大きなプラスだった。火星の捜査当局と情報部に大きな貸しをつくれたし、人身売買シンジケートのルートの一つを潰すことができた」

 

 エルは鉄格子にそっと触れて続ける。


「だけどシロウ、正しさだけで前に進むのは間違った行為よ? それは、独善や偽善であって正義ではない。そしてシロウ、あなたに尋ねるわ――今回の事件、被害者の中にフラウ・ミソラがいなければ、あなたは私の命令を無視してまで被害者の救出に行かなかったんじゃないかしら? 彼女がか弱い女性じゃなかったら、あなたはこんなにも必死になっていなかったんじゃないかしら?」

「そ、それは――」

 

 僕はエルになんて言葉を返せばいいのか分からなかった。

 ただ、僕の胸は深く抉られたように痛んだ。

 痛みの理由は、エルの言葉が真実に近かったからだと気づいていた。


「シロウ、あなた個人が助ける命を選別することは、あなた個人に与えられた権限から逸脱した行いよ? 個人が他者の命の選別をしないために法や権利があり、私たちのような捜査機関や武装組織がある。それらは決して、個人の利己的な思惑で運用されてはならない。現状、この宇宙でそれが全面的に許されているのは銀河帝国の皇帝だけであり、それは独裁者であるこということ」

 

 その言葉が、僕の胸を一番深く痛めつけた。

 僕の行いは偽善や独善であり、そしてその思想や行動は、いずれ独裁者に通じているのだと思い知らされた。


「まぁ、少し言い過ぎたわね? ずいぶんと手厳しいことを並べ立ててしまったけれど、今回の件――私の評価は高いわよ」

 

 耳を疑うかのような言葉に、僕は思わず顔を上げてエルを見た。


「今回の事件、あなたは一応の絵を描いて見せた。オフィサーの手腕としてはまだまだだけど――捜査の方針を立て、メンバーの意見をもとに捜査を立て直し、事件の解決と落とし所を示した。まさか、リクルートなんて手を考え付くとは思わなかったけれど」

 

 エルは鉄格子の電子錠を外して独房を開くと、視線だけで外に出て良いと示した。


「明日から、馬車馬のように働いてもらうわよ?」

「じゃあ、僕は課に残っても?」

 

 まさかに課に残れると思っていなかったので、僕は驚いた。

 このまま独房で暮らすことも考えていたし、最悪死罪になることも。


「あなたは私がリクルートした人材よ。そんな簡単に手放すわけないでしょう?」

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