第32話 ようこそ――特別案件及び特殊宇宙人課へ

 翌日、一週間ぶりに課に出勤した僕は、真っ先にフー・ランフェイのもとに向かって頭を下げた。


「フー、お前のおかげで求職者たちを救出できた。ありがとう」

「おいおいジャパニーズ、らしくないぜ?」

 

 頭を下げ続ける僕に、フーはやれやれと言った調子で続ける。


「お前は自分の仕事をした。俺は過去の因縁に蹴りをつけた。俺もお前も、お互いを上手く利用しただけだ。貸し借りはなしだ」

「だけど、お前が命を懸けてくれなかったら――」


 銃弾に貫かれたフーの太腿の傷は、すでに医療用ナノマシンによって塞がっていたものの、タクティカル・スーツのアシストと痛覚マスキングによって、日常生活に支障きたさない程度に回復をしている程度のものだった。


「暑苦しいこと言うなよ。俺たちの命なんて掛け捨てだ。特に賭ける価値もない。だろ? でもまぁ、それじゃお前の気が済まなそうだ。今度飯ぐらい驕れよ」

「ああ、満漢全席でも喰いに行こう」

「悪くないチョイスだ。その後は、俺の行きつけのお姉ちゃんたちが沢山いる店にでも行って楽しもうぜ?」

「悪くないチョイスだ」

 

 僕たちは、にやりと笑みを浮かべた。


「いつまで下らない話をしてるのよ」

 

 振り返ると、呆れた表情のアリサが腕を組んで仁王立ちしており、その隣には長い黒髪の女性が緊張した面持ちで立っていた。


「今日から出勤する新人がいるんだから、シャキッとしなさいよ」

 

 アリサの隣で所在無さ気に俯いていた女性は、涙で濡れた頭を勢いよく下げた。


「シロウさん、ありがとうございます。私たちを助けに来てくれて。本当にありがとうございます」

 

 髪の毛を黒く染め、派手な化粧落として泣きじゃくるフラウ・ミソラの姿は、まるで小さな女の子のようだった。

 

 火星で涙を流さずに子供たちを励ましていた彼女は、今、大きな声を上げて泣いていた。僕は彼女の肩にそっと触れた。震える彼女に触れた瞬間、僕は自分が助けることができた命の重みを確認することができた。


 それが、たとえ間違ったやり方で――偽善や独善によって救えた命だとしても。


「僕は、僕の仕事をしただけだ。でも、助けることができたよかった。無事でよかった。本当に」

「ありがとうございます。それに、私に働く場所まで与えてくれて。私、一生懸命働きます」

 

 フォーマルな黒いスーツを身に纏っているフラウ・ミソラは、自分に言い聞かせるように力強く言った。

 

 一生懸命、働くと。


 これが今回の事件の最後の落し所というか、僕が描いた絵の結末だった。

 助けた彼女の人生に責任を持つ。

 

 それが正しいやり方なのかは分からないけど、それでも僕の偽善や独善で助けた彼女の命に、僕は責任を持ちたかった。

 

 義務を果たしたかった。


「まぁ、俺としては、これで課の窓口に立たなくて済むと思うと気が楽でいいね。今回の事件は一石二鳥だったぜ」

「アンタねぇ、不謹慎なこと言ってるんじゃないわよ」

 

 軽口を叩くフーを、アリサが諌めた。


「ずいぶん機嫌が悪いな、アリサ。その新人が相当気に入らないみたいだな?」

「ぶっ殺されたいみたいね?」


 下らない言い合いを始めた二人を余所に、僕はフラウ・ミソラを真っ直ぐ見た。


「今日から、フラウもこの課の一員だ。ようこそ――特別案件及び特殊宇宙人課へ」

 

 僕が言うと、フラウは微笑を浮かべて大きく頷いた。

 その笑顔だけで、僕は全て報われたような気持になった。


「はい。よろしくお願いします」

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