第9話 本業
「アイランド7」――「ゴッサム」と隣接する第八区画には、重工業区画と無重力の作業区画、そして港区画が備えられている。
コロニー最大の港は「ポート8」と呼ばれ、シリンダー状の構造物に、宇宙とコロニーとを繋ぐゲートが五つ備えられている。
「オービタルリング・コロニー」を訪れる宇宙船は、一部の星府機関船や軍部の宇宙船を除いて全て、ゲートを通ってコロニーへと入港する。入港した宇宙船は無重力のハンガーに係留され、税関や入管などの各審査を受ける。そして宇宙港から搬入される物資や資材などのコンテナ群は、ゴッサム北部の工業地区に設置された「コンテナヤード」に一時集積される。
コロニー内の陽が落ちると、大量に積み上がったコンテナ群はまるで人の消えてしまった集合住宅のように見えた。
このコンテナヤードが、今夜のパーティ会場。
昨日の金曜日――対象であるヨシフ・ワタナベは、アリサの予想した通り「総合的宇宙雇用システムリンク」のデータベースにアクセスし、個人情報のリストを閲覧した。そして同日の深夜、対象は超光速通信専用の衛星を介して、身元の分からない何者かと連絡を取った。
翌日の土曜日――つまり本日、僕たち「特殊案件及び特別宇宙人課」は戦術チームを組み、ヨシフ・ワタナベが暮らす公営住宅を徹底的に監視し、対象が動き出すのを待った。
現場になるであろうコンテナヤードの近辺には、偽装を施したバンがすでに停車しており、その車内には捜査の指揮を取るエルと、通信でのサポートを行うアリサが待機している。先に現場入りをしているマロウは狙撃ポイントで待機し、ボッツは現場での工作や逃走経路の割り出しなどを行っている。
残された僕とフーは、対象の自宅付近に車を回して監視の任に当たっており、対象が動き出したら追跡を行う算段となっている。
「今回の件、無事にコサック野郎を確保しても、たいした成果にはならないだろうな」
全身を黒一色で染めたフーが、手にした銃火器の手入れをしながら言う。僕自身も全身を艶のある黒いスーツ――「タクティカル・スーツ」に身を包んでいた。
「タクティカル・スーツ」とは、iリンクを通じて使用者と同期する戦闘用宇宙服。ナノマシンの集合体である「ナノマテリアル」によって構成され、一見すると薄いゴム一枚を纏っただけに見える簡素なものだが、あらゆる環境に対応適応する強化外骨格でもある。ヘルメットをかぶってバイザーを下ろせば、一瞬で宇宙空間や深海に適応し、酸素ボンベを背負わずとも生命維持装置と圧縮空気によって長時間の船外活動を可能にする。「インダストリアル・ハイヴ」によって開発され、課に支給されている装備の一つ。
「それ、どういう意味だよ?」
運転手を務める僕は、ハンドルを握ったまま尋ねた。
「コサック野郎は当たり前だが、取引を行っているミ=ゴ星人もまるで素人だ。多分、金で雇われているだけだろう。その裏にはコサック野郎に情報の
フーは言いながら、手にしたライフル――ハイヴ社のレーザーライフルのエネルギーマガジンを差し、照準を覗き込んだ。その後で、今度は全身に装備したナイフなどの刃類を点検し始めた。
「確保しなきゃ個人情報は流出し続ける」
「ああ、そうだ。でも、こんなふうに羽虫を一匹ずつ叩いて立って
大型のナイフから小型のナイフ、更にはクナイと呼ばれる武器に良く似た形状のナイフまで――最低三十本は仕込んでいるであろう刃類を、フーは一つずつ点検していく。
意外とマメというか、大口を叩くくせに気が小さい男なのだ。そして作戦前に口数が多くなるのも、この男の特徴の一つだった。
「本当、宇宙人って奴らは次から次に厄介ごとを持ち込みやがる。一応、帝国と安全保障条約を結んじゃいるが、そんなもん見てくれだけの張りぼてだ」
「帝国と安全保障を結んでいなかったら、今でも戦争は続いていた。張りぼてでもないよりはマシだ」
「ああ、確かにないよりはマシだ。張り子の虎を、一応でも虎だって思えるのならな」
フーが皮肉を言って続ける。
「だけど、いつ帝国の気が変わるのか分かったもんじゃないだろう。皇帝の気まぐれで、明日にでも条約が破棄されるかもしれないんだぜ?」
「そうなった時に備えるために、星府は少しでも人類の文明レベルを上げようとしてるんだろう? せめて保護観察対象から抜け出せるようにってさ」
「保護観察対象」とは、特定の星や銀河などに当てはまるカテゴリーの一つ。
宇宙に進出した種の文明レベルが著しく低い場合、その種――つまり地球人――が、先に宇宙に進出している種と同程度の文明レベルになるまで、保護し観察するというものだ。その際、帝国下の「広域宇宙開発機構」に所属することで、先進技術の供与を受けることができ、他星との貿易を行ったり通商条約を結ぶことを許される。
もちろん、それ相応の見返りを求められもするけれど。
「保護観察対象から抜け出す? お前、いったい地球人類の文明が、宇宙人たちとどれだけかけ離れてるのか分って言ってるのか? 千年経ったって追いつけないレベルの文明差だ。ジャパニーズの頭の中はお花畑か?」
フーが信じられないと毒づき、僕も応戦しようと口を開きかけたが――その時、公営住宅の入り口から対象であるヨシフ・ワタナベが現れたのを確認して、僕は視線だけで合図をした。
トレンチコートの襟を立て、深々と帽子をかぶってはいるが、それが対象であることは間違いなかった。
「仕事の時間だ」
僕は声を低くして言い、傍目には大型のバンにしか見えない強襲車両のキーを回してエンジンをかけた。
「ああ、確かに仕事の時間だ。俺たちSの本当の仕事のな」
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