第8話 特別案件及び特殊宇宙人課

「――じゃあ、情報の共有と現在の状況について各自の報告をはじめるわよ」


「スペース・ハローワーク」別館の旧庁舎。

 通称「赤レンガ」。


 本館である新庁舎に隣接し、連絡通路によって繋がれはいるものの完全に別の建物として独立し建物。見た目には古めかしい赤レンガ造りのため、「赤レンガ」と呼ばれている。


「特別案件及び特殊宇宙人課」の窓口も、この建物の中にある。傍目には時代遅れの古ぼけた建造物にしか見えないが、その内部は高度にシステム化・自動化されており、最新鋭の複雑な偽装が何重にも施されている。そのため本館の職員や求職者がこの別館に足を踏み入れたとしても、この建物の深部に近づくことはできない。


 課のメンバーを除くと、一部の技術スタッフや医療スタッフしか存在していないため、旧庁舎内はいつも人気がなく静まり返っている。そんな息を潜めた獣の胃袋のような建物の最深部――巨大なスクリーン・モニタの前には、課のメンバーが集まっていた。


「まず、今回の対象がこの男――」

 

 エルが言うと、スクリーンにとある男の顔が浮かび上がる。そして各メンバーの情報端末にも、iリンクを通じてエルがアップした情報と、その補足が共有された。


「アリサ、この男の詳細を説明して」

 

 エルに指示されたアリサが、スクリーンと各メンバーの情報端末に捜査情報をアップする。僕の視界に情報層と情報窓がいくつもポップアップした。


「男の名前はヨシフ・ワタナベ。男性。三十二歳。国籍はロシアということになっているけど日本人ね」

 

 堀の深い顔に、窪んだ眼窩に黒い瞳。頭はいくぶんか後退を始めているが、逞しい顔立ちと幅広な肉体をもった男性だった。


「この宇宙職業安定所のマッチング・エージェントで、役職は課長級。勤務態度は極めて真面目であり、仕事はなかなか有能。ここ数年の実績も、まぁまぁって言ったところね」

 

 アリサの冷やか評価と共にヨシフ・ワタナベの社内実績がアップされた。その成績はまぁまぁなんてものではなく、十二分に有能だった。僕と比べれば天と地以上の差がある。


「同僚付き合いもあるし、庁内の評判も悪くない。本来なら捜査線上には上がらない男だけど、ここ数カ月の間に、自分のアクセス権以上の情報に何度もアクセスしている。もちろん正規の方法――しっかりと申請を通してのアクセスだけど、この回数は普通じゃないし、そもそもアクセスしている情報が怪しすぎ。こんなの黒ですって白状しているようなものだわ」

 

 共有された情報を見てみると、確かにこれはと思えるようなアクセスばかりだった。


「スペース・ハローワーク」のマッチング・エージェントは、求職者の性格や適性、これまでの経歴に合った職業を分析診断して、新しい職業を紹介するための職員だ。それなのに、このヨシフ・ワタナベが頻繁にアクセスしている情報は、広域宇宙や、何千光年も離れた遠方銀河で働いている労働者たちの個人情報のリストだった。

 

 アクセス理由は――採用部門の担当者の確認だったり、インターンの口添え、紹介状の口利きなどを上げているが、それにしても、この一ヶ月だけで三回は多すぎる。

 

 膨大な求職者情報が蓄積されている「総合的宇宙雇用システムリンク」のデータベースには、日々新たな求職情報がリアルタイムで更新され続けている。それは人類圏の求職者情報だけに限らず、他宇宙の求職者情報、更には求職者の戸籍情報や、各宇宙や各星の出入管理の情報までもが詳細に記録されている。


 その結果――今、誰が、どの宇宙の、どの星で、どのような仕事についているかを、一瞬で検索することも可能である。


 人類が宇宙に進出したことで、今まで以上に情報が――それも詳細な個人情報が重要な資源であり、貴重な財産となった。それと同時に、個人情報を利用した犯罪も劇的に増えている。この個人情報のリストが流出すれば、リストに乗っている労働者に危険が及ぶだけでなく、捜査機関や軍関係者の情報まで筒抜けになってしまう可能性があった。


 本来「総合的宇宙雇用システムリンク」のデータベースには、厳重なセキュリティとアクセス権が存在する。全ての職員は自分のアクセス権以上の情報にはアクセスできず、アクセス記録は上位の管理者には筒抜けになる。


「このアクセス記録から読み取るに、自分のアクセス権以上の情報にアクセスし始めた当初は、それでも真面目に仕事をしてみたみたいね? アクセスした情報と仕事の内容が一致してる」

 

 アリサが、対象のアクセス権と仕事実績のデータをアップする。


「だけど、それから少しずつ不必要なアクセスが増えて――おかしくなったのは、だいたい一カ月前ね」

「動機と目的は?」

 

 エルが尋ねる。


「自分の権限以上の情報にアクセスできる優越感かしら? それが少しずつエスカレートして、過激な方向に進んだ。そして、私たちの網に引っ掛かった。まだ被害は出ていないんでしょう? だったら少しお灸を据えて、アクセス権を剥奪すれば問題はないんじゃない。まぁクビでもいいけど」

「それが、少しばかり厄介なことになりかけているの」

「厄介なこと?」

 

 アリサが首を傾げた。

 エルは続いてフーに視線を向ける。


「俺とボッツでこのコサック野郎を一週間監視してたんだが、どうにも所在も得体も知れない奴らと連絡を取っていやがる」

 

 フーはヨシフ・ワタナベのここ一週間の通信ログをアップした。

 高度な暗号化が施された通信記録が幾つか見つかり、連絡を取っている相手の詳細はまるで分からなかった。話が少しずつきな臭くなりはじめ、アクセス権を悪用して入手した個人情報リストの行方も怪しくなりはじめていた。


「それで、通信ログは解析できたわけ?」

「姐御、奴さんは超光速通信専用の衛星を経由して連絡してるんだぜ? 何光年か時間をくれるんなら解析を始めてもいいが、それまでこの課が存続してる保証はないだろ」

 

 フーがふざけた調子で言うのを無視して、エルはボッツに視線を向けた。


「解析用の量子コンピューターを使っても無理なの?」

 

 鳥の巣のようなアフロに分厚いサングラスをかけたボッツが、静かに肩をすくめてみせる。


 元統合軍の工兵だったというボッツは、この課で便利屋の役割を担っている。その腕は――困ったことがあればボッツに相談しろと言われるくらいで、得意としている爆弾の処理や設置から、現場での陣地の設営、盗聴やハッキングまで多岐に渡る。更には戦闘員として前線に出張ることもある。寡黙なスペシャリストだ。


「一応、解析ソフトを走らせてはいるが、まぁ結果は出ないだろ。そもそも、超高速通信専用の衛星へのアクセスは、今の人類圏の技術じゃ不可能だ。正規のルートで手順を踏めば通信ログを公開してはくれるだろうが、こっちの手の内を全てさらす羽目になるな」

「それは、おいしくないわね」

 

 エルが冷ややかな顔で眉間に皺を寄せると、フーが待ってましたと口笛を吹いた。


「ところがぎっちょん、俺たちもこの一週間ただ遊んでいたわけじゃない。これを見てくれ――」

 

 すると、薄暗いところで数人の人影が身を寄せ合っている映像がスクリーンにアップされた。


「これは、ゴッサムの工業地区?」

 

 エルが即座に場所を特定する。


「ビンゴ。通信ログはお手上げだったが、さすがにこのコサック野郎も重要な個人情報リストのデータを、ネット送信なんてバカはしなかった。正規の手順って奴を踏めば簡単に足がついちまうからな。個人情報リストを横流ししているなら、その方法はたった一つ――直接会っての取引だ」

 

 拡大された映像には、コートの襟を立てて深々と帽子をかぶったヨシフ・ワタナベの顔が映しだされていた。


「取引の相手はヒューマーじゃないわね? 宇宙人? このシルエットはミ=ゴ星人?」

「ビンゴ。解析ソフトも九十八%、ミ=ゴ星人という結果を出してる。間違いないだろうぜ」

「ミ=ゴ星人は、帝国傘下の小種族。彼らの動機は、着実に文明のレベルを上げ、生存圏を広げつつある地球人類を脅威に感じて、各星に渡った地球人の個人情報を把握しておこうといったところかしら?」

 

 エルが各メンバーの集めたピースを頼りに、一応の絵を描いてみる。


「そんな難しい話じゃなくて、単純に優秀で勤勉な地球人をリクルートしようって腹積もりかもしれないぜ?」

 

 フーは楽観的に自分の考えを述べてみせた。


「この対象が、同胞である地球人を裏切ってまでミ=ゴ星人に情報を売る目的は? それも、こんな重要な機密情報を?」

 

 エルが誰に尋ねると言う訳でもなく疑問を口にすると――スクリーンに銀行口座の履歴がアップされ、ボッツが重低音のような声を鳴らした。


「対象の口座に何度も送金された履歴がある。それも税務局や各捜査機関の網に引っ掛からないよう、最小限度の額をかなりの回数に分けて。対象に的を絞って網を張らなきゃ、一生見つからなかっただろ」

「つまり、金銭が目的の意図的な情報漏洩。まぁ、一番ありそうな線ね。そして一番下らなくてつまらない線ね」

 

 エルは銀色の瞳を軽蔑の色に染めて言い放った。


「今、私の情報とフーの情報を照合してみたけど、対象が個人情報リストにアクセスした翌日に、ミ=ゴ星人と接触してる」

 

 アリサがデータを分析する。


「それと、対象の情報へのアクセスには規則性がある。ここ三週間は毎週金曜日に情報にアクセスしているわね」

「対象への振り込みが始まったのが、ちょうど三週間前だな」

 

 アリサが言い、ボッツが答えると――全員がその意味を即座に理解した。


「つまり、この取引は約三週間前から始まった。そして、次に対象が個人情報リストにアクセスした翌日――今週の土曜日が、対象がミ=ゴ星人と接触する可能性が一番高いXデイって訳ね?」

 

 エルが総括して腕を組む。


「一応の証拠は掴んでいるし、目的もはっきりしてる。あとはそこに至った動機も抑えておきたいところだけど――」

 

 エルはようやく見えてきた絵の全貌が知りたいと、ただ黙ったまま会議の行方を見守っている男に視線を向けた。

 

 灰色の混じった短い髪に、鳶色の瞳。大柄で逞しくありながら、どこか草臥れた雰囲気を醸し出す中年の男が、自分に視線が集まったのを見て肩を竦めてみせた。


「えーっと、オジさんの番かな?」

 

 この課のもう一人の上級職員――課長を除けば最年長のマロウが、どことなく気の抜けた声を上げた。


 マロウは、現場の指揮を取る戦闘のプロフェッショナルであり、銃火器の扱いはもちろんのこと、情報戦や諜報戦にも長けてはいる――だけど、本人はそれとは裏腹に足を使った地道な捜査を好み、内偵や尾行などの捜査に就きたがる。「探偵になるのがオジサンの夢だった」というのが口癖の、少し変わった男だった。

 

 そして、基本的には捜査の全権をエルに委ねていて、滅多にエルの方針に口を出したりはしない。

 草臥れたトレンチコートと草臥れた帽子というスタイルも、特徴と言えば特徴だった。


「本庁で内偵をした所――庁内の出世レースから脱落したっていうのが、理由の一つだろうな」

「出世レース?」

 

 エルは本気で意味が分らないと眉根を寄せた。


「どうやらこのヨシフ君は、次の人事で昇進する予定だったんだが、残念なことにそれが見送りになった。まぁ、ライバル派閥との胃が痛くなりそうな抗争があって、それに破れたってわけだ。ヨシフ君が自分の権限以上の情報にアクセスしていたのも、上昇志向の現れだったと思えば、まぁ、理解できると言えばできる。それが正しい方向に向いていたうちは」

「結果、それは正しい方向には向かなかった」

「そう言うことだな」

 

 エルの言葉に、マロウはやれやれと頷いた。


「つまり、動機は復讐? それとも自暴自棄になったことによるテロリズムみたいなもの?」

「どちらもだろうな。おそらく、本人も自分の行動を正確には理解できていないんだろう」

「これだから、未成熟な種族は始末におけないわね」

「最後に一つだけ――金銭を得るという目的を与えてはいるものの、それだって後付けた動機の一つに他ならないのかもしれない。または、それを唆した第三者の介入があるのか」

 

 マロウは対象の複雑な心境を語ってみせた。


「クソ野郎ね」

 

 しかし、エルは対象をおもんぱかることは一切なく、そう断じた。

 マロウはやれやれと首を横に振った。


「これで証拠、動機、目的の全てが判明したわけね。私たちはこのクソ野郎の身柄を抑えるべく行動を開始するわ。課長、構わないわね?」

 

 エルはiリンクを通じて会議に参加している課長に尋ねた。


『ああ。身柄の拘束を優先し、できれば対象と取引をしている宇宙人の身柄の拘束もしてくれ』

 

 課長の声がスクリーンから響いた。


「了解。宇宙人の身柄は一つあれば十分よね?」

 

 エルが物騒なことを平気で尋ねる。


『構わん。これは、重大な機密漏洩。多くの人命に関わる事件だ。どのような手段を持ってしても防がなければならい。それが、我が課の存在理由でもある』

「決まりね。これより私たちの任務は、対象であるヨシフ・ワタナベの拘束・確保に移る。対象が次に個人情報リストにアクセスし、ミ=ゴ星人と接触した所を押さえる」

 

 そして、課の捜査方針が決まった。


「シロウ、今回の件、安全保障理事局と情報局の動きは?」

 

 最後の最後になって、僕に発言の機会が巡ってきた。


「ヨシフ・ワタナベは、安全保障理事局と情報局のリストには乗ってはいないと、補佐官が」

「つまり、私たちが何をしようと今回の件に別の捜査機関の介入はないわけね?」

「おそらく」


「安全保障理事局」は「ゴッサム」を初めとするコロニー内の治安を維持する公的機関であり、捜査当局や公安などのテロ対策を行う各機関の意思決定機関でもある。


「情報局」は軍組織であり、警察権を侵害しないために表向きコロニー内での活動は行っていないことになっているが、実際には捜査や諜報活動を秘密裏に行っており、独自にテロリストや思想犯などを追っている。

 そのため、現場では警察や軍の各捜査機関との間で縄張り争いや、実際に起こった犯罪捜査の主導権の握り合いや、奪い合いが起きる。それもかなり頻繁に。下らないプライドのぶつかり合いや、面子争いなのだが、そんなものに巻き込まれるのを防ぐために、事前に根回しを行って釘を刺しておく場合もある。

 

 お互いの手の内を明かすようなことはしないけれど――この事件はうちの課が担当しているから、余計な手は出すなと暗黙のプレッシャーを与えておくことで、現場での捜査がスムーズに運ぶ場合もある。


 うちの課のような場合は、なおさらに。

 

 そのため「情報局」所属であり、「安全保障理事局」の補佐官であるキアヌと直接会って情報のすり合わせを行い、結果キアヌはこの件は「安全保障理事局」も「情報部」も掴んでいないと話した。


 あくまで、今の段階での話だけど。


「じゃあ、ここからは各捜査機関、情報機関の動きにも注目しつつ――パーティーの準備に取り掛かりましょう。とびっきりハイになれるセットリストをね?」

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