第7話 スーパーマン

「アリサにずいぶんこっ酷くやられたみたいだな?」

 

 待ち合わせたバーで顔を合わせて早々――彼は、そう言って楽しそうに笑った。

 僕たちはハイネケンで乾杯をした。


 僕の隣で、僕の倍のペースでアルコールを喉に流し込むキアヌは、僕が世間話にしたゲロロさんの話が大層気に入ったようだった。絞られたボリュームのジャズが流れる薄暗い店内には、スウィングしたトランペットの音色とアメリカ人の笑い声だけが響いている。


「笑い事じゃない。僕はゲロロさんを少しでもいい会社に就職させたいんだ」

「いや、私だってお前が本気なのは分っているが、さすがにエイリアンをセブン・スターに送り込むのは無理だろう?」


「セブン・スター」とは――人類圏に七つある巨大軍産企業のことを指してそう呼び、僕がゲロロさんの紹介状を送ろうとした「大東亜工廠」「インダストリアル・ハイヴ」「七菱重工」「コペルニクス・エレクトロニクス」がそれに当たる。


「それに関しては、もう方向転換したよ。中小企業狙い。運が良ければ、どこかの研究機関や開発局に紹介できればって思ってる」

「プランBか。だが、エルの入れ知恵だろ?」

 

 キアヌは、にやりと笑ってズバリ言い当ててみせた。

 人の心を読んだり、他人の行動を予測したりするのが得意な男なのだ。


「まぁ、何にしても仕事にポジティブになるのは良いことだ」

 

 キアヌ・ローガン。

 短い金髪を綺麗に撫でつけた青い瞳のアメリカ人は、ハンサムすぎるほどにハンサムな顔に、いけ好かないほどに気障な笑み。鍛え抜かれた逞しい体を高級スーツと赤いネクタイで武装しているスマートすぎる男だった。


統一連合国星府とういつれんごうこくせいふ」の軍組織――「統一連合星府軍」の「情報局」に籍を置くエージェントであり、このオービタルリング・コロニーを管理・運営をしている「安全保障理事局あんぜんほしょうりじかい」の補佐官も務めている。


 傍から見れば、そんな「星府」関係者の大物が、どうして一民間人である僕なんかと何が楽しくて酒を酌み交わしているのだろうといぶかるだろうが、これも仕事の一つだった。


「シロウ、お前がSで――スペース・ハローワークで働き始めてから、もう一年が経ったな?」

「そうだっけ?」

「お前も二十一歳になった。酒の飲み方も知らなかった坊やが、私の隣で、私の仕事と、このコロニーと――人類を支えている。どうだ、やっていけてるか?」

 

 キアヌは二杯目のジョッキを空にしてしまうと、ウィスキーのロックをダブルで注文した。


「まぁ、なんとか、足を引っ張らない程度には」

「そう謙遜するな。お前は木星圏の出身だが、やはり本質は日本人だな?」

「あんまり意識したことないけどね」

 

 人類が宇宙に進出した結果、人類は人種や国籍といったものへの意識や関心は薄れていった。今では、人種や国籍なんてものは会話の取っ掛かり、天気の話と似たようなものになり、血液型よりも意味のないものへと変化していた。

 

 もちろん、未だに自分の国籍に誇りをもつ人間もいる。

 僕の隣にいるアメリカを代表しているかのようなアメリカ人も、その一人だ。


「確かに、お前が就職させた求職者の数はたった一人だが、私としてはずいぶん良くやってくれていると思っている」

 

 キアヌは白すぎる歯を見せて屈託なく笑った。


「いや、お世辞にもよくやっているなんて成績じゃないけど」

 

 僕は、自分にうんざりして言った。


 うちの課に所属する全てのエージェントが、僕と大して変わらない低成績者ばかりだった。ちなみに、フーが就職させた今年度の求職者数はゼロ。アリサは十人。エルだけが例外で、その数は三十人を超えている。そしてエルと僕を除く全てのエージェントが、この現状を良しとしており、大して自分たちの業務に関心を持ってはいなかった。


「シロウ、求められていることの違いを理解することだ。人間は神ではなく、全能でも万能ではない。与えられた力を上手く使うことでしか、仕事を上手くこなせない」

 

 まるで古いハリウッド映画の主役のようにハンサムすぎる顔でそう言うと、キアヌはロックグラスを空にした。


「ワイルドターキーのロックをダブルで二つ」

 

 キアヌは僕のジョッキが空になっているのを見て、即座に自分と僕の分の酒を注文した。彼は気の利く男でもある。もちろん女性にもモテる。付き合う女性はシーズンごとに変わる。服のセンスも良い。仕事の腕は当たり前のように超一流。


 まさに欠点の一つもないことから、「星府」関係者の間ではスーパーマンの愛称で親しまれている。


「さて、そろそろ仕事の話をしようか?」

 

 新しいグラスがバーカウンターに置かれると、キアヌは静かに言って表情を変えた。彼は先ほどまでの親しみのこもったものではなく、戦場の中の戦士のような表情で僕を見つめた。


 スーパーマンは、その後アルコールに手を付けることは一切なかった。

 ロックグラスの氷が溶け、トランペットの音と共にグラスを凛と鳴らした。

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