第11話 プレイボール

『対象が動き出した。予定通りの経路を通ってゴッサムの工業地区に向かっている』

 

 現場で待機をしているメンバーに報告を行うと、即座にエルからの通信が返ってくる。


『了解。パーティ会場の準備は整っているわ。対象の動きに注意して尾行を続けて』

 

 僕は頭の中だけで『了解』と呟いた。

 

 音声コマンドだけでなく、思考でのコマンドも受け付けるiリンクの通信は、従来の通信技術を飛躍的に向上させ、一種のテレパシーと同レベルにまで発展している。政府や軍関係者が使用する機密回線を用いての通信となれば、盗聴や傍受の心配も最小限に抑えられる。


『対象が現場に到着するまでに各自の状況を確認しておくわよ――』

 

 エルがそう言うと、僕のコンタクトレンズに現場の見取り図と対象の現在地、そして対象が辿っているルートが表示された。


『対象は三十分後に工業地区に到着予定。取引現場となるのは、私たちが張っているコンテナヤード。遮蔽物が多く射線が通りづらい現場だけど――マロウ、狙撃ポイントはどう?』

『いくつか目星はつけてあるが、オジサン的には若い二人が頑張ってくれると嬉しいね』

 

 つまり、僕とフーに最前線で体を張れと言っている訳だ。


「俺的には、旦那があらかた片付けてくれると嬉しいんだけどな」

 

 フーは隣で一人ごちた。もちろん通信には乗せずに。


『ボッツは?』

『現場の把握は完了してる。逃走経路もほぼ割り出せただろ。現場に細工も施せたし、抜かりはない』

『了解。後はマロウのアシストに回って』

『助かるね。さてと、向こうさんもお出ましのようだ』

 

 マロウの報告に、全員の緊張のレベルが跳ね上がる。


『一応、目視、暗視、熱感知で確認してみたけど、どうやら向こうさん報告よりも大所帯のようだな? 数は十五か?』

 

 フーとボッツの事前の報告では、取引現場に現れたミ=ゴ星人の数は四、多くても六という話だった。


『数は十六よ。監視カメラの映像を確認してみたけど、後方に狙撃主を配置している』


 現場付近の監視カメラや警備システムにアクセスし、その制圧を済ましているアリサがエルとマロウの会話に割って入った。


『今、全員の端末にカメラの映像と狙撃主の位置情報を送るわ』

 

 即座に情報が共有され、狙撃主の映像が端末に映し出された。


『マロウの位置から狙える?』

『この位置からじゃ無理だ。狙撃ポイントを変えるしかない。最前線の援護が遅れるが、良い的になるよりはマシだろうな』

『今回に限って人員を増やして来たってことは、私たちの動きが漏れているって思う?』

『そんな雰囲気じゃない。こちらの動き自体は気づかれちゃいないだろう。ただ、向こうさんも取引の回数が増えてリスクが高まっていると感じている、そんなところか?』

『アリサ、向こうの装備のレベルは解析できる?』

『少し待って。今映像を拡大してるから――おそらく、通常光学兵器以上の装備は無いと思う。狙撃主のライフルも人類圏の兵器レベルと差異はない』

『つまり、装備のレベルは互角。ミ=ゴ星人はお世辞にも先進的な宇宙人とはいえない。帝国傘下であることを傘に着て、弱い星の種族から搾取することで発展してきた宇宙人よ。それでも人類圏と比べれば先進的であり、文明的には二歩も三歩も先を行っている』

 

 ミ=ゴ星人は甲殻類が二足歩行になったかのような容姿をしており、赤い甲殻こうかくで身を包んでいることからザリガニのようにも見える。実際両手の先ははさみであり、ぶくぶくと泡を吹くことをかんがみても、やはり二足歩行のザリガニだろう。

 

 そんな二足歩行のザリガニでさえ、人類圏の何百年も先を歩む先輩であり、先進的な宇宙人であるというのは、なかなかに衝撃的な事実に思えた。


『向こうさんも配置につき始めたが、まぁお粗末な配置だな。狙われていることなんかこれっぽっちも考えてないだろう』

『了解。それじゃあ、少し筋書きが変わったからセッションにアドリブを入れるわよ? 向うの数は十六。数の利は完全に失われた』

 

 相手の配置が見取り図の上で赤く点滅する。


『だけど、こちらの動向には感づいていない。奇襲からの速攻で一気に制圧する。対象が現場に到着し、取引相手と接触したらマロウが狙撃主を仕留める。それを合図にシロウとフーが対象の確保に向かい、私とボッツでそれを援護する。基本的に対象さえ確保できればそれでいい』

『課長は、向こうさんも一人は確保しろって言っていたような?』

 

 僕は一応の具申をしてみる。


『虫の息でも生きていることになるんだから、現場を制圧したらそれらしいのを見繕うわ』

『了解』

『これで通信を終えるわよ。後は各自持ち場で待機――状況開始の合図を待て』

 

 全員が『了解』と言って通信を切った。


「火力の集中か。おいシロウ、お前のお粗末な二丁拳銃で大丈夫なんだろうな?」

「うるさいぞ、クソチャイニーズ。お前こそ、身体中に役に立たないナイフばかり仕込んで雑技団か?」

 

 僕は運転に集中しながら、横から突っかかってくるフーに言い放った。


 対象との車間距離は常に三十メートルは開けている。こちらはヘッドライトの一つも点灯させず、バン全体に迷彩塗料による偽装を施しているので、万が一にもバレる心配は無かったけれど、それでも運転には最新の注意を払った。


 迷彩塗料とは極小のナノマシン群からなる塗料のことであり、それを塗布することによって周囲の風景をナノマシンが読み込み、ナノマシンの表面に風景を投影するというものである。夜間に使用すれば、数メートルの距離まで近づかなければまず気づかれることないだろう。


『対象が目的地に到着。不審な動きは無し。取引場所に向かっている』

 

 対象がコンテナヤードの敷地内で車を停車させ、車内を後にしてコンテナ群の中を進んでいく。


『こっちでモニターできてるわ。位置情報も全員に共有済み』

 

 アリサが視覚情報を追加して言う。


『全員、持ち場でスタンバイしているな?』

 

 スイッチが入ってきたのか、エルの口調が短い命令口調に変わる。

 メンバー全員が『イエス』のサインを出した。


『それじゃあ、後は手筈通りに――これより状況を開始する』

 

 僕とフーもバンを後にして対象の後を追う。

 互いに細心の注意を払い、物音の一つも立てずにコンテナ群を搔き分ける。


 僕は両手で構えた拳銃――大口径のハンドガンに見えるハイヴ社の光学銃「エリミネータ」に視線を落とす。スーツ右脇のホルスターには、実弾を使用するリボルバーが収まっている。


 レーザーなどの光学兵器が一般化した現在、実弾銃は時代遅れだと言われがちだが、それでも状況によって使い道はいくらでも考えられる。特に狙撃主は未だに実弾銃を好む傾向にある。


 光学銃と実弾銃の両方を使用するのが僕の基本装備であり、ありとあらゆる状況に対応できるように装備を整えている。腰から下げたベルトにはコンバットナイフに手榴弾、エリミネータのエネルギーマガジン、そしてリボルバーの弾丸各種が納められている。


「プレイボールまであとわずかって感じだな?」

 

 互いの死角をカバーし合いながら前に進み、進路確保の意味を持つ『クリア』の単語をiリンクの通信で報告し合っていると、フーが徐に声を出した。


『黙ってろ。それに、今うちは課長を含めても七人しかいない。野球をするには後二人たりない』

 

 僕は声に出さずに通信でそう言った。


『それもそうだな。現場に出ているのは六人で、課長はお世辞にもプレイヤーとは呼べない。良くて監督だ。エルの言う通り、ここはパーティと洒落込むか』

『一人でダンスでも踊ってろ』

 

 その頃には、対象のヨシフ・ワタナベは取引現場に到着しており、僕とフーはコンテナに身を預けて辺りの様子を窺っていた。対象との距離は僅か十メートルといったところで、僕たちの位置からだと背中しか見えない。


 対象の奥から、長衣ながぎぬを纏ったミ=ゴ星人五名が暗闇を引きずったように現れて、僕は緊張のレベルを最大にした。

 

 視覚情報には、まだ姿を見せていない残り十一名の所在が表示されており、そのうち四名はすでにエルとボッツに標的にされている。つまりマロウの狙撃を合図に、僕とフーで目の前の五名を殲滅し、エルとボッツが標的にしている四名を血祭りに上げる。


 後は残りのミ=ゴ星人五名との混戦に突入し、その中で僕とフーは対象を確保して安全なとこまで運び出す――これが一応の算段だ。あまり嬉しくはない手筈だが、数の利を失った上でもう一度それを取り戻すとなると、これ以外に良い方法は見当たらなかった。

 

 対象と取引を始めたミ=ゴ星人は、鋏のついた腕を上下に振りながら甲高い声を上げている。さすがに距離が遠すぎて万能翻訳機が声を拾えないため、ミ=ゴ星人の声はガラスをかき鳴らした雑音のようにしか聞こえなかった。


『ちょっと待って、まずい――』

 

 開始の合図の前に、アリサが声を上げる。


『取引の会話を拾ってみたけど、ミ=ゴ星人がもう用済みって言ってる』

『マロウ、今直ぐ狙撃。シロウ、フー、現場に介入しろ』

 

 エルの言葉を待たず、僕とフーが銃を構えて駆けだすとほぼ同時に――対象とやり取りをしていたミ=ゴ星人が、鋏のついた腕を一閃。横薙ぎに振り切ると、ヨシフ・ワタナベは糸の切れた人形のように地面に倒れ込んだ。

 

 銃声が暗闇に響き、閃光が奔る。

 僕の放った光線が、対象の首を切ったミ=ゴ星人を打ち抜き、フーがライフルから放った光線が素早く両脇の二名を打ち抜く。


『残りは俺が片付ける。お前はコサック野郎の身柄を確保しろ』

 

 フーが、ギアを一段上げたかのように素早く僕の前に出ると、両手に持ったナイフをミ=ゴ星人向って投げ、そして刀を短くしたようなナイフを両手に構えた。フーが投擲とうてきしたナイフは相手に突き刺さると起爆し、大きな爆発を上げる。爆薬の仕込まれた投擲刃とうてきじんが猛威を振るい、残り一名となったミ=ゴ星人は飛び出した眼球のような目を見開いている間に、音もなく接近したフーのナイフによって事切れた。


殲滅せんめつ完了』

『こっちも殲滅完了よ』

『狙撃主は仕留めた』

『残りが取引現場に向かっている――フー、応戦の準備をして。私たちは一分で駆けつける』

『了解。こっちは現場から動けそうもない。ちとまずいな』

 

 全員が素早く状況を報告し合う中――僕は頸動脈けいどうみゃくの切れたヨシフを相手に、必死の治療を行っていた。


『対象が重傷』


 流れ出る血の量は留まるところを知らず、口から「ひゅーひゅー」とこぼれる息は弱々しい。体温は下がり続け、脈拍も小さくなっている。ナノマシン入りの止血剤を大量に投与してみても、傷口が広すぎて修復が間に合わない。ナノマシンが傷口や血管を修復している間に流れ出る血によって邪魔をされ、治療が追い付かないのだ。


「くそっ、死ぬな。死ぬなよ」

 

 僕は血に濡れた手でヨシフの頬を強く叩いた。


「おいっ、こんなところで死んだら、何の意味もないんだぞ? おいっ、聞けって。出世したかったんだろ? 仕事をしたかったんだろ? だから、それを奪われたから許せなくてこんなことをしたんだろ? 死んだら、もう何もできないんだぞ? おいっ」

 

 僕は傷口を押さえながら声をかけ続ける。

 すると、でたらめに放たれた光線が僕の髪を撫で、幾筋もの光が後に続いた。

 残りのミ=ゴ星人がやって来たのだ。


『シロウ、身を屈めてろよ』

 

 フーが即座にライフルで応戦するが、数の利は向うにある。相手はコンテナの影から撃ってきているのに対して、僕たちはコンテナに囲まれた開けた場所で身を晒している。良い的だ。

 

 エルたちが駆けつけるまでには、後三十秒ほどある。持ちこたえられそうもなかった。


『フー、少し動いて向こうさんを釣り出してくれ。そうすればオジサンの射線に入る』

『旦那、この状況で無茶苦茶な――』

 

 フーが悪態を吐きながら相手を釣り出すために、より危険な位置に移動をする。ミ=ゴ星人がこれを好機と前に出ると――その瞬間、頭を打ち抜かれて地面に崩れた。

 

 実弾を用いての長距離狙撃はマロウの得意とする戦術の一つで、その射程は凡そ二千キロ。今の狙撃で戦意を喪失したのか、残りのミ=ゴ星人からの反撃は止み、暗闇を駆ける不揃いな足音だけが響いた。


『今の旦那の狙撃で、ザリガニ野郎どもは穴の中に逃げ帰って行くみたいだぜ?』

『ボッツ、逃走経路を表示して。フー、マロウは掃討戦に移れ。シロウ、もう直ぐアリサのバンが到着する。対象を乗せて治療を続けろ』

 

 その言葉と同時にアリサのバンが到着し、後部座席の扉が開いた。


『シロウ、早く乗せて』

 

 僕は素早く瀕死のヨシフをバンの後部座席に乗せ、車内の医療用システムにかけようとした、その時――

 iリンクと同期したコンタクトが、視界の隅に怪しげな反応を捕まえて警告アラートを鳴らす。


「アリサ、バンを出せっ――狙われてる」

 

 僕は即座にバンを降りて銃を構える。

 コンテナの影から現れたミ=ゴ星人は、小型の光子グレネードを肩に担いでおり、その狙いをバンに定めようとしていた。


「おいおいっ、ここらへん一帯を吹き飛ばす気か?」

 

 僕は狙いを定めて「エリミネータ」の最大出力――マガジンに残ったエネルギーの全てを使用するフルバーストを選択して放った。光線と言うよりは光の束とも言える凄まじいエネルギーが、ミ=ゴ星人を呑み込むように襲い掛かるが、それは突然に雲散霧消してしまった。


「ちくしょう、光学フィールドか?」

 

 光学フィールド――光学兵器のエネルギーを拡散させる防御膜。更には電磁場によって物理的な攻撃をもある程度防ぐ特別なフィールドを造りだす装置だ。

 それによって、僕の放った光線はミ=ゴ星人に命中することなく消え去った。

 

 淡い青色に発光する円形のフィールドが、まるで光の盾のようにミ=ゴ星人を守り、今まさに光子グレネードを発射する寸前だった。


「くそっ」

 

 フルバースト後の「エリミネータ」は、冷却時間を置かなければならないため連続使用はできない。僕はホルスターからリボルバーを抜き、タクティカル・スーツのアシスト機能を最大限に発揮させる。


 それは、まさに刹那の出来事だった。

 僕はスーツのアシスト機能によって身体能力を一気に向上させ、リボルバーの狙いを定める――iリンクと同期したスーツの射撃補助機能シューティングアシストによって、その狙いは限りなく正確になり、コンマ一ミリのズレもなく修正される。


 光学フィールドとはいえ、「エリミネータ」のフルバーストの破壊力を全て拡散せることは不可能なはず。一時的にでも光子の膜は薄くなり、そこに連続で威力のある徹甲弾てっこうだんを打ち込み続ければ、力押しでフィールドは突破できると踏んだ。


 光子グレネードの射出口の僅かに下――

 弾丸の運動エネルギーによって射出口が上を向くようにピンポイントで銃撃を行い、シリンダーに装填された弾丸六発を打ち尽くす。そして、狙い通り弾丸の衝撃で持ち上がった光子グレネードは、砲弾を発射させるも、明後日の方向、コロニーの空に向かって赤い尾を引いて上っていく。


『マロウ、光子グレネードを狙撃しろ』

 

 僕は頭の中で叫びながら、狙いを外したミ=ゴ星人に向かって距離を詰め、すでに排莢を終えて弾丸を込め直したリボルバーを連射した。宇宙人の両肩と足の両付根に一発ずつの計四発。

 動きを封じるために宇宙人の体を打ち抜くと、ガラスを砕いたような甲高い悲鳴と同時に――僕の背中から物凄い爆音と衝撃が巻き起こり、思わず吹き飛びそうになるを必死に堪えた。


「嘘だろ? ほんと、とんだ一日だ」

 

 振り返ると、狙撃された光子爆弾がコロニーの空で爆発しており、まるで季節外れの花火のように淡い青色の粒子を放って夜を彩っている。

 

 そして僕の足元には――

 ひっくり返ったザリガニが青い体液を流しながら、口元からブクブクと泡を吹いていた。

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