第8話 生き方を変える

 なかなか部屋に戻って来ないフラウ・ミソラを心配してバスルームに向かうと、バスルームの扉の前に腰を下ろしている彼女がいた。僕が用意しておいたシャツとジャージに着替えた彼女は、抱えた膝に頭を埋めている。


「大丈夫?」

 

 僕が声をかけると、ゆっくりと顔を上げたフラウ・ミソラは泣いていた。目を真っ赤に腫らして、大粒の涙をぽろぽろと零している。


「その、ごめん。こんなことになると思ってなくて」

 

 僕は慌てて謝罪の言葉を述べた。何の意味もない言葉を。

 フラウ・ミソラは、涙を流したまま微笑んだ。


「優しいんですね? でも、いいんです。私は自分がどんな人間なのかよく分かりました」

 

 彼女は、自虐的に言って続ける。


「私の取りえなんて、この体くらいしかないんです。今までだって、男の人を頼って、男の人に依存して生きてきたんです。私は、そんな自分にうんざりして、そんな自分から逃げ出したくて宇宙に上がってきたのに、ここでも同じことしてる。私、本当にどうしようもない女なんです。ほんとバカなんです」

「そんなこと、だったら新しいことを始めればいいだろ? 宇宙には、いくらだって仕事があるんだ。きっと、ミソラに合った仕事が見つかるはずだよ」

 

 僕の言葉に、フラウ・ミソラは力なく首を横に振った。


「生き方を変えるって――そんなに簡単なことじゃないんですよ? 宇宙に上がってきてわかりました。どうして、地球の人が宇宙に上がろうとしないのか。今なら、ハッキリと分かるんです。生き方を変えるなんて、無理なんです。宇宙に上がってきても、きっと本当の部分は変わらないんです。変えられない」

 

 フラウ・ミソラの言葉には、人の本質的な部分が含まれているような気がした。

 確かに、人は生まれもったものをそう簡単に変えることはできないし、生き方を変えるのは容易なことじゃない。


 僕自身、自分の生き方を変えられずにいる。

 それでも、僕は彼女の力になりたいと思った。


 精一杯の勇気を振り絞って宇宙に上がってきた彼女の力に。

 たとえ、それが地球の重力から逃げ出したいという消極的な理由だったとしても――それでも、生き方を変えようと望んだ彼女の力になりたいと思ったんだ。


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