第28話 三叉蛇

三叉蛇トライアド」。


 それが、フーが自分の古巣と言った組織の名前だった。

 宇宙船の中で意見があると言ったフーは、「九龍街クーロンがい」に向か途中でようやくその話を始めた。


三叉蛇トライアドは、人類圏全度に広がった犯罪組織や犯罪ネットワークの総称で、基本的には実体の見えづらい互助会のような組織――または裏社会全体を指してそう呼ぶ」

「お前、そんなでかい組織に所属してたのか?」

 

 僕は驚いて尋ねた。


「いや、三叉蛇自体に実体はない。幾つもの組織が連なった集合体で、大抵の組織は三叉蛇の名前を借りているだけの小さな組だ。だけど、三叉蛇の厄介な所はそこでもある。各組がネットワークのみで繋がっているため頭が見えづらく、いくつかの組が潰れても三叉蛇全体に痛みはない。仮に頭の一つを潰したところで、また別の頭が生えてくるだけだ」

「それで三叉の蛇ってことか」

「まぁ、そう言うことだ」

 

 フーは頷いて話を続けた。


「俺が所属していたのが、九龍街で幅を利かせるナタク・フォンって男が仕切る犯罪組織だ」

「ナタク・フォンって、密入星シンジケートの大物じゃない」

 

 アリサが驚いて言った。


「ああ。ナタクは大紅海公司ターホンハイコンスの下請け企業の幾つかを裏で任されているやり手の男で、火星の宙運業を取り仕切ってる一人だ」

「そのナタク・フォンが今回の人身売買の黒幕なのか?」

「いや、あくまでもナタクは密入星の斡旋をするブローカーに過ぎない。船の送り出しや輸送などの手配はするが、人攫ひとさらいいは奴の管轄じゃない」

 

 僕の問いにフーが首を横に振る。


「だが、この火星から秘密裏にさらった求職者を送り出すなら、ナタクが関わっている可能性が一番高い」

「じゃあ、そのナタクを拘束して話を聞き出すのか?」

「それだったら話は早いんだが、この手の犯罪は組織ごとに役割が振られ、担当が決められている。担当同士には横の繋がりはなく面識もない。だから、どこかのセクションの担当を拘束して話を聞き出しても、全貌は掴めない。これが三叉蛇の強みでもある」

「なら、どうするんだ?」

「奴らの持っている取引記録を利用する」

「取引記録?」

「ああ、組織が取引に使う銀行口座の記録なら誤魔化しようがないだろ? 見る奴が見れば、どんな内容の取引をしているのか一目瞭然だ」

「ちょっと待ちなさいよ――」

 

 アリサが話しに割って入った。


「まさか組織のシステムに侵入して、銀行口座の取引記録を手に入れるって言うんじゃないでしょうね?」

「そうだぜ」

「バカじゃないの? 犯罪組織のシステムに侵入するだけでも物凄い労力なのに、さらに何重にもセキュリティのかかっている銀行口座にハッキングなんて、課の支援があったって無理よ」

 

 アリサが呆れて言うと、フーはにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。


「さすがに荷が重いことぐらい分かってる。だけど、銀行の口座にアクセスした端末にハッキングを仕掛けるならどうだ?」

「口座にアクセスさせた端末? まぁ、それだったらだいぶハードルは下がるわね。でも、どうやって銀行口座にアクセスさせるのよ。何か取引でも持ちかける訳?」

「ああ、そう言うことだ」

「どんな取引を持ち掛けるのよ? 今の私たちに、シンジケートの欲しがる商品になりそうな物なんてないわよ」

「それなら心配するな。俺を売り渡す」

「フーを売り渡す?」

 

 僕は意味が分らないと尋ね返した。


「俺とナタクにはちょっとした因縁があってな。奴は俺に懸賞金をかけてる」

「懸賞金?」

「だから、シロウ――お前が賞金稼ぎにでも扮して、俺をナタクに売り渡せ。それで奴が組織の口座から金を振り込む所を狙って、アリサが取引記録を盗み出す。どうだ?」

「盗み出した後はどうするんだ?」

「間違いなく戦闘になるだろうな。いつも通り全滅させて終りだ」

「アバウト過ぎないか?」

「じゃあ、お前に俺の以上の考えがあるっていうのか?」

 

 僕が返答にきゅうしてアリサを見ると、肩を竦めて口を開いた。


「間違いなく、今取れる最善の策でしょうね」

 

 アリサはきっぱりと断言した。


「だろ?」

「ええ。課が使うブービートラップ入りの銀行口座を使えば、情報の入手はできるけど、そこから取引記録を精査するのに、どれくらいかかるか分らないわよ?」

「まぁ、そこは出たとこ勝負だな。アリサなら上手くやるだろ。お前の腕は超一流だ」

「調子のいいこと言って」

「そもそもが行き当たりばったりの捜査なんだ。贅沢は言えないだろう?」

 

 どうやら、二人の間では合意ができているらしかった。


「だけどフー、お前が一番危険なんだぞ。良いのか?」

 

 僕の心配を余所に、フーはにやりと笑って「問題ない」と言ってみせた。

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