第27話 九龍街

 フーが説明するに、「九龍街クーロンがい」とは、クリュセ最奥地区のスラム街であり――半ば強制的に火星に送られた植民者たちが起こした火星独立を巡る反乱や抗争の産物であるらしかった。


 火星植民黎明期れいめいきの植民者たちは、火星の資源を安く買い叩く「星府」に対して自由市場での適正な取引を求めて立ち上がり、「星府」はそれを武力によって鎮圧するべく軍を送り込んだ。火星の植民者たちが強大な軍隊に敵うはずもなく、植民者たちが最後に取った行動が、「クリュセ」の最奥地区に城塞を築いての籠城だった。

 長い籠城の末、火星植民者は自治権を含めた自由貿易の権利を勝ち取ることになるのだが――その時、火星植民と「星府」の間に立ち両者の橋渡しをしたのが、「大紅海公司ターホンハイコンス」の前身企業だと言う。


大紅海公司ターホンハイコンス」については、そもそも火星植民者の独立をそそのかし、裏で武器や物資などを横流していた黒幕であるなどの黒い噂は絶えないものの、火星の対応に出口を見失っていた「星府」としては、渡りに船だった。最終的に「大紅海公司」が大規模な投資を火星に対して行うという約束のもと、「星府」は火星植民の権利を一部認めることとなった。

 そして火星の独立が果たされた後、「クリュセ」最奥の城塞はそのまま残ってスラム街と化し、今ではマフィアやシンジケートなどの縄張りとなっていると言う。


「九龍街」の名前の由来は、そこが「クリュセ」の第九地区だったという説や、火星の独立の為に立ち上がった植民者が九人だったこと、西暦の時代に同じ名前のスラム街が存在したことなど諸説様々あるらしいが、詳しくはフーも知らないとのことだった。

 

 外から見る「九龍街」は、まるでコンクリートのビルを一纏めにしたような歪な景観をしていて、統一感の無い建物群が密集して一枚のモザイク画を描いているように見えた。


「さて、ここからは俺に指示に従って行動しろよ? 一度入ったら出られないと言われてるほど、この中は入り組んでる」

 

 無計画に城塞を築いた後、さらに無計画に増改築を繰り返したため、「九龍街」の内部は迷路のように複雑に入り組んでしまったと言う。地図はもちろん、建築物の図面すら存在しなことから、火星の植民者でさえガイドをつけなければならないほどだと言う。さらに「九龍城」の中は、一切の法が適応されない無法地帯と化しており――売春、薬物、賭博、その他違法行為と呼ばれるものの全てが詰まった魔窟であると言う。


「それにしても、ひどい環境だな?」

 

 僕たちは明かりも灯らない薄暗い一角を、車で右へ左へと複雑に進んでいた。錆びついたトタンで補修された建物があちこちに見え、街路はゴミで塗れている。そしてiリンクの調子までもが悪く、コンタクトの拡張現実機能の幾つかが使用不可能な状態だった。


「まぁ、あらゆるインフラが無計画に設置されてるからな。通信の規格が合わないのも仕方ない。後、iリンクのジャミングやハッキングなんかは茶飯事だから気をつけろよ。個人情報を抜き取られるなんてヘマするなよ?」

 

 歩きながらフーが言うと、ノイズの入った通信でアリサの声が響いた。


『誰に向かって言ってるのよ? さっきからアンタたちにちょっかい出してる馬鹿なハッカーを何人も返り討ちにしてるけど、キリがないわね』


「九龍街」の入り口付近で待機しているアリサがうんざりと言った。


「俺たちの動きはモニタできてるな?」

『一応ね。私の端末だけじゃ出力が足りないから、辺りのサーバーを手当たり次第に並列化してシステムを構築しているけど、ほんと最悪の環境よ』

「まぁ、手筈通りにやってくれ」

『はいはい。了解よ』

 

 目的の場所に到着し、フーは車を止めて僕を見た。


「いいか? さっきも言ったが、ここからは俺が言った通りに行動しろよ。お前が下手を打てば、俺たちは二人ともおしまいだ」

「ああ、分っているけど――でも、本当にいいのか?」

 

 僕はフーに聞かされた作戦を思い出し、もう一度念を押すように尋ねた。


「今更怖気づいたかジャパニーズ? こんなのは火星じゃ茶飯事で、お前が上手くやりさえすれば何も問題ない」

 

 フーが軽口を叩き、僕は「分った」と頷いた。

 そして、携帯した光学拳銃を取り出し――銃口をフーに向けた。


「シロウ、最後に一つだけ言っておくぜ」

「なんだよ?」

「何があっても、自分の仕事を全うしろ。何が起きてもだぜ?」

 

 めずらしく真面目な調子でフーが言い、僕はもう一度「分った」と頷いて――光学拳銃を麻痺スタンのモードにしてフーに放った。

 一瞬で気を失ったフーの体を拘束して車のトランクに押し込む。

 その後で、僕はフーに指定された場所へと車を移動した。

 長いトンネルの中心で車を止めて、トンネルの中央で腰を下ろしている浮浪者に声をかけた。


「お前たちが探している男を連れてきたと――ナタク・フォンに伝えろ」

 

 僕が言うと、縄張りの見張りをしていた浮浪者は組の上役と連絡を取り、しばらくすると黒いスーツにサングラスをかけた屈強な男が二人現れた。


「お前が、我々の探している男を連れてきたと言った男か? それで誰を連れてきた?」

「フー・ランフェイ」

 

 その名を聞くと、目の前の男二人の態度が一変した。


「本当か?」

「ああ、確認してみると良い。だが勝手なことはするなよ? こっちは取引にきた。それが終わるまでは――男はこっちの商品だ」

 

 トランクの中のフーを確認した男二人は頷き合い、「付いて来い」と言った。

 ここまではフーの計画通りだった。


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