第26話 火星

 火星。

 

 太陽系四番目の惑星であり、地球から2億2530万キロメートル離れた赤い星。直径は地球の約半分であり、質量は十分の一。地球型惑星であり、大気も希薄ながら存在することから、西暦のかなり早い段階でコロニー建設や植民などの計画が立てられた――月に続く地球人類第三の居住星。

 

 度重なるテラフォーミングにより、火星全体には厚い大気が生まれたけれど、それでも星全体を人類の住める環境に改変するには至らず、結果として居住に比較的適した土地に環境改変ナノマシンを散布し、その改変された土地をドーム型のコロニーで覆うことで、人類の居住を可能としている。

 

 現在、火星に建設されたドームは――「クリュセ」、「アレス」、「シルチス」の三基。

 ドームの外には無数の資源採掘場が建設されている。

 

 火星植民が最も多く暮らし、そして火星の拠点都市となっているのが「ドーム・クリュセ」であり、今回の人身売買のターゲットとなった性風俗店も、全てこの「ドーム・クリュセ」に店を構えていた。

 

「クリュセ」の宇宙港でラプターを係留し、諸々の検査や手続きを終えて火星市内に入った僕たちは、足のつかない車を一台調達して早々に行動を開始していた。

「ドーム・クリュセ」の中は、縦横無尽に走る大小様々な配管と灰色のビル群によって構成され、工業都市の名に相応しい景観をしていた。無数の煙突からは黒い煙を吐き出し、都市中に張り巡らされた配管からは蒸気が勢いよく噴き出している。

都市全体が、まるで深い霧に覆われているようでさえあった。


「ゴッサム」と比べると一世代前の技術によって成り立っているみたいで、ドーム内の環境はお世辞にも良いとは言えそうもなかった。


「ひどい所だろ?」

 

 車の中で、徐にフーが口を開いた。


「もともとは地球に資源を送るための星だったからな。これでもゲートのおかげでずいぶんマシになったんだぜ」

「詳しいんだな?」

 

 僕が尋ねると、フーが肩を竦めてみせた。


「俺の生まれ故郷だからな」

「火星が?」

「ああ――見てみろよ」

 

 フーがナイフのように尖った顎を窓の外に向けると、灰色の街並みに溶け込むように存在しているたくさんの子供たちを見つけることができた。走り回っている子供、腰を下ろしている子供、数人で何かの企みをしている子供など、様々な子供たちの姿がそこにはあり――子供たちは一様にボロボロの布きれを身に纏っていた。


「火星っていうのは、地球の難民やら犯罪者を、無理やり宇宙船に乗せて植民者に仕立て上げた星だ。言ってみれば流刑地みたいなもんで、そんなんだから治安は最悪に決まってる。ここまで発展するのには、血なまぐさい反乱やら抗争が何度もあった。その結果、大量の孤児が生まれて、子供たちはその日生きる術を必死に探した。俺たちの世代も、生き延びるために何でもやったさ」

「何でも?」

 

 フーが自分の過去を語り始めるとは思っていなかった僕は、その壮絶な過去に驚きつつも、しっかりと彼の話に耳を傾けた。


「盗み、強請ゆすり、たかり、暴行、殺人、なんでもだ。そのうち名前の売れた俺は、めでたく裏社会の一員になった。こんなんでも、火星じゃエリート街道だぜ?」

 

 僕は、何も言わずに話の続きを待った。

 するとフーはいきなり核心を突くように言った。


大紅海公司ターホンハイコンスは知ってるだろ?」

「ああ。セブン・スターの一つだろ」

「表向きは真っ当な軍産複合体コングロマリットだが、大紅海公司はこの火星の裏社会を仕切っている元締めで――そのフロント企業だ」

「本当なのか?」

 

 僕が驚いて言うと、フーはにやりと笑って見せた。


「この稼業じゃ常識だぜ。大紅海公司ターホンハイコンスは、子飼いのマフィアやシンジケートをなんかを使って、星府や統合軍が表向きにできないキナ臭い仕事を一手に引き受けている」

「じゃあ、大紅海公司ターホンハイコンスが裏で人身売買を?」

「さすがにそれはないだろうな。だけど、大紅海公司ターホンハイコンス子飼いの勢力は間違いなくこの事件に関わっているだろうし、関わっていなくても何かしらの情報は持っているだろうな」

「僕たちはこれから大紅海公司に乗り込むのか?」

「いや、これから行くのは俺の古巣だ」

「古巣?」

「ああ、九龍街クーロンがいに向かう」

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