第25話 トランスポンダ

 移動を終えた格納庫が滑走路とドッキングしてハッチを開く。誘導灯の灯る滑走路の先は、星の海へと繋がっており――暗黒に包まれた宇宙空間が広がっている。


 宇宙艇「ラプター」は、滑走路に設置されたリニア式のカタパルトにドッキングし、管制官の発進シークエンス完了の指示を受けて発進のタイミングをパイロットに移譲された。


『カタパルト接続完了。進路クリア。システム・オールグリーン。発進のタイミングをパイロットに委譲します。発進どうぞ』

「コントロールを確認。システム・オールグリーン。宇宙艇ラプター発進します」

 

 管制官との儀礼的なやり取りを終えて発進すると、宇宙艇は物凄い速度で宇宙に投げ出され、後は慣性を利用しての航行に入る。

 

 宇宙空間を航行する上での航法は主に二つある。

「ジャンプドライブ」と呼ばれるワープ機能を備えた特殊なエンジンによる航法と、「ワームホール」と呼ばれる空間と空間を繋げたゲートを通る航法で――前者が「ジャンプ」、後者が「ゲート」と呼ばれている。

 

 どちらも、遠くの宇宙から齎された未知の技術であるけれど、「ジャンプ」の技術は、「第一次宇宙戦争」時、敵の戦艦を鹵獲ろかくした際に解析を行い、そして開発に成功したという経緯がある。残念ながら「ゲート」の開発は未だ成功しておらず、「広域宇宙開発機構」に莫大な特許使用料を払うことで、人類圏での使用を許されている。


「ジャンプ」航法の基本的な原理は、ドライブが生み出す莫大なエネルギーを推進力へと変換し、光速を越える速度で次元を跳躍するというものである。


「ゲート」は、宇宙空間にいくつも点在する円形の構造物を指し、ゲート内は予め航路の定められた一方通行の亜空間へと繋がっている。そして亜空間とは、宇宙空間を短縮したワームホールのようなもの。


 現在、最も主流となっている宇宙での移動手段が「ゲート」であり、地球圏だけも数十の「ゲート」が各地に設置されている。「ゲート」のみを行き来する宇宙船の発着も盛んであり、各地にゲートステーションが設置されていることから、かつての地下鉄――「メトロ」の愛称で親しまれている。


「ゲート」を使用すれば、通常の航法で月まで三日かかる距離が、僅か十五分程度に短縮され、火星まで半年の時間を要する所、僅か三時間程度で到着する。

 ジャンプドライブの速度はこの比ではなく、太陽系の横断すら一瞬のうちに行える。もちろん、その際に使用するエネルギーは莫大だけど。


 しばらく宇宙空間を航行していると、フラフープを巨大化したような建造物が現れ、幾つもの宇宙船が列をなして「ゲート」を潜る順番を待っていた。「ラプター」は偽装した「トランスポンダ」――船籍、船名、目的地や現在地などを証明するための識別装置――を発信し、他の宇宙船を差し置いていち早くゲートの中へと入った。


「トランポンダ」の偽装は重大な犯罪行為であるけれど、僕もアリサも大して気にもしていなかった。日常的に情報の改竄や隠蔽を行っているアリサにとっては、「ゲート」の優先権を得られる星府機関の船を装うくらい、テレビ番組のチャンネルを変えるくらいの気軽さでやってみせる。


 僕一人だったなら、「ゲート」の順番待ちをして数十分を無駄にしていただろう。


「さて、行くか――」


 亜空間に入ったラプターを自動操縦に切り替えて、僕とアリサは宇宙艇のキャビンに移った。


 宇宙艇後部に広がる縦長の積載空間には、各種武装や医療システム、降下用のポッドなどが搭載されており、キャビンの両壁には折りたたまれた椅子がずらりと並んでいる。そして、一つだけ降りた椅子の上には、後ろ手に縛られたフー・ランフェイの姿があった。


「おいおい、いい加減これを解いてくれよ。せっかくお前に協力してやるって言ってるんだぜ?」

「それ、本当なんだろうな?」

「ここまで連れて来られて、今さら嘘をつき通してどうする?」

「船を乗っ取って引き返すかもしれないだろう?」

「亜空間の中が一方通行ってことぐらい常識だろ?」

 

 フーはもっともらしいことを言って見せたが、僕には今一つ信用しきれなかった。仕事以外で自分の利益にならないことを一切しないフーが、僕に協力を申し出ることなんて考えにくいことだったからだ。

 そもそも、フーがどんな男なのか、課の一員になる前にどんな仕事をしていたのかを、まるで知らなかった。

 それはフーに限ったことではなく、課の暗黙の了解として互いの過去は詮索しないことになっていた。


「何か企んでるだろ?」

「疑い深いな、ジャパニーズ。簡単な話だぜ? エルにお前の監視を命じられて、お前の火星行を阻止しようとして逆に返り討ちに合ったなんて、良い恥晒しだ。だったら、お前たちに協力して結果の一つでも出して課に戻った方が、幾分か格好がつく。それだけの話だ」

 

 まぁ、頷ける話ではあった。


「それに、俺は役に立つと思うぜ?」

「この事件に何か心当たりでもあるのか?」

 

 僕が尋ねると、フーはにやりと笑ってみせた。


「まずは、お前の捜査方針を聞かせろよ。考えなしに火星に向かってるわけじゃないんだろう?」

「それについては、私も聞かせて欲しいわね」

 

 フーの言葉に、アリサが同意して僕を見た。


「分った。取りあえずお前を信じるよ」

 

 そう言って、僕はフーの拘束を解いた。

 フーは両手を広げて肩をすくめただけだった。


「じゃあ、僕の捜査方針を説明する――」

 

 僕は言いながら情報端末に指示を送ってホログラフを展開した。


「これって、運輸省航宙局が公開しているフライトレーダー?」

 

 アリサが直ぐに反応して言った。

 

 僕たち三人の目の前には、人類圏の星図が浮かび上がった。地球、月、火星、木星圏の宙域が詳細に表示され、その上に宇宙船を示すアイコンが無数に飛び回っている。


「フライトレーダー」とは、全ての宇宙船に搭載が義務付けられている「トランスポンダ」の情報を元に、宇宙船の現在位置をリアルライムで知ることができるシステムのことである。公開されているのは民間の宇宙船のみだけれど、僕たちのように捜査権限を持つ者なら、アクセス権に応じて星府専用機や任務中の軍用機の情報をも得ることができる。


「おいおい、もしかして火星で浚われた求職者を探すのに、これから発進する宇宙船を一つ一つ洗って行くのか? 人類圏だけでも軽く数万。火星だけに絞っても数千の離発着があるんだぜ? それに浚われた求職者がまだ火星に残っているとは限らない」

 

 僕が口を開く前に、フーが信じられないと口を開いた。


「黙って聞いてろ。これから説明するって言っただろ」

 

 僕はフーを睨みつけた。


「まず、火星から発進する宇宙船のみに対象を絞り、その中から広域宇宙へのゲートを潜る船に限定する」

 

 僕が言うと、アリサがフライトレーダーの情報を書き換え、星図の上には僕が指定した条件の宇宙船だけが残った。


「この中から、シンジケートなどの反社会的勢力や、テロリストなどが所有する宇宙船。過去にトランスポンダの改竄や、情報ロンダリングを行った可能性のある宇宙船を残す」

 

 またしても星図の上から宇宙船の数は減って行った。それでも宇宙船の数は優に五百を超えていた。


「この中で短期間に数回以上、広域宇宙と火星とを往復している宇宙船のみに的を絞る」

 

 ここからは完全に僕の願望であり――

 一種の賭けだった。


「二百ちょいね。もう少し検索の幅を広げれば三百は超えるわよ。三人でしらみ潰しに探せる数じゃない」

 

 僕は、自分の考えの甘さを痛感した。少なくとも、この検索で百以内には絞りこめると思っていた。その数なら、僕の捜査方針に二人を協力させるだけの根拠になると思っていたけれど、完全に当てが外れてしまった。


「後は、僕が足を使って一つずつ当たっていく。アリサ、この情報で優先順位をつけてくれ」

「これじゃあ、目的の宇宙船までは辿りつけないわよ? 浚われた求職者がすでに火星を立っている可能性は一先ず置いておいておくにしても、無理がありすぎるわ」

「でも、もうこれしか方法がない。他に手も考えもないんだ」

 

 僕が力なく言うと、アリサが肩を竦めてみせた。


「シロウにはこれ以上の考えはないんでしょうけれど、私たちは違うでしょう? 少なくともエルなら、自分の捜査方針を説明した後メンバー全員の考えを聞くわよ」

 

 アリサがフライトレーダーに視線を向け直し、自分のiリンクを起動させた。


「それに、この捜査方針自体は悪くないわよ。正直、シロウからこんなアイディアが出てきたことに驚いているくらいなんだから」

「じゃあ、他に良い考えがあるのか?」

「前提条件が間違っているのよ。シンジケートなんかの船は残しても仕方ないし、トランスポンダの改竄が行われた船も意味ない。この人身売買ルートは一見大胆なように見えるけど、計画自体はかなり練られいる」

 

 アリサは自分のiリンクを操作して情報の精査をしはじめた。


「だから、犯罪者側から攻めてもボロは出ないし、そもそも怪しまれないための偽装工作が行われているはず」

「だったら、どうすれば?」

「犯罪者側が何重に偽装を施そうとも、協力者側はそうじゃない」

「協力者?」

「スペース・ハローワークと一緒よ。この手の犯罪には、必ず内部の協力者がいる。賄賂を受け取って航宙局の情報の改竄を行っていたり、検問や税関を素通りさせるような協力者が」

 

 アリサが言うと、フーが細い目を開いて口笛を吹いた。


「なるほどな。おそらく協力者側は、自分が何の犯罪に加担しているのか分かっていないだろうしな。そもそも、犯罪に加担してるとは思っていない。そんな奴なら偽装工作も甘いだろうし、ボロも出しやすい」

「そう言うこと。後は検索の仕方を変えるだけじゃなくて、航空局と火星の宇宙港のデータベースに侵入して、そちら側からの改竄が行われた形跡のある船と、入港記録がトランスポンダの情報と一致しない船をリストアップすれば――出たわ」

 

 それでも表示された宇宙船の数は百を超えていた。


「まだ、こんなにあるのか?」

「まぁ、この程度の不正行為は日常茶飯事なんでしょうね」

 

 愕然としている僕とは対照的に、アリサは特に驚いた様子もなく冷ややかだった。


「検索パラメータを弄ってもう少し絞り込んでみるけど、それでも八十くらいが限度でしょうね。それ以上絞り込むと検索の制度が下がるし結果に漏れがでる」

「分った。この情報を元にして一隻ずつ潰していこう」

 

 八十隻以上の宇宙船を虱潰しにしている時間はないけれど、それでもやるしかなかった。


「おいおい、まだ俺の意見を聞いてないぜジャパニーズ。さっきも言っただろ? 俺は役に立つぜって」


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