第10話 人身売買
「人身売買専門の犯罪シンジケート?」
「赤レンガ」の会議室で、僕は戸惑いの声を上げた。
突然の招集を受けて課のメンバーが集まったのは、フラウ・ミソラが火星を経って三日過ぎてのことだった。
「シロウ、少し落ち着いて話を聞きなさい――――」
エルが、僕を静止して会議を先に進める。
すでにホロのスクリーンには、各捜査員が上げた捜査資料や情報が共有化されている。
それだけで、僕が気を急く理由には十分だった。
「アリサ、続きを」
「了解。最近多発している人身売買の手口と、その経路の一つが発覚したから――それについて説明するわよ」
アリサは、僕に心配そうな視線を向けた後、話の続きを述べた。
「まず、人身売買っていうのは、三つの場所があって成り立つの。一つが、人身売買に必要な身柄を確保する送出地。次に、取引を行う中継地。三つ目が、売買を終えた身柄を送る受入地。本来、送出地には社会不安を抱えた場所――紛争地域や内戦、貧困、災害、差別などの要因のある場所が選ばれやすいんだけど、今回の人身売買の送出地は、このスペース・ハローワークよ」
「はぁ、いったいどういう意味だ?」
フーが、訳が分からないと首を傾げり。
「つまり、このスペース・ハローワークに職を求めてやってくる女性をターゲットにして、この犯罪シンジケートは人身売買を行っているのよ」
「ってことはだ――職業案内のエージェントの中に、シンジケートの構成員が入り込んでいるってことか?」
「そうじゃないから厄介なのよ」
アリサが苛立ってように首を振る。
「いい? 私たちエージェントが求職先を案内する時、必ず総合的宇宙雇用システムリンクの判断を仰ぐでしょう」
「だろうな」
「もしも、そのシステム内のデータが間違っていたら?」
「誰かが改竄してるってことか?」
「それならもっと簡単だけど、そんなことをする必要もないの」
アリサが首を横に振る。
「システムに新しい求職先がアップロードされる時、最初に行われることは職員の手による登録。求職先の登録を行う専門のエージェントがいて、彼らが申請を受けた求職先を調査・診断してシステムにアップするの」
「なるほどね」
そこまでの情報をフーは興味なさそうに流した。
「けど、一日何千件と申請のあるものを綿密に調査できるわけもなく、そもそも彼らの仕事は、右から左に流して判を押すだけの
アリサが言うと、スクリーンには三つの「A」が並んだ。
「それが、求職先の信頼度を表すトルプルAの評価」
信頼度とは求職先の格付のことで、「トリプルA」は最高位の評価を指す。
大抵の求職者は求職先で悩んだ場合、格付けの高い求職先を選ぶ。
「おそらく、賄賂を渡したシンジケートの構成員は、裏で繋がっているか、目星をつけている求職先にトリプルAの格付けを行わせ、自分たちに都合がよく、足のつかなそうな求職者が現れたところで求職者を
「それが、火星の性風俗産業なの?」
エルが人身売買のターゲットにされたと思わしき求職者たちの一覧を眺めて言った。
スクリーンに映し出された求職者たちは、全て「スペース・ハローワーク」から火星の性風俗産業に求職した者で、多くは若い女性だが、中には若い男性も交じっていた。
そのリストを見ているだけで、僕は気が気じゃなかった。
「ええ。火星は商業と工業によってなる経済コロニーで、星府の権力よりも企業の権力が強い。裏社会や地下経済も活発で、正直、人身売買の中継地としては理想的な環境なのよ」
「それでも、ここまで発見が遅れた理由は? さすがにこれだけの人数に上るまで事件性を疑われなかったっていうのは、信じがたいわね」
「簡単よ。この求職者たちには、身寄りがなく、帰る場所もない。それに性風俗産業はもともと離職率が高いし、お互いのプライバシーに干渉し合わないという暗黙の了解みたいなものがあるの。だから、ある日突然、この中の誰かが職場に来なくなっても誰も気にしたりしないし、事件性を疑ったりしない。まぁ、事件性を疑ったところで、誰も通報なんかしないでしょうね。全員が
アリサが冷ややかに言うと、エルは納得がいかないという様子で頷いた。
「マロウ、賄賂をもらって嘘の格付けをしていたエージェントの目星はついた?」
エルがマロウに尋ねと、マロウは困ったように頭をかいた。
「まぁ、目星はついちゃいるんだが、なかなかやれやれって感じだな」
「はっきり言ってちょうだい」
「そうなると、ほぼほぼ全員だ」
「全員って、どういう意味?」
「つまり、格付けのごまかしは日常的に行われていて、すでに当たり前のことになっているってことだ。賄賂だけじゃなく、少し大きな企業からの口利きがあれば、どんな求職先だってトリプルAの格付けになる。格付けを行っているエージェントたちも、それが悪いことだなんてこれっぽっちも思っていない」
「つまり、腐敗しきっているってこと?」
「まぁ、そういうことなんだが、残念ながら役所仕事っていうのは、腐敗から逃れる術はない。苗床を見つけた
「クソ野郎共ね。このツケは絶対に払わせるわよ」
「ああ。これが発覚した以上、何かしらかの処分は必要だろう。それもまたお役所仕事だ」
「それで、火星の性風俗産業にトリプルAの格付けを行ったエージェントからは何か引きだせたの?」
「何も。そもそも自分がどの求職先に、どんな格付けをしたかなんてまるで覚えてもなかった」
「手掛かりなしってわけね」
エルが額に手を当てて捜査資料に視線を向けた。
「消えた求職者たちの求職先を一斉に摘発しても、おそらく何も出てこないんでしょうね?」
エルがボッツに尋ねた。
「ああ、すでに火星の捜査当局が捜査の手を伸ばしたが、手掛かりはおろか、事件への足掛かりにさえならなかった。シンジケートは二重三重に仲介者を経由している。末端の構成員まで辿りついた頃には、この求職者たちはどこかの星につれて行かれた後だろ」
ボッツが淡々と言って火星の捜査当局の資料をアップした。
「つまり、この経路からじゃシンジケートまでは辿りつけないって事?」
「ああ。そもそもこの経路は、すでに閉じていると見た方がいい。初めから短期間に大量の身柄を拘束するために計画されたと考えるのが妥当だろ」
「そうね」
エルが仕方ないと頷いた。
「最後に送出地だけど――ギガス人の線が有力ね」
エルの推論に、この場に集まったかの全員が体を強張らせた。
「ギガス人」は「銀河帝国」の始祖と言われる「七始族」の一つで、人の倍以上ある巨大な身体に黒い肌を持ち、頭に角を生やしている。まるで神話の世界から出てきた巨人か、御伽噺の鬼のような姿をしている。
そして「第一次宇宙戦争」の発端となった種族でもあり、地球人類と全面戦争を行った因縁の過去を持っている。
「第一次宇宙戦争」後も、土星圏を拠点に何度も戦闘が行われ、「木星戦役」と呼ばれる戦いでは、木星のコロニーを丸々破壊されている。しかし、因縁を持つのは地球人類だけなく、ギガス人も同じで、彼らは度重なる地球人類との戦争で疲弊し、現在「銀河帝国」内では凋落した種族として低い地位に甘んじている。
その為、現在に置いてもギガス人は地球人類を恨んでおり、地球人もギガス人と聞くとどうしても体を強張らせてしまう。
「ギガス人には、地球人――とりわけ若い女性を愛玩用の奴隷として弄ぶ、下種な趣味をもった奴らが多いる。過去に同様の事例があるわ」
そう言うと、エルは開封されていない捜査資料をアップした。
「これは星府にも公開されていない帝国の極秘情報の一部だから、各自取り扱いには気をつけてちょうだい」
その情報を開封すると、僕は我が目を疑うだけでなく、その場で胃の中の物の全てを吐きだしそうになった。
エルが公開した情報の多くは、ギガス人が地球人を奴隷として扱っている事実が克明に列挙されており、その凄惨とも言える光景が写真や映像と共にファイルされていた。それは、奴隷を扱うといったような生易しいものではなく、拷問と呼んでなお形容したりないほどだった。
裸で犬のように四つん這いにされている女性たちの姿や、四肢を刻まれ泣き叫ぶ女性の姿、無理やりな性行為で死に至っているもの、延々と拷問器具による責め苦を受けているもの、薬物を投与されて精神を破壊されているもの――まるで、この世の地獄を形にしたかのような阿鼻叫喚が、そこには広がっていた。
こんな凄惨で残虐な行為が、たかが種族が違うと言うだけの行えるのだろうか?
しかし、このファイルの中で、黒い鬼たちはそれを喜々として行っている。
僕は、今すぐにこいつら全員を殺してやりたかった。
「つまり、この人身売買を専門としているシンジケートは、スペース・ハローワークのシステムを利用して火星の性風俗産業に求職者を求職させ、その中から足のつかなそうな者をターゲットに、どこかの宇宙人――おそらくギガス人に売り渡している。これが、今回の大まかな絵ね」
エルはここまで上がった捜査情報を基に、この犯罪の絵を描いて見せた。
「そして、現状の手がかりではシンジケートには辿りつけない。残念だけど私たちにできるのは、これ以上の人身売買を防ぐため、スペース・ハローワーク内の腐敗にメスを入れることぐらい」
最後にエルが総括して、事実上の捜査打ち切りを宣言した。
「ちょっと待ってよ」
僕は、黙っていられなくなって声を上げた。
「今直ぐ火星に行って、この求職者たちの捜索をするべきだ。こんなに多くの地球人がどこかの星に連れて行かれて、奴隷にされようとしているんだぞ? このまま黙って引き下がるなんて――」
「シロウ」
エルが僕の言葉を叩くように言った。
「あなたが憤る気持ちも分からなくはないけれど、今から私たちが出張ったところで、出来ることなんて限られているでしょう?」
「だけど――」
「だったら、あなたの捜査方針を聞かせてちょうだい。それが妥当な線なら検討するわ」
「それは――」
僕は何を口にすべきか分らなくて口を閉ざした。血が上った頭で、勢い任せに感情だけを吐き出してしまったことは分かっていた。
「シロウ、覚えておいて――この宇宙において、命というものは酷く安いものなの。人身売買なんて珍しい犯罪ではないし、そもそも帝国には、人権と言う人類の概念は存在しない。奴隷という制度が認められている星だっていくらでもある」
エルが銀色の瞳を真っ直ぐに向けて続ける。
「宇宙に進出した種族がまず初めに学ぶべきことは、理不尽を受け入れるということよ」
手厳しすぎるエルの言葉が、僕の胸を深く抉った。
僕はただ茫然と立ち尽くしたまま、これからどこかの星で奴隷にされようとしている人たちに視線を向けた。
宇宙の理不尽を押し付けられたか弱き人々の中に、僕のことを私のヒーローと呼んでくれた女性が――
フラウ・ミソラの姿があった。
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