第27話 いじめの真相
「え、あの家? あそこに家を建てた人はたった半年で引っ越しちゃったのよ」
「奥様、何があったんですか?」
「長い話になるから、和室で座って話をしましょう」
小暮はリビングに隣接している和室のふすまを開けて中に入ると、天井からぶら下がっている和式照明の電気を点けた。
「お座布団も無くて申し訳ないけど、畳の上にお座りになって」
「「はい」」
三人は部屋の中央に足をくずして座った。
「実は私の一番下の娘は渋山第一中学校に通っているの。その中学校で自殺未遂をした生徒が出たのよ」
「学校のいじめ問題ですか?」
「その子は二年生の女の子で、最初は不良グループにいじめられて自宅のアパートから飛び降りたっていう話だったの。でも運よくゴミ集積場に落ちたので、骨折と打撲だけで命は助かったのよ。だけど、そこからが大騒ぎよ、連日のように学校で説明会が開かれたわ」
「そのいじめの話と、あの家はどんな関係があるんですか?」
「あそこの家にも同じ中学に通っている女の子がいて、ある時からその子がいじめの主犯だっていう噂が流れたの。それであの家に電話がいっぱい掛かって来たり、落書きをされたりしたのよ。そのあと、その子は学校に行かなくなってしまって、お母さんもノイローゼになって入院したそうよ」
「電凸されたんですね」
「それだけじゃなく、ガレージの車庫も壊されたのよ。ガレージの扉に仕掛けがしてあって、ご主人が車庫入れをした時に扉が落っこちて来たそうよ。車も屋根がへこんだって言ってたわ」
「引っ越して来たばっかりだったのに、誰かをいじめるなんておかしいですね」
「でもその子はなぜか、転校してきてすぐに不良グループの仲間に入ったそうよ」
「いじめの主犯だったという証拠はあったんですか?」
「いいえ、そんなものは全く無いわ。ただネットに書き込みがあったのよ、二とか五とかのちゃんねる」
「ああ、そうなんですか」
「そのあとの学校の話では、自殺未遂の原因はいじめじゃなかったって言っていたわ。ご家庭の問題だったんですって」
「それじゃあ、えん罪じゃあないですか?」
「だから呪われているのよ、あのお家」
「ひどい話だわ!」
路子と啓太は小暮の話を聞き、マイホームを建てたばかりなのに災難にあってしまった里中一家を、かわいそうだと思ったのだろう。二人とも口をきつく閉じて黙り込んでいる。
「……!」
しばらくして、路子はあることを思いついた様だ。
「啓太さん、車の中に大事な物を忘れたの。取って来てくれる?」
「何を忘れたの?」
「例の『キトウチョウ』よ」
「キトウチョウ!?」
路子は、バッグから車の鍵を取り出して啓太に渡す。
「あの何度も唱えるものよ、持って来て」
「椿坂さん、ご祈祷師なの? 何かお祈りでもなさるのですか?」
小暮はこの人は変な事を言う人だな、という顔をしている。
「ええ、このお部屋の安全を祈っておきたいんです、ここも呪われない様に。啓太さんダッシュボードの中にあるわ、早く持って来て」
路子は座りながら啓太が立ち上がる様にと、背中を押す。
「!? うん、わかったよ」
啓太は訳がわからないまま、立ち上がって部屋を出て行った。
「ところで奥様、この和室の壁の向こう側はお隣のお部屋ですよね」
「ええそうよ、こことお隣は対象的に作ってあるから、お隣の部屋も和室よ」
「いやーん」
路子は急に手をバタバタさせて畳を叩いた。
「椿坂さん、どうしました」
「奥様、私……声が大きいんです」
「え、何の事かしら?」
「このお部屋の音がお隣に聞こえたりしないか、すっごく心配です」
「さっきも言いましたけど、この壁は防音対策してありますよ」
「あのー、私、あれの時大きい声を漏らしてしまうんです……」
路子は右手をほほに当て、恥ずかしそうな顔を作って下を向いている。
「あらまあ、そうなの。あなたそれで一軒家を探していたのね」
「お隣に住んでいる方に聞かれたら嫌なんです。ここで大きい声を出してもお隣の方に聞こえないことを確かめさせて頂けないかしら?」
「……」
啓太は部屋を出て考え事をしながら階段を下りている。
「ロコさま変な事言うなあ」
路子が何を持ってきて欲しいのか、まだわからない様子だ。
「キトウチョウって何だろう? 何度も唱えるって言ってたな……」
「キトウチョウキトウチョウキトウチョウキ! トウチョウキ、盗聴器のことだ。隣の部屋に仕掛けようとしてるんだな」
啓太は路子の思惑に気づくと、走り出していた。路上に止めてある車に着くと助手席のドアを開ける。しゃがみ込んでダッシュボードを開き、コンセント型の盗聴器を取り出した。
「これだけだと、あの小暮さんに怪しまれるかなあ。これも持って行こう」
啓太は、そこにあった黒いカバーが掛けられた車検証も取り出してから、車のドアを閉めた。
啓太は脇に車検証をかかえ、ズボンのポケットにコンセント型盗聴器を忍ばせて二階の部屋の和室に戻って来た。
「路子、持って来たよ。はい、これ」
車検証を渡された路子は、一瞬苦い顔になる。それを見た啓太はすかさずズボンのポケットに手を入れて、コンセントの形が分かる様にポケットを膨らませてから目配せをした。
「! あら、ありがとう啓太さん」
路子がウインクすると、啓太は得意顔になっていた。
「奥様がお隣の部屋を開けて下さるそうよ、啓太さん一緒に付いて行って。私はこの部屋で大きな声でこの『キトウチョウ』を読むから、その声が聞こえるかどうか確かめてね」
「了解……じゃなくて、わかったよ路子!」
こんな所で祈祷なんかされたら嫌だなあ、という顔をしていた小暮だが、この部屋に早く誰か住んでもらいたいと思っている様だ。
「若旦那さん、さあ行きましょう」
「はい」
小暮と啓太はすぐ隣の部屋の前に立つ。おもむろにマスターキーを取り出してドアを開けると、何食わぬ顔で中へ入って行った。
路子は適当な祈祷を大きな声で唱え始めた。
「心願成就・除災招福・災難消滅・運気改善・開運除災・身体健康・心身健全・無病息災・良縁成就・夫婦円満・子宝成就・安産成就・家内安全・入試合格・学業優秀・交通安全……・商売繁盛・問題解決?」
小暮は、襖を開けて和室に入ろうとする。あとを着いて行く啓太は、何処に盗聴器を設置しようかとキョロキョロしていた。
「ほらね、全然聞こえてこないでしょう?」
「ええ、そうですね」
啓太も和室に入った。
「あなたの奥様になる方って、あれの時に大きな声を出すんですってね」
「え、そんなこと言ってました?」
「何よあなたとぼけちゃって、おほほ」
小暮は思わず啓太の背中を叩いた。
「やあ、恥ずかしいです」
啓太は頭をかいている。
「新婚だと毎晩って事になるわね、羨ましいわ」
「えへへっ」
啓太は和室の電源タップの位置を確認したが、目立ちすぎて設置できないと思った様だ。
「リビングも確認していいですか?」
「ええ、どうぞ」
小暮は障子戸を開ける。啓太は戸が開き切らないうちに、素早くリビングへ移動した。
「すみません小暮さん、壁を叩く音も確認したいので、そこの壁を叩いててくださいますか」
「まあ、随分神経質なのねお二人とも、わかったわ」
小暮は和室の壁を叩き始めた。
啓太がリビングを見渡すと、応接セットが置いてある。その隣のダイニングは事務机のある仕事部屋になっていた。啓太は音を立てない様にしながら移動し、その事務机の下の電源タップにコンセント型盗聴器を仕掛けた。
「よし、ここならバレないぞ」
啓太は和室に戻った。
「小暮さん、こっちの部屋も全然聞こえませんでした」
「そうでしょう、もう納得しましたか?」
「はい、ありがとうございました」
小暮と啓太は、路子のいる部屋へ戻って行った。
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