第23話 社員食堂の会議

「この黒岩社長って誰なの?」

「スンファン電子のホームページを調べてみますね」

 啓太は自分の机へ行くとパソコンを起動する。しばらく待ってからネット上のスンファン電子の会社情報ページを閲覧して、黒岩琢磨の名前を見つけた。

「ロコさま有りました、黒岩琢磨さんはスンファン電子・日本法人の社長です」

「やっぱりそうだったのね、会社の合併を画策しているような話だったけど」

「早川さんって役員でしたっけ?」

「ええ、確か名刺に取締役兼開発部部長って書いてあったわ」

「合併の話って、ペールキューブ社は業績が悪いんですかね」

「リコール隠しの事件があってから、法人の顧客が減っているらしいわ。だから今度のタブレットの開発プロジェクトに相当期待をかけているみたいなのよ」

「だけどUG保険の携帯端末じゃあ、納品台数が知れているんじゃないですかねえ」

「ところがUG保険にはドイツの保険会社が出資してるのよ。もしその会社に納品するようになると、世界規模の展開になるわよ」

「なるほど、早川さんはタブレットの火災事故が表ざたになったら商談が消滅して、会社が危なくなる事をすごく恐れているんですね」

「その弱みに付け込んで、黒岩さんが会社の合併の話を持ち掛けたのね、きっと。……これはただの火災事故じゃないわ! 大きな闇が潜んでるわ」

 しゃべりながら路子の大きな目は、メラメラと炎が出る様にやる気に満ちた眼差しになっている。大きい獲物を何とかして捕まえたいと思っているのだろう。


「ところでロコさま、例のピンクの子ブタちゃんの居場所分かります?」

「すっかり忘れてたわ、ちょっと待ってね」

 路子はスマホを取り出してアプリを起動した。

「ええと、埼玉県の渋山町にいるわよ」

「え、渋山町はペールキューブ社の埼玉工場の近くじゃないですか!」

 路子はスマホの地図を操作して調べる。

「あら本当だわ、すぐ隣の町ね。すっごく怪しいわね、この人」

「その人を確認しなくてもいいんですか、柳さんかどうか」

「その内に調べるわよ、彼の居場所はすぐわかるんだから」

「そうしたら明日はどこから調べるんですか?」

「そうねえ、やっぱり里中さんがペールキューブ社を辞めた原因が、この事件の鍵になってると思うのよ私は」

「直接彼に話を聞きに行くんですか?」

「いいえ、周りの人の状況を調べた上で彼を尋問したいわ。取りあえずペールキューブ社の検査部の南野健介さんとソフトの安田奈々子さんを訪ねましょう」

「じゃあ、今日は帰ってもいいですか?」

「だめよ、録音した会話を今日中に文章にしておいて」

 路子は机の上に置いてあるボイスレコーダーを取ると、啓太に差し出した。

「とほほ、また残業か」


 次の日の午後、路子と啓太は車でペールキューブ社の埼玉工場を訪問する。受付の内線電話で営業の前川茂を呼び出した。

「もしもし前川さん、椿坂路子です」

「椿坂さま、今日はどの様なご用件でしょうか?」

 前川は少し驚いている様だ。

「事故調査の件で検査部の南野さんとソフトの安田さんと話をしたいんです」

「えーと、彼らが面会できるかどうか確認しますので玄関の所でお待ちください」

「わかりました、よろしくね」


 玄関の所で待っていると前川が走りながらやって来た。

「椿坂さま、事前連絡無しで来られるとは思いませんでした。ご連絡くだされば会議室をご用意できたのですが、あいにく今は塞がっています」

「前川さん、私たちは何処でもいいわよ」

「そうしましたら、社員食堂でもよろしいですか?」

「構いませんよ。ところで南野さんと安田さんは来られます?」

「彼らも仕事中だったのですが、必ず来てもらう様にします」

「前川さんは本当に頼りになるわ」

 路子の目のパチパチが始まった。それを見た前川はニコっとする。


 社員食堂は建屋の二階にある。入り口から厨房カウンターの脇を通って中に入ると、八人掛けのテーブルと椅子が整然と並んでいたが、午後一時を回っているので人は誰もいない。前川は一番奥の見晴らしの良い窓際の席に路子たちを案内した。

「南野君と安田さんを連れてきますから、しばらくここでお待ちください」

「わかりました」

 前川は食堂を出て行く、路子と啓太は並んで座った。

「ロコさま、アポ無しで来ちゃって大丈夫だったんですか」

「今日は部長連中に会いたくなかったのよ、南野さんたちは彼らがいると話が出来ない場合があるでしょ」

「なるほどね」


 程なくして前川が南野と奈々子を伴ってやって来た。彼らは渋々前川の後を着いて来る様に見える、仕事の途中で無理やり連れて来られたのだろう。路子はその様子をじっと見ている。

「椿坂さまお待たせしました」

「今日はどんな用件ですか? まだプリント配線板とジャンパー線の調査報告書は書き終わっていません」

「私は3D画像処理ソフトの追加ソフトを作成中なんです、手短にお願いします」

「まあまあ二人共。椿坂さまも火災事故の問題を早く解決しようと努力されている訳ですから、我々も協力しなくてはダメですよ。とにかく座りましょう」

「お仕事の邪魔をして申し訳なかったわね、どうしてもお二人に確認したいことがあったのよ。今日は録音しないからざっくばらんに話してね」

 そう言われても、南野と奈々子は身を固くしてうつむき加減に座っている。それを見た路子は何とか打ち解けた雰囲気で話を聞きたいと思っている様だ。


「ここではっきり申しますけど、私はこの事件はスンファン電子の陰謀じゃないかと疑っているのよ」

「「えええ、」」

 路子の言葉に三人とも顔を上げて驚いた表情になる。

「ロコさま、そんな事言っちゃっていいんですか?」

「あんたは黙ってて」

「椿坂さま、何か証拠でも見つかったんですか?」

「そんなもの無いわ、私の勘よ」

「それじゃあ、あのタブレットに欠陥は無かったという事ですか?」

「多分ね。ところで南野さん、あなたと里中さんはどういう関係だったの」

「はあ、同じ大学の研究室の先輩で、僕が就職活動している時に里中さんからこの会社に来ないかって誘われたんです」

「安田さんは里中さんとどういう関係?」

「私はただ一緒にタブレットの開発の仕事をしていただけです」

「ふーん、それだけ?」

「そうですけど……」

 奈々子は目をそらすように下を向いてしまった。路子は奈々子を見ながら何か悩んでいる。

「わかったわ、私はあんなに仕事が出来る里中さんがどうしてこの会社を辞めてしまったのかを知りたいの。知っていることがあれば、全部しゃべって頂だい」

「僕は検査部なので仕事上の細かい事は知りませんが、里中さんは辞める十日前に早川部長と大喧嘩をしていたんです」

「その話は聞いたわよ。喧嘩の原因は何?」

「僕にはわかりません」

「安田さんは里中さんが辞めた原因を知ってますか?」

「……」

「ちょっと安田さん! 里中さんは早川さんとの喧嘩の前から、この会社辞めたいと思ってたってことは無いの?」

「……」

「それは無いと思いますよー」

「え、南野さん、なんでそんな事がわかるの?」

「里中さんは去年の春にマイホームを建てたんです」

「え、何処に建てたのよ」

「隣町の渋山町です」


「え! 渋山町」

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