第15話 ソファーの会話

 路子はそのホテルの前を通り過ぎたが、一五〇メートルほど先の角で左に曲がり停車してエンジンを切った。路子は腕を組んで考えこんでいる。

「ロコさま、このあとどうします?」

「……どうしても二人の会話を聞きたいわ」

「でもラブホテルの部屋に入ったら防音対策がしてあるから話を聞けないですよ」

「そうなのよ、それで悩んでいるの。あのホテルの名前見た?」

「ファッションホテル・ウキウキライトって書いてありましたよ」

 それを聞いて路子は、スマホを取り出してインターネットの検索を始めた。すると、何か気になる記事を見つけたようで、しばらくの間それを見入っていた。

「ふむふむ、なかなか面白そうなホテルじゃないの。私たちも休憩しましょ」

「え、そんな! 僕は心の準備ができてません……ロコさま」

 啓太の顔がみるみるうちに赤くなっていった。路子は構わずエンジンを掛けて走り出すと、空き地を見つけてUターンする。角に来ると左右に通り過ぎる車を首を振って確認しながら隙を見て右折すると、迷わずホテルのカーテンの中へ入って行った。その中にも上半分がカーテンが掛けられた車庫がある。路子は空の車庫を見つけると素早く入って車を停車した。

「さあ、行くわよ」

 路子は鞄を持って外に出るが、啓太は何かをためらっている様だ。助手席に座ったままでいる。

「啓太、どうしたのよ?」

 啓太は耳を真っ赤にして動けないでいる。それを見た路子は、啓太がしり込みをしていると感じた様だ。

「啓ちゃん、あなたのテクニックが必要なのよ、鞄を持って早く下りてね」

「! わ、わかりました」

 ここまで誘われて引き下がるわけにいかないぞ、と思ったのか啓太は意を決して車を降りる。二人はホテルの入り口へと向かった。

 エントランスのドアを開けて中に入ると壁に照明で光るパネルが並んでいる。そのパネルには部屋の写真が浮かび上がっていたが、一部屋だけ暗くなっていた。

「あら、彼らはこの部屋に入ったのね」

 その部屋は、パパイヤルーム六五〇〇円を本日特別割引三〇〇〇円と書いてあった。

「啓太、一番安いこのバナナルームの三〇〇〇円でいい?」

「ロコさま、このマンゴールームも本日特別割引三〇〇〇円ですよ」

 啓太は嬉しそうな顔をしながら写真パネルを物色していた。

「わかったわ、この部屋にするわ」

 路子はマンゴールームのボタンを押し、出てきた部屋のカードキーを持ってスタスタと階段を上がって行った、啓太も慌てて付いて行く。

 路子がキーを開け電気を点けると、その部屋はオレンジ色が基調の派手な部屋で、真ん中には丸いベッドが置かれ壁全体が鏡張りになっている。

 天井の照明はいくつものライトがベッドの中心に向けて照らされている。啓太は部屋に入るなり、このあとの事を想像して体を震わせながら部屋のあちらこちらを見回していた。

「あら、素敵な空間ね。啓太、ここのお風呂場へ行くわよ」

「え、一緒にですか?」

「当り前よ、着いてきて」

 路子は靴を脱ぐとカーペットの上を歩いて風呂場へ直行した、啓太も靴を脱ぎ捨ててフラフラと付いて行く。二人が風呂場へ入ると路子はドアを閉める。

「さあ、始めるわよ」

「は、はい」

 啓太は迷うことなく鞄を置いてネクタイをほどき、シャツを脱ぎ始めた。

「あんた、何してるの? 早くパソコンを出しなさい」

「え?」

「このホテルの集中管理しているコンピューターシステムに侵入するのよ」

「はあ?」

「はあ、じゃ無いわよ! あんたハッキングが得意だったでしょ」

「ええ、まあ」

「さっきスマホで調べたら、このホテルは盗撮してるって書き込みを見つけたのよ。特別料金の部屋ってめちゃくちゃ怪しいわ、すぐに調べて」

「は、はい……」

 啓太は自分の思惑が外れたことに気づくと肩を落としたが、すぐに気を取り直した様だ。鞄からノートパソコンを取り出して洗面台の上に載せると、キーボードをえらい勢いで叩き始めた。暫らくして、

「見つけましたよー、パパイヤルームのカメラ映像」

「やっぱり、隠し撮りしてるのね」

 路子がパソコン画面を覗き込むと、そこには上半身裸でバスタオルを巻いてベットの上に横たえている里中の姿が映っていた。

「安田さんは見えないわね」

「お風呂にでも入ってるんじゃないですかー」

 すると、バスタオルを巻いた奈々子がドアを開ける姿が見えた。

「あらまあ、安田さん。ずいぶんとはしゃいでるわね、自分からバスタオル取っちゃって」

「そうですかー」

 啓太は何か投げやりな様子になっている。

「啓太、ここで見てて。私は隣の部屋で、UG保険に提出するレポートを作成するわ。二人が話を始めたら教えてね」

 路子は風呂場を出て行く。一人取り残された啓太は、床に座り込んで壁によりかかると、気だるそうにしながら画面を見つめている。隣の部屋の路子は丸いベッドの上に横たわり、膝の上にパソコンを載せてレポート作成の作業を始めた。


 四、五〇分が経過した頃、風呂場のドアが開いて目を充血させた啓太がムンクの『叫び』の様な顔をして出て来た。

「ロコさま、やっと終わりましたー」

「あら、ずいぶんやつれた顔をしてるわね啓太」

「僕には刺激が強すぎまーす」

「これも仕事だから我慢してね」

 路子はパソコンをベッドの上に置くと、立ち上がって風呂場へ行く。洗面台に載せてあるパソコンには、二人がバスタオルを巻いてソファーに座り、ビールを飲んでいる姿が映っていた。

「ここから、録画してね」

「はい、はい」

 啓太はビデオアプリの録画ボタンを押した。


「修三さんが遠くへ行ってしまったから、中々会えないわね」

「ああ、そうだな」

「この近くに住んでるの?」

「会社の近くの一軒家を借りた」

「奥さんは相変わらずなの?」

「うん、まだノイローゼが直らないんだ」

「娘さんの亜里沙ちゃんは元気を取り戻した?」

「引っ越してから、こっちの学校ではうまくやっているらしい」

「それは良かったわね」

「奈々子の旦那はどうなんだよ」

「変わりないわよ」

「まだギャンブルをやってるのか」

「そうよ、あの人は私ばかり働かせて、自分は全然働かないのよ」

「旦那は酒癖も悪いんだろう、奈々子も苦労するな」

「そうなのよ、時々うちに帰るのが嫌になるわ」

「ところで、あのタブレットが燃えた瞬間の動画があるのはまずいな」

「そうなのよ、私が盗んだら椿坂さんに見つかっちゃたの」

「あのエラーを出したあと、タブレットが水平になってから例の信号を出す予定だったよな」

「ごめんなさい、そのソフト処理を忘れていたの」

「しかし、あの椿坂って女は気を付けないといけないな」

「私たちのことが知れたら大変ね、このあとどうするの?」

「適当にごまかして偶然の事故に見せかけるつもりだ」

「うまくいくかしら」

「わからん」

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