第16話 セカンドワーク
風呂場で二人並んで、映像を見ていた路子と啓太は、
「あらまあ、重要な事を話し出したわね」
「そうですねー」
「この二人で協力して火災事故を計画したのね、面白くなってきたわ」
「僕はちっとも面白くないですー」
「え、何言ってるの啓太」
「こんな所に奇麗な女性と二人でいるのにー」
「なんかしゃべり方がおかしくなってるわね、あんた。仕事は仕事よ、プライベートの時にはそれなりに優しくするわよ、多分」
「本当ですか?」
「あんたがもっとしっかりした男性になったらね!」
「とほほ」
「彼らが帰るまで待たないといけないから、あっちの部屋でレポートを書くわ。啓太はここで録画して、彼らが帰ったら教えてね」
「はい、はい」
路子はベッドに戻ると、再びパソコンを膝の上に置いてキーボードを叩き出した。
「UG保険の熊田さんには、どこまで説明しましょうかねえ。今日の会話の事は伏せておいた方がいいわね、きっと」
文面を考える様に、手を止めながら文字を打ち込んでいた。
「きゃー、助けて」
路子の悲鳴を聞いて、啓太は慌ててベッドのある部屋へ行く。すると、丸いベッドが回転していて、その上でパソコンを放り投げ、手足をバタバタさせながら喘いでいる路子がいた。
「ロコさま、何やってるんですか」
「早く止めてよ、この回転するベッド!」
「枕元にある赤いボタンを押せば止まると思いますよ」
「え、どこよ?」
「僕がベッドに上がってボタンを押してあげましょうか?」
「だめよ! 自分で押すわよ」
路子は体をひねると、枕の上部にあるスイッチ類を見つける。その中の赤いボタンを押した。
「あー、びっくりした」
「どうしたんですか?」
「ベッドの上に手を伸ばしたら、急に回転し始めたのよ。こんな仕掛けがしてあるなんて知らなかったわ」
「こういう場所は初めてなんですかー、ロコさまは」
「……うるさいわね、もう帰るわ。ところで彼らはどうなったの」
「二回戦を始めましたー」
「あらまあ延長するの、じゃあ先に私たちが帰りましょう」
路子たちは帰り支度を始めようとした。
「あら、忘れるところだったわ!」
「ロコさま、どうしました?」
「置き手紙よ」
路子はメモ用紙を鞄から取り出すと、何かを書き始めた。
「何を書いてるんですか?」
「このホテルへの伝言よ。啓太、この部屋が映っているカメラ映像はある?」
「はい、有りましたよ」
「じゃあ、この部屋のカメラ映像も録画してちょうだい」
「わかりました」
啓太は風呂場に戻りパソコンを操作する、路子が映るカメラ映像を見つけると録画を開始する。路子はおもむろにベッドの上に乗ると、メモ用紙を持ちながら手を振っていた。
その路子が持っているメモには、
『このホテルが盗撮している証拠を入手しました、二日以内に下記へ連絡してください。さもないと、警察に通報します』と書いてあった。
「これで口止め料を請求できるわ!」
路子はその大きい目をパチパチさせていた。
◇ ◇ ◇ ◇
次の朝、啓太は二〇分ほど遅刻をして事務所に出社した。
「ロコさま、遅くなりました」
今朝の啓太はげっそりしている。
「遅いわよ、どうしたの啓太」
「はあ、昨日の夜寝つきが悪かったんです、すみません」
「まあ、しょうがないわね、はやく席に着きなさい。私がコーヒーを淹れてあげるわ」
路子は立ち上がってカプセルコーヒーを淹れに行く。それが出来上がると、啓太の机まで運びカップを手渡し、立ったまま話を始めた。
「啓太、目の下が少し黒ずんでいるわよ、だいじょうぶ?」
「はい、なんとか」
「お疲れのところ悪いけど、昨日のビデオの会話は文章に起こしておいてね」
「わかりました」
「いま、UG保険に出す中間報告書を書いているのよ。今度これを持って行く時、金田さんたちも一緒に打ち合わせに来れないかしら?」
「いつ持って行くんですか?」
「明日の午後あたり」
「正夫に電話で聞いてみます」
「お願いね、それと少し状況を整理したいのよ」
「この事故の状況ですか?」
「そう、里中さんと安田さんが仕掛けた事故だってことがわかったけど、動機が知りたいわね」
「里中さんがペールキューブ社を辞めたのが、気になりますね」
「あの安田さんを問い詰めれば、里中さんが辞めた原因を聞き出せるかしら?」
「多分話すでしょうね、昨日録画したビデオも脅しの材料になりますから」
「そうねえ、彼女も結婚していて亭主持ちなんだから、不倫の現場を押さえた事になるわね。それと里中さんに直接聞く方法もあるわよ」
「でも里中さんの家庭は、何か問題を抱えていたようでしたよ」
「確かに、あんなビデオを奥さんに見せたらすぐに家庭崩壊するわ」
「ロコさま、どうするんですか?」
「まだまだ調べなきゃならない事が沢山あるわ、スンファン電子の柳さんにも接触しないとならないし、もうすこし調べてからにしましょう。UG保険には事故調査のやり方だけを説明するわ、金田さんたちにも」
「わかりました、それじゃあ正夫に電話してみます」
路子が報告書を仕上げていると、電話が掛かってきた。
「はい、消費者問題解決のコンソルロコです」
「もしもし、ファッションホテル・ウキウキライトのオーナーですが」
「あら、ラブホのオーナーさん。どうしました?」
「どうしましったって、あなたがメモを置いていったんでしょ」
「ああ、あの盗撮の件ですね、証拠はしっかり確保しておりますわ」
「……あの盗撮カメラは私のあずかり知らない事で、変な客が勝手に設置したんだよ!」
「そんな筈はありませんわ、ラブホのオーナーさま」
「なんでだよ!」
「私たちは直接あなたのホテルの集中管理コンピューターにアクセスして、証拠を入手したんですよ」
「何ー、ハッキングも犯罪じゃないのか!」
「あんた、どっちが不利な状況かわかってるの。このビデオを持って警察に通報すると同時に匿名でネットに流すわよ。そしたら、あんたたちは逮捕されるだけじゃなくて商売が出来なくなるわ!」
「ちぇっ、わかったよ、いくら欲しいんだ」
「そうねえ、五十万円と言いたいけど、三十万円にまけとくわ」
「証拠のビデオは消去するんだろうな」
「もちろんですわ、私たちの信用問題になりますから間違いなく消しますわ」
「本当だな? どうやって金を払うんだ」
「メモに書いた住所へ現金書留でお願いします。三日以内に届かなかったら、自動的に警察へ通報します」
「わかったよ!」
電話はいきなり切れた、路子は何事もなかった様に電話を置くと、報告書の作成作業を再開した。
「さすがロコさま、あっさり三十万円儲かりましたね」
「なんの事?」
「昨日のラブホテルのゆすりの事ですよ」
「啓太、変な事言わないでよ。あのホテルの問題点を指摘してあげた事に対する正当な報酬よ」
「ええ、そうなんですか?」
「うちは、消費者の問題を解決する会社なんだから。細かい法律よりも問題解決をする事が優先されるのよ、わかった」
「はいはい、わかりました」
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