第17話 調査の経過報告
啓太は正夫に電話を掛けた。
「もしもし、正夫君。元気?」
「ああ先輩、適当にやってます」
「明日の午後、タブレット火災の調査経過を報告をしようと思うんだけど、時間空いてる?」
「特に予定はありませんよ」
「じゃあ、打ち合わせの時間が決まったらまた連絡するよ」
「早苗も出た方がいいですか?」
「どっちでもいいよ」
「先輩、早苗のSNSアカウントに変な書き込みがあったって言ってましたけど」
「え、どんな書き込み?」
「火傷のことを警察に通報しろって書いてあったらしいです」
「なんだそれ、誰からの書き込み?」
「知らない人だって言ってました」
「ちょっと待ってね」
「ロコさま、川崎早苗さんのSNSアカウントに火傷を警察に通報しろって書き込みがあったらしいですよ」
「何よそれ! 川崎さんにも明日の打ち合わせに出てもらって頂だい」
「わかりました」
「もしもし正夫君、川崎さんにも打ち合わせに来て欲しいそうだ」
「わかりました、聞いてみます」
「打ち合わせの時間がわかったら連絡する、じゃあね」
啓太は電話を切った。
「啓太、誰が投稿してきたの?」
「わからないそうです」
「まったくもう、この事件が警察沙汰になったら商売あがったりだわ」
「スンファン電子の柳って人じゃないですかね、書き込んだのは」
「その可能性はあるわね、彼の事は気を付けて調査しないといけないわ。とにかく先にUG保険の熊田さんへ打ち合わせの連絡をするわ」
路子はイライラした様子で電話の受話器を取ると、UG保険の熊田に電話を掛ける。調査の経過報告の打ち合わせは、明日の午後三時にUG保険で行う事が決まった。受話器を置くと、名刺のコピーを取り出して机の上に置く。路子はスンファン電子の柳とコンタクトすることに悩んでいる様だ、いつになく厳しい顔をしている。
「この男に会うのはまだ早いわね。この事件の全容をつかんでからでないと、うかつに接触できないわ……」
次の日の午後三時、路子と啓太はUG保険の会議室で待たされていた。
「もう三時を過ぎたけど、金田さんたちは来ないわね」
「あいつ何してんのかな、電話してみましょうか」
「学生さんが時間にルーズなのはしょうがないわ、待ちましょう」
それから十分が経つと、熊田が正夫と早苗を伴って会議室に入って来た。
「金田さまと川崎さま、あちらへお座りください」
熊田は路子と啓太が座っている隣の席を手で示した。正夫は啓太の横に、早苗は正夫の隣に座った。熊田は路子の前の席に座る。
「遅いじゃないか、正夫くん」
「先輩、どうもすみません。早苗が学食でスパゲッティ・ボロネーゼを食べてたら、シャツにこぼしちゃって、家に帰って服を着替えるって言うもんですから」
「啓太さん、ごめんなさい。正夫さんが余りにもおかしな話をするので、噴き出しっちゃったのよ。シャツがシミだらけになって恥ずかしかったわ」
「その、おかしな話って何さ」
「それがね……」
「そんなスパゲッティの話なんかどうでもいいわ! 熊田さま、打ち合わせを始めてください」
路子の機嫌が増々悪くなった様だ。
「はい、椿坂さま。それでは事件の調査経過の報告をお願いします」
路子は鞄から報告書を取り出して熊田と正夫に配る。その報告書には燃えたタブレットの写真二枚が貼り付けられていた。
「タブレット火災事故調査の経過を報告します。まず一枚目の写真をご覧ください」
一枚目の写真は、タブレットの蓋を開けて3D画像処理ユニットのアルミ板を取って、燃えた全容がわかる写真である。
「これは、一昨日ペールキューブ社の埼玉工場へ出向いて、開発部の方と検査部の方たちに立ち会ってもらった時に撮ったものです。この写真の様に右側の中央部分が激しく燃えています。この部分は3D画像処理ユニットと言いまして秩父のラボトライ社から供給された物です」
「ほほう、ドロドロに溶けていますね」
「そうなんです、その下の黒くて四角い物は電池パックなのですが、ここは少ししか燃えていません。ですから、出火が起きたのは3D画像処理ユニットだと思っています」
「なるほど」
「次に二枚目の写真ですが」
二枚目はラボトライ社のテラスで撮った写真である。
「昨日、ラボトライ社へ出張しまして、開発者の方に火災が起きた時のメッセージが出る様にタブレットを温めてもらって再現実験を行った時の写真です」
「はい、何かメッセージが画面に出ていますね」
「このメッセージは『電圧が非常に高くなりました、アプリを閉じてください』と書いてあります。川崎さん、このメッセージが出たのですか?」
「えーと、覚えてないわ」
「そうですか、とにかくこのメッセージが出たあとに画面をタップしたのですが、何も起こりませんでしたわ」
「はあ、再現しなかったのですか」
「ですから、火災が起こったタブレット自身に何かの問題があった訳です。ペールキューブ社さんにはタブレット本体の欠陥を、ラボトライ社さんには3D画像処理ユニットを本体と結合する時、火災の防止対策に漏れがなかったかを調べてもらっています」
「なるほど、わかりました。このように細かく報告をしていただけると、安心して任せられます。委任契約書もすぐに決済しますね」
「ありがとうございます、熊田さま」
路子は大きな目をパチパチさせて笑顔を振りまく。
「あと、この報告書には書いてありませんが、タブレットを交換しに来た方は、ペールキューブ社の検査部の南野さんでした」
「やはりペールキューブ社の方だったんですね、どうして前川さんは知らなかったのかなあ」
「前川さんは正直な方なので、ペールキューブ社の開発の事情を話されることを警戒して検査部の人をよこした様ですわ」
「あの人、会社の立場をわきまえない人だからなあ」
「例の現場にいた不審人物は前川さんが言っていたとおり、スンファン電子の営業の方でした」
「え、そうでしたか!」
「その方のお名前は柳さんという方ですが、ご存じあります?」
「いいえ、知りません。スンファン電子さんのタブレットは、うち会社の静岡営業所で試験運用していますから、静岡営業所の担当者に聞いてみましょうか?」
「今はまだ結構です、他に調べる事が沢山ありますので」
「ところで川崎さま、お火傷の具合はいかがですか?」
早苗は薬指と小指にばんそうこうが巻かれている。
「ええ、だいぶ良くなりました」
「川崎さんのSNSアカウントに、警察に通報しろって書き込みがあったんですって?」
「ええ、ありました」
「川崎さま、警察に被害届を出すのですか?」
熊田は慌てている。
「どうしましょう」
早苗は火傷をした左手を顔の前で広げ、熊田をもてあそぶようなそぶりを見せる。
「川崎さま、できましたらこの件は示談で済ませて頂きたいのですが……」
「早苗、そんなちょっとの火傷で警察沙汰にしなくてもいいだろうが」
「でも、何かいいことがありそうなのよ」
「何よそれ!」
路子は目を吊り上げて早苗を睨んだ。
「お金くれるって言ってきたのよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます