第18話 作戦会議
熊田は会議机の上に両手を置くと、あたふたしだした。
「川崎さま、うちの会社では刑事告発されると自動的に本社で調査委員会が発足されて、本社から怖い人が来て厳しく尋問されるんです。どうか、ご勘弁ください」
今度は両手を顔の前で合わせながら頭を下げている。
「えへへ、金額が金額ですし、迷ってるんです」
「いくら貰えるのよ?」
「五万円」
「でもこの件は、過失の……痛い!」
啓太がうかつな発言をすると感じた路子は、素早く啓太のすねを蹴った。
「え、過失って何ですか? 釘丸さま」
熊田はハッとして顔を上げる。
「か、か、過失じゃなくて過熱でしょ! 啓太」
「は、……はい」
「熊田さま、火災の原因は燃えやすい部品に異常な電気が流れて過熱したからだって、3D画像処理ユニットの開発者が言っていましたわ。そうよね、啓太!」
「そ、そうです」
「なんだ、欠陥の話ですか」
「そうですわ。ところで熊田さま、川崎さんにお渡しになる怪我の補償金はいかほどですの?」
「はい、うちで計算したところ約二十万円になります」
「だったら二十五万円にして頂だい!」
「はっ? この金額で所長のハンコをもらったばかりなんですが」
「すぐ所長に相談してきてください。ちょっと川崎さん、この金額だったら警察に通報しなくてもいいんでしょ?」
「ええ、まあ」
「熊田さま、今すぐ所長に掛け合ってきて。こういう話はすぐに決めないとダメなのよ、長引かせると金額が増えるわよ。この前所長もあなたに最善策を立てなさいって言ってたでしょ」
「はあ、わかりました」
熊田は少し納得がいかないようだったが、会議室を出て行った。
暫くして熊田が封筒と書類を持って戻って来た。
「こっぴどく叱られましたけど、なんとか所長に承認してもらいました」
そう言うと、封筒と書類を早苗に渡す。
「この中に補償金の二十五万円が入っています、こちらの書類に受け取りのサインをお願いします」
早苗は封筒の中を覗き込んだあと、ニコニコしながら書類にサインした。
「確かに受け取りました」
早苗は封筒をハンドバッグにしまい込んだ。
「早苗、思ったよりも沢山貰ったじゃないか」
「これであの事故の事は忘れられるわ」
「そうはいかないわよ、川崎さん」
「え、警察には通報しませんよ、まだ何かあるんですか?」
「ちょっと手伝って欲しい事があるのよ」
「お手伝い?」
「あとで話すわ」
路子は次に調べるべき事を思いついたようだ。
「それでは熊田さま、今日はこの辺で帰ります。次回は火災の原因がわかりましたらご報告にあがりますわ」
「はい、ご苦労様ですがよろしくお願いします」
路子たち四人はUG保険宇都宮営業所の玄関を出て、正夫の車が駐車してある所で立ち止まる。
「金田さん、ここで立ち話もなんだから、ファミレスにでも行ってそこで話をしましょうか?」
「はい、いいですよ」
「じゃあ、私の車に付いて来て」
路子と啓太は例の丸っこい車に乗り、駐車場を出て行った。正夫と早苗の車は路子たちのあとを追った。路子は運転をしながら啓太に話をする。
「あんた、なんで過失の話なんかしようとしたのよ」
「すみません苦労して手に入れた情報だったから、つい、しゃべりたくなってしまったんです」
「気を付けてね、そんな大事な事がばれたら調査が進まなくなるわ。情報ってどこから漏れるかわからないのよ、わかった」
「はい、今後気を付けます」
「あの金田さんと川崎さんにもしゃべっちゃだめよ」
「わかりました」
路子たちはUG保険の近くのファミリーレストランに車を置き、中に入ると合成皮革の三人掛けの椅子が向かい合って並ぶテーブルに着く。路子と啓太はコーヒーを、正夫はコーラで早苗はフルーツが沢山載っているフルーツパフェを注文した。店員が飲み物を運んで来てテーブルに並べると路子は、
「あら川崎さん、随分豪勢な物を頼むのね」
「ちょっとお小遣いが増えたので、えへ」
「あなた、私の一言で五万円増えたんだから感謝して欲しいわ」
「は、はい。……ありがとうございました」
早苗は真っ赤に熟れたイチゴをほおばりながら返事をする。
「ロコさまは今日の朝、電話一本で三十万円稼いだんだ、すごいでしょ」
「え、電話一本で三十万円! どうしたらそんな事出来るんですか?」
「啓太、余計な事はしゃべらなくていいのよ。まだわかっていないわね、あんた」
「すみません」
「だけど椿坂さんって、頭が良くて仕事もすごく出来そうですね」
「ロコさまは行動力もあるんだ、昨日なんか……」
「啓太! その辺でおしまいにしてちょうだい」
「とほほ」
「さてと、そろそろ作戦会議を始めましょうか」
「「作戦会議?」」
「そうよ」
「何ですか、それ」
「川崎さんのSNSに投稿してきた人を、突き止めたいのよ」
「わたし、どんな人かわかりませんよ」
「その警察に通報しろって書いてきた人はどんな名前だった?」
「ちょっと待ってくださいね、今調べますから」
早苗は手に持っている長いスプーンをパフェ皿の上に置くと、ハンドバッグからスマホを取り出して調べ始めた。
「はいありました、この人です」
早苗は路子にスマホを渡す。
「この @pink_no_kobutachan_dazo ってやつ」
「そうです」
「この『タブレットで火傷しましたこと、警察通報するなさい』って変な日本語ね」
「そうなんです日本人じゃないかも」
「こっちの『通報したら五万円渡すことあるよ』も少しおかしいわ」
「ロコさま中国人なのかな、この人」
「わざと中国人に見せかけるって事だってあるわよ、憶測は判断を誤るから注意してね、啓太」
「はい、わかりました。ところでどうやって突き止めるんですか、この人」
「この人に、タブレットが燃えた瞬間が映っている動画があるってにおわそうかと思うの」
「えー、それって危なくないですか?」
「少し危険だけど、この人の目的はあのタブレット火災を公にしたい事でしょ、だから必ず誘いに乗ってくると思うの」
「早苗に危険な事をさせたくないなあ」
「それはそうだけど協力して欲しいわ、この事件を早く解決したいから」
「私、この変な人に付きまとわれるのはやだわ」
「川崎さん、どっちにしてもこの人は、目的を達成するまで付きまとってくるわよ。だから私に任せて早く問題を解決しましょうよ」
「わかりました椿坂さん。早苗、協力してあげようよ」
「ええ、わかったわ」
「じゃあ早速だけど、返信してね」
「え、今ですか?」
「そうよ、文面は『保険屋と示談にしたので警察には通報しません、ただしタブレットが燃えた動画がありますよ』でいいわ」
「少し怖くなってきたわー」
「川崎さん大丈夫ですよ、ロコさまは何か起こってもちゃんと最後までフォローしますから」
「じゃあ、打ちますね」
早苗は路子からスマホを取り返すと、右手と左手の親指を素早く動かしながらリプライした。
「はい、打ち終わりました」
「あらあなた、文字を打つのが早いのね」
「ええ、まあ。あら、もう返事が来たわ!」
「なんて書いてきたの?」
「『それ直ぐに買う、十万円渡すことあるよ』だって」
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