第31話 白馬の騎士

「啓太、丁度記者会見が始まるところよ」

「はい、僕も見てます」


 会見場のひな壇にスーツを着た三人の男が入って来てテーブルの前に並ぶと、同時に頭を下げたあと、真ん中の男が話を始めた。

「本日は急な発表にもかかわらず大勢の報道関係者の方々にお集まりいただき、誠にありがとうございます。私は株式会社ゼーマン・エレクトロニクス・ジャパンの代表取締役社長、ロバート鈴原でございます。株式会社ペールキューブに対しますM&Aについてのご報告ですが、着席を致しましてご説明させて頂きます」

 三人は席に着いた。

「初めにご報告させて頂きますのは、TOBの実施についてです。当社はペールキューブ社の株式の50.1パーセントの株を公開買い付けによって取得することを目指します。その理由といたしまして、現在当社ではグローバルなロジスティック支援事業を拡大する、新しいプラットホームの構築を進めております。そこで使用されるモバイル機器の開発をペールキューブ社の携帯端末事業を丸ごと傘下に収めることで展開していきたいと考えております。詳細につきましては、経営戦略室室長の黒沢祐樹よりご説明致します」

「黒沢です。それでは先ほどお配りしました資料をもとに……」


「あらまあ、TOBですって。敵対的な買収をするのね」

「携帯端末事業を丸ごと傘下に収めるなんて、露骨に特定の部署だけをターゲットにするようですよ」

「これじゃあ、ペールキューブ社は反発するわよ、スンファン電子をホワイトナイトにしたがる訳だわ」

「ホワイトナイト?」

「買収企業に対抗して友好的な合併交渉をする会社をホワイトナイト、白馬の騎士って言うのよ」

「ちょっと変な話ですよ、スンファン電子の陰謀で里中さんが辞めたり火災が起きたりしたのに、今度は助っ人になるんですか?」

「確かにおかしいわね、私の見立てが間違っているのかしら」

「例えばこうは考えられませんか、早川さんがゼーマン社から買収されることを知って、わざと里中さんを辞めさせた上でスンファン電子と競合するようにしてから、合併の話を持ちかけたとか」

「それは無いと思うわ、家族づきあいをしてた人の娘さんをいじめの犯人にしたり、奥さんがノイローゼになるまで追い込む訳ないわよ。里中さんを説得して一旦会社を出て貰えばいい事でしょう。ゼーマン社からの買収の話は両社とも知らなかったはずよ」

「でも柳さんが犯人だという証拠も、まだありませんよ」

「あの子ブタちゃんと黒キツネ暗度が同一人物だったら決まりなのにね」

「それにしても、黒キツネ暗度って変な名前ですね」

「うーん、黒キツネANDピンクの子ブタだったりするんじゃない」

「そうかなあ」

「それよりも、明日、里中さんの所へ行って話を聞きましょう」

「わかりました、電話します」

 啓太が里中へ電話をして、明日の午後にラボトライ社を訪問する事になった。


 路子と啓太はラボトライ社に着き、前と同じオフィスカフェに通され、里中が来るのを待っている。

「ロコさま、今日はどこまで突っ込んだ話をするんですか?」

「全て聞き出すつもりよ、啓太はタイミングよくフォローしてね」

「はい、わかりました」


「お待たせしました」

 里中はいつもの様にラフな服を着ている。

「今日はどの様なご用件ですか?」

「タブレット火災の真相を確かめに来ました」

「はあ、ペールキューブ社さんが過熱防止対策の回路を見直していると申し出ていましたから、向こうで何か問題が見つかったんじゃないですかねえ」

「あなたの作った回路は全く問題無いとお思いなの?」

「ええまあ、そうですよ」


「ところで、早川さんと大喧嘩をしたあとで会社を辞めたそうね」

「なんです! そんな事どうでもいいじゃないですか」

「新しい家の車庫が壊れて、車も破損したそうね」

「はあ?」

「奥様はノイローゼで、病院に入院してらしたんですってね」

「え、何で知ってるんですか!」


「娘さんが、いじめの犯人にされたそうね」

 この言葉で里中の態度が変化した、路子に対して強い敵がい心を抱いた様だ。


「あんた、何しに来たんですか! タブレット火災と関係ないだろう」

「いいえ、関係あるわ」

「もう、帰ってください」

 里中は席を立とうとした。

「座りなさい、まだ話が終わってないんだから」

「里中さん、落ち着いてください。ロコさまはこの事件の八割がたを知ってるんですから」

「……」

「あなたがタブレットに仕掛けをして、燃やしたんでしょ!」

「そんな事やって無い」

「ウソおっしゃい! 安田さんとの事を知ってるのよ」

「……! 何を知ってるんだ」

「奥さんにばらすわよ」

「なにー!」

「あとを付けて盗聴したのよ、パパイヤルームの会話を」


 里中は完全に青ざめている。肩を落とし、あごを引いて路子を見つめる眼鏡の奥の瞳は、正気を失っていた。


「里中さん、ロコさまはこの火災事故は、里中さん一人が加害者では無いと思ってるんですよ。いや逆に被害者では無いかと調べてるんです」

「私が被害者……?」

 里中は正面を向き直した。

「私はあなたが渋山町にマイホームを建てたあと、娘さんが自殺未遂をした女の子をいじめていたという五ちゃんねるの風評があった事。それで落書きやいたずら電話に悩まされ、娘さんは学校へ行かなくなり奥さんもノイローゼになってしまったことを知っています」

「……」

「これから言う私の質問に答えて頂だい」

「は、はい」

「早川さんとの口喧嘩の原因は何?」

「安田、いや奈々子から早川部長の娘が不良グループのリーダーだって聞いたんです。それも前々から自殺を図った女の子をいじめていた事も。そればかりでなく、うちの家内が早川部長の奥さんに、助けを求めたのに冷たくされたんです」

「なぜペールキューブ社を辞めたんですか」

「早川部長との関係が悪くなって引っ越しを考えていたとき、前川くんがこのラボトライ社を教えてくれたんです。ここの社長に会ったらとてもいい人だったので転職を決心しました」

「タブレット火災を起こした原因は?」

「これも奈々子から聞いた話ですが、早川さんの娘さんが使っているSNSのハンドルネームが black_fox_chan だとわかったんです」

「black_fox_chan 、黒キツネちゃんってこと?」

「そうなんです、私もそのSNSを調べましたが早川さんの娘さんだと確信しました。早川さんの家の庭を撮った写真があったんです」

「ええ! それじゃあ五ちゃんねるに書かれていた黒キツネ暗度は、早川さんの娘さんって事ですか」

「私はそれを知って、早川部長に復讐しようと思い立ったのです。タブレットに火災が起これば部長が困るだろうと思って」

「なるほど、良くわかりました」

 路子は、ここまでの里中はうそをついていないと確信している様だ。


「ところで、スンファン電子の柳さんにタブレット火災の事を知らせました?」

「いいえ、そんな事していません」

「あなたは、あのタブレットの位置情報を調べる事が出来ますよね」

「はい、奈々子からやり方を聞いています」

「火災が起きる前に柳さんにも教えたのでは無いですか?」

「やってません、なぜそんな事をする必要があるんですか?」

「柳さんと組んで、タブレットの商談をスンファン電子が取れるように計画したんじゃないの?」


「そんな事は絶対にやってません!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る