第30話 喧嘩の真相

「はあ、個人的な理由だったので、あまり話をしたくないのですが……」

「そう言わずに話してください、あの火災事故の真相究明のためにどうしても知りたいのよ」

「そうですか、それでは話します。里中君は私の後継者になると見込んで、入社してきた時から目を掛けていたんです。そして休日には一緒にバーベキューなどをしたりして、家族付き合いもしていたんです」

「あら、そんなに仲が良かったんですか」

「そうです。そして彼が私の住んでいる渋山町に新築を建てて、引っ越して来ることになったんです。うちの娘と里中君の娘は同じ学年で友達となり、一緒に渋山第一中学校へ通う様になりました。でも、うちの娘には少し問題があった様です」

「娘さんの問題って何かしら?」

「ご存じ無いかも知れませんが、渋山第一中学校の女子生徒が自宅のアパートで自殺未遂をするという事件がありまして、どうやらうちの娘がその子を以前からいじめていた様です」

「自殺未遂の事件は私も知っているわ、最初いじめによる自殺と大騒ぎをしていたけど、本当の原因はその子のご家庭の問題だったと聞きました」

「ご存じなんですか、それでは里中君の娘さんがいじめの主犯にされたことも?」

「ええ、知っていますよ」

「そうですか、そのうわさで里中君の家に落書きや嫌がらせの電話がかかってきたりして、大変なことになってしまったんです。その頃なんです、里中君と口喧嘩をしたのは……」

「どんな口喧嘩でしたの?」

「彼が私の所へ来て急に怒り出したんです、『あなたの娘が不良グループのリーダーで前々から自殺未遂をした女の子をいじめていたのに、うちの娘が主犯にされた』って言うのです。私は自分の娘が不良グループのリーダーだったことを知らなかったものですから、変な言いがかりをつけられたと思い、カッとなってしまいました」

「まあ、それだけで里中さんは会社を辞めてしまったの?」

「その時の彼の捨て台詞は『あなたとは一緒に仕事ができない、もうこんな会社は辞めてやる』でした。実際に彼のご家族もひどい状況に追い込まれていましたから、彼自身精神的に不安定だったのかも知れません」

「里中さんの奥さまはノイローゼになって入院したと聞いていますけど、早川さんの奥さまは彼女を助けてあげなかったのですか?」

「うちの家内は学校のPTAの役員をしておりまして、そのー、つまり自分の娘に疑いの目を向けられることを恐れたというか、少し距離をおいてしまった様です。その事も里中君は怒っていました」

「里中さんはあなたのことを、ひどく恨んでいたのでは?」

「うーん、会社を辞めてしまったのは私のせいかも知れませんが、彼に恨まれるような事はしていないと思います」

「なるほど、良くわかりました」


「ところでスンファン電子の柳さんを疑っているというのは、どういう訳なのでしょうか?」

「その前に、あなたは柳さんの写真を見た時にどこかで会った様なことを言ってましたけど、何か思い出しましたか?」

「ええと……、私がUG保険の宇都宮営業所へ挨拶に行った時、柳さんと思われる人を見かけたんです。確か前川君と営業所の外で話をしていました」

「え、それはいつ頃ですか?」

「丁度、里中君が会社を辞めた後だったと思います」


 路子は何か考え込んでいる、早川にどこまでの情報を伝えるべきか悩んでいる様に見える。

「そう、わかりました。私が柳さんを疑っている理由は三つですわ」

「それは?」

「一つ目はタブレット火災の現場にいたこと、二つ目は火傷をされた川崎さんのSNSにこの事故を警察に通報しろと言ってきたこと、三つ目は里中さんが住んでいた渋山町の家のすぐ近くのアパートを借りていることです」

「え、その人も渋山町に住んでいるんですか?」

「住んでいるかどうかは、わかりませんがアパートを借りているのは事実です」

「ど、どうしてですかね」

「早川さんは渋山第一中学校のいじめ問題で、五ちゃんねるに書き込みがあったことをご存知?」

「私はそういう事にうといので、知りません」

「そうですか、この五ちゃんねるにウソの書き込みがあったから、里中さんの家族がひどい目にあったんですよ。この書き込みも、柳さんの仕業じゃないかと疑っています」

「何故そんな事をする必要があるのですか?」

「スンファン電子はどうしても里中さんの3D画像処理ユニットを手に入れたかったんじゃないかしら、ですから里中さんが会社を辞める様にあれこれ工作したと思っています。あと、警察に通報しろと言ってきたのもこの火災事故を公にして、あなたの会社を貶めようとしていたと思いますよ」

「そんな事をしていたんですか! しょ、証拠はあるんですか?」

「いいえ、今はまだ確実な証拠はありません。その内に尻尾を捕まえる算段は考えてありますけど」

「では、スンファン電子の陰謀とまだ決まった訳では無いのですか」

「そうですわ、あなたは信用できると思ったのでここまでお話しましたけど、他の方にはあまり話さないでくださいね」

「はあ、わかりました」

「スンファン電子との合併のお話は、どうされるおつもりなの?」

「陰謀という事がはっきりしていれば、強気な合併交渉ができると思っていましたが、そうでなければ慎重に進めなければなりません」

「ゼーマン社に買収されると、ペールキューブ社はどうなってしまうのかしら」

「あの会社に買収されたら、強引な人員整理をすると思うんです。本当に必要な人間以外は全て排除される様です。私だって解雇されるかも知れません」

「スンファン電子の陰謀だと、わかっていても合併なさるのですか」

「それしか独立した会社を存続させる方法が無いと思っています」

「大変な状況になってしまったわね」

「タブレット火災がうちの問題でない事がわかっただけでも少しほっとしました、しかし里中君が作った3D画像処理ユニットがタブレット火災の原因だと、彼自身が言っていたのですか?」

「ええ、そうです。直接ではありませんけど」

「うちではタブレットの加熱防止対策の回路を見直しているんですが、その作業が無駄になってしまうので直接彼に問いただしてもよろしいですかね」

「早川さん、それは少し待って欲しいわ、私たちが彼に事情聴取をした後にしてください。もう少しで、この火災事故の真相が明らかになると思いますから」

「わかりました、椿坂さんに真相究明を全てお任せします。今日はどうもありがとうございました」

「とんでもありません、私も貴重な情報を頂きましたから」

「それでは、この辺で失礼します。会社に戻って仕事をしなくてはならないので」

「お忙しいところわざわざご足労くださって、ありがとうございました」


 早川は、急ぐようにして路子の事務所を出て行った。


「ロコさま、これで早川さんと里中さんの喧嘩の原因がわかりましたね」

「早川さんはこの事件の被害者の一人だと思うわ、優秀な部下を削られた上に会社の存続の危機にまで発展してるんだから」

「この事件の真相究明を急がないといけませんね」

「そうね、明日にでも里中さんを訪ねようかしら、啓太アポ取ってくれる」

「了解しました」


 啓太は自分の机に行き、パソコン画面を覗いた。

「あ、ロコさま。二時からゼーマン社の記者会見が開かれますよ」

「え、本当? もう始まるわね」


 路子は急いで自分の席に戻ると、パソコンのニュース・ページを検索して目的のオンライン中継を見つけた。その画面には、沢山の記者たちが群がるその奥に布が掛けられたテーブルがあり、七,八本のマイクロフォンが並んでいる。

 テーブルの左右にはカメラマンたちが必死で場所を確保しようと狭い場所に固まって、しゃがんだり背伸びをしながらカメラのアングルを定めていた。


 ポンポンとマイクが鳴る音を確認してから、司会者が声を出した。


「まもなく、株式会社ゼーマン・エレクトロニクス・ジャパンの会見を行います」

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