第37話 路子の解決策

「前川さん、良く話して下さいました」

「申し訳ないとここで皆さんに謝っても、到底許しては貰えませんね……」

 前川は椅子に座ったまま、うなだれている。


「里中さん、あなたは今回の被害を刑事告発すれば前川さんに訴追を求める事も出来ますし、民事訴訟を起こして損害賠償を請求する事も出来ますよ」

「うーん」

 里中は複雑な心境なのか少し考えこんでいる様に見える。昔同僚として働いていた前川から大きな被害を受けたが、自分も前川にひどい仕打ちをしていたと思っているのかも知れ無い。里中の様子を見ていた早川が声を掛ける。

「里中君、今会社はゼーマン社からM&Aを仕掛けられている最中なんだ。焦らず慎重に判断してくれないか」

「椿坂さん、私が刑事告発したらどうなるんですか?」

「多分警察の捜査が入って前川さんは逮捕されるし、ゼーマン社の中で陰謀を企てた人も逮捕される可能性があるわね。社会的にも大問題になって、マスコミも大勢押しかけて来ると思うわ」

「そうですか……」


「そこで私に提案があるの」

「提案って何ですか?」

「この件を私がゼーマン社に持ち込んで交渉しようと思うの」

「はー?」

「これは里中さんと前川さん次第なんだけど、前川さんと一緒にゼーマン社を訪れて、この件はゼーマン社が関わったという証拠を見せて交渉するの。そして、この件を問題解決の名目でコンサルタント契約するのよ。もし、彼らが拒否した場合は申し訳ないけど前川さんは捕まって罪を償う事になるんだけど。ある意味前川さんも被害者じゃないかしら、こんな嫌な仕事をゼーマン社から押し付けられて」

「本当にそんな交渉が上手くいくんですか?」

「ええ、かなりの確率でこの話に乗ってくると思うわ、この件が公になったらゼーマン社の信用がガタ落ちですもの。私の取り分は要求金額の二〇パーセントでいいわよ」

「椿坂さん、わが社に対するM&Aも取り下げてもらう交渉も出来るんですかね?」

「早川さん、もちろん出来ますわ。別料金になりますけど、三〇万円にまけとくわよ」

「幾らくらいの金額をゼーマン社に要求出来るんです?」

「そうねえ、最低でも五百万円くらいかしら」

「五百万円ということは、四百万円かー」

「裁判なんかやってたらお金も時間もかかるし、私の提案のほうが断然お得だと思うわよ。ただし前川さんは罪を償わない事になるけど」

「私もいい提案だと思う。今この事件が公になったら、うちの会社もイメージダウンが避けられ無くなる。里中君、同意してくれないかな?」


「……わかりました。椿坂さんの提案を受け入れます」

「前川さんは?」

「はー、私は何も口出しできません。里中さん、皆さん、本当に申し訳ありませんでした」

 前川は立ち上がって深々と頭を下げた、少し体が震えている。


「前川さん、しっかり反省してくださいね。人を貶めて自分だけが出世するなんて考えちゃダメよ、今の世の中は情報化社会でせちがらくなってるけど、やっぱり個人の人柄が大事なのよ。前川さんだっていい所があるんだから、それを伸ばしていけばやり甲斐のある人生を送れるわよ」

 前川は頭を下げたままじっと路子の話を聞いていた。


「それでは今回の“事故”の原因は、タブレットの中にあるプリント配線板回路の過熱防止対策の不備で、部品が過熱して火災が起きたとUG保険に報告します。その様に報告書を書いて下さいね」

「「はい、わかりました」」


◇  ◇  ◇  ◇


 後日、路子たちと啓太はゼーマン社の黒沢を訪ね、路子の思い通りの結論を導き出した。交渉を終えた三人は、ゼーマン社のビルを出て来た。


「ロコさま、上手くいきましたね。八百万円で決着するとは思いませんでした」

「最初一千五百万円って言ったら、眉間にすっごいしわを寄せていたから半額にしてあげたのよ。コンサルタント契約の名目でお金をせしめてやったわ」

「椿坂さん、私のゼーマン社への就職の世話まで面倒をみてもらい、ありがとうございます。さすがにペールキューブ社には残れませんでしたから」

「あのくらいの事は当り前よ、だってあなたがターゲットにされていなかったらこんな目に遭わなかったんだから。でもさすがに部長職は無理だったわね」

「はい、平社員でも一からやり直します」

「ところで前川さん、一つだけわからなかった事があるの」

「何でしょうか?」

「あなたが例のタブレットの画像を受け取ったあとで、スンファン電子の本社へ行ったのは何故?」

「ああ、あの時はゼーマン社の指示で、検査室で撮ったタブレットの写真を投函しに行ったんです。製品に不具合があると油断させたかった様ですよ」

「そうだったのね、これで全ての謎が解けたわ!」


「ところでロコさま、一つ質問してもいいですか?」

「何よ」

「前川さんが犯人だとわかった時点で、直接ゼーマン社へ行って交渉すればうちの会社だけが儲かったんじゃないですかね」

「何言ってんの、この事件は明確に加害者と被害者がいるのよ。この事件に関わった全ての人にそれ相応の裁きをしなくてはいけないのよ。加害者のゼーマン社は被害者の里中さんに賠償するべきでしょう」

「ああ、そうですか。ロコさまはもっとがめついのかと思ったんで」

「あら、里中さんには今回六百万円で解決したことにしてくれる? 前川さん」

「あー、はい、わかりました。椿坂さんの言われた通りにします」

「やっぱり、がめついじゃないですか。でも、今回も上手く問題解決しましたね」

「当り前よ、それが私の仕事なんだから」


「そう言えばロコさま、この仕事が終わったら温泉に連れて行ってくれるって言ってましたよねー」

「え、覚えていたの? どうしましょうかねー」

「えーっ、僕にウソをつくんですか」

「うふふ、今回啓太はいい仕事をしてくれたから、九州あたりの温泉に連れて行ってあげるわよ」

「やったー、ロコさま大好き!」



「あのボロ車で行くのよ」    (了)

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疑惑のタブレット 古森史郎 @460-komori

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