第35話 問題解決(2)

「里中さん、落ち着いてくださいね。五ちゃんねるに書き込みをした人は、ピンクの子ブタちゃんという事になるわよ」

「そいつは誰です!」

「柳さんだと不都合な事が多すぎるので、彼ではありません」

「どうしてそんな事が言えるんですか」

「実は昨晩、渋山町にあるアパートの柳さんと書いてある部屋の隣で彼の様子を窺っていました。すなわちピンクの子ブタちゃんがある人物と話をしていたのです」

「盗聴していたって事ですか?」

「そうですわ、このピンクの子ブタちゃんはゼーマン社の経営戦略室室長の黒沢さんと話をしていたのです」


「おおおー」

 会議室の中でどよめきが起きた。


「ゼーマン社がスンファン電子の柳さんを操っていた訳ではありません。何故かというと、ゼーマン社はペールキューブ社を乗っ取りたい訳ですから、買収の邪魔になりそうなスンファン電子の社員をわざわざ使う筈が無いからです。さらに柳さんが犯人だとすると、余りにもペールキューブ社の内部情報を知りすぎています」

「なるほど」


「そこで私はある一つの仮説を立てました」

 再び会議室の中がシーンと静まり返った。


「ゼーマン社は、かなり前からペールキューブ社を買収しようと考えていた。そこでペールキューブ社にいる人物に、業績を悪化させる様な工作を依頼した。依頼された人物は、技術的に有利な3D画像処理ユニットを手掛けている里中さんを、会社から追い出そうと画策した。里中さんを辞めさせるには、早川さんとの仲を悪くさせる必要があった。情報収集のため渋山町に住むとき、自分に疑いの目を向けられない様にスンファン電子の柳さんの名前を使ってアパートを借りた。たまたま娘さんたちが通う中学校で自殺未遂事件が発生し、これを利用して里中さんの娘さんをいじめの主犯に仕立て上げた。里中さんが辞めた後、今度は早川さんの娘さんが五ちゃんねるに書き込みをしたように見せかけた。そして、あのタブレット火災が発生したのです」


「さらに言うと、私にウソをついた人がこの中にいるわ」


 路子は、話を止めて会議室にいる人間を一人ひとり見回した。


「前川さん、あなたが犯人ね!」


 会議室にいる全員が、前川の顔を覗き込むように見ている。普段は穏やかな顔つきの前川の顔が、みるみるうちに鬼の様な形相になっていく。路子はこんな険悪な雰囲気にもかかわらず、スマホを取り出して何かの操作を始めた。その内に前川はみんなの視線に耐えきれなくなると顔が真っ赤になり、机を両手で叩きながら急に立ち上がった。


「おい、なんであんたは俺が犯人だと言い切れるんだ!」


――ピッキーン、――ピッキーン。前川は一瞬ぴくっとする。


「今、『pink_no_kobutachan_dazo』と『dufuchsnkel』にメールを送信したわよ」


 前川は、上着の右ポケットを押さえてわなわなと震えている。


「誰か前川さんのスマホを取り上げて!」

「はい」

 南野が急いで立ち上がると前川の後ろに回り込み、彼が押さえている右手を力ずくで剥がしながらポケットからスマホを取り上げて会議机の上に置く。そのスマホの画面には二件のメール送信名『@consul_roko』が表示されていた。


 前川は腰砕けとなり、椅子にへたり込んでしまった。


「前川さん、あなたは私にウソを言いましたよね。スンファン電子の柳さんに会ったのは一度だけで、去年の秋の東京ビッグサイトで開催されたモバイル通信ショーだと。でもその前にUG保険で柳さんと話をしている所を早川さんに見られていたのよ、去年の八月の終わりごろか九月初めに。モバイル通信ショーは十月末の開催だったわよ」

「おい前川! なんでお前は俺にひどい仕打ちをしたんだ。答えろ!」

「……」

「前川さん、もう正直に話して謝りなさいよ、もう逃げられないわよ」


 前川はもう言い逃れは出来ないと決心した様で、重く低い声で口を開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る