第34話 問題解決(1)
「この書き込みによって何が起こったかと言うと、里中さんの家に落書きや電凸さらにガレージのいたずらまで起こりました」
路子の話をじっと聞いていた里中が当時の事を思い出した様で、いきなり荒い鼻息で発言し始めた。
「そうです、かなりひどい目に遭いました。毎日のように嫌がらせや無言電話が掛かって来て娘は学校へ行かなくなり、うちの妻もノイローゼになったんです。折角苦労してマイホームを建てたのにこんな状況に追い込まれるなんて、もう生きていくのが嫌になったほどです!」
「実は、ここに出て来る不良グループのリーダーというのが、早川さんの娘さんだったんです」
「えー、そうなんですか?」
南野が驚いた表情で声をあげた。
「里中さん、この話は誰からお聞きになったのでしたっけ?」
「奈々子いや、安田さんです」
「安田さんは誰に聞いたの?」
「えーと、会社でそういう噂を聞いたので、里中さんに話してしまいました」
「それを聞いた里中さんは、早川さんの娘さんがいじめの主犯だとの疑いを持って問いただした時に口喧嘩となり、会社を辞める羽目になったんです」
「里中君が会社を辞めたのは、私の責任だと反省しています」
早川は、申し訳ないという顔で里中を見つめるが、里中は目を合わせない様に視線を泳がせている。
「里中さんが会社を辞めたのは八月の終わりごろだったかしら?」
「そうですっ」
「そして彼は秩父にあるラボトライ社へ転職し、家族と一緒に引っ越しました。ところで前川さん、どうして里中さんにラボトライ社を紹介したんですか?」
「あ、そのー、里中さんがうちの会社を辞めてしまうと、UG保険の商談がうまくいかなくなると思ったんです。そ、それでネットで調べたラボトライ社へ転職すれば、そこから当社に3D画像処理ユニットを供給してもらえると考えたものですから」
「なるほど、わかりました。それで里中さんがラボトライ社へ行って3D画像処理ユニットを作製したわけですが、今度はスンファン電子がアプローチしてきたんですよね、里中さん」
「はい、ラボトライ社へ移って直ぐにスンファン電子の黒岩社長が来まして、3D画像処理ユニットを供給してくれという話を持ち掛けられたんです。ラボトライ社は歩合制なので、二つ返事でその商談を承諾しました」
「スンファン電子には柳さんという営業の方がいますけど、彼との接触は?」
「二度ほどスンファン電子が扱っている部品の売り込みに来ました」
「問題はここからです。UG保険向けのタブレットの開発を二社で行うことになり、試作品が出来て試験運用が開始されました。そしてあの火災事故が起こったんです」
「先ほど里中君が早川さんに復讐するためにタブレットを燃やしたと言っていましたが、どういうことですか?」
外山が怪訝な顔で路子に尋ねた。
「ええ、その復讐の引き金は、里中さんがある情報を入手したからです」
「と言いますと?」
路子はホワイトボードに『black_fox_chan』と書いた。
「これは、里中さんの娘さんのSNSの名前です。これを日本語に訳すと『黒キツネちゃん』となりますから、里中さんは五ちゃんねるの書き込みが早川さんの娘さんがやったと思い込んだのです。そうですよね、里中さん」
「はい、それでペールキューブ社のタブレットに火災が起これば早川さんが窮地の追い込まれるだろうと思って……火災が起こる様に3D画像処理ユニットに細工をしました。申し訳ない……」
「この細工には安田さんも加担したんですよね」
「は、はい。……すみません」
奈々子は肩を縮めこませて下を向いている。
「そして、あのタブレット火災が起きました。しかし、その現場に変な男がいたんです」
「スンファン電子の柳って男ですよね、彼が犯人だー!」
「前川さん興奮なさらないで下さい、まだ話の続きがありますから」
「はー」
「あの燃えたタブレットには外部から位置情報が分かる細工をしていたんですよね、安田さん」
「……ええ、そうです」
「ですから、誰かが柳さんに火災が起こる現場を教えた事になります」
「それは何故ですか?」
「早川さん、どうしても彼に現場にいて欲しかった人がいたんだと思います。それはあとで説明しますわ」
「わかりました、続けて下さい」
「事故が起こったあと、私が調査を進めると色々な事が起こりました。」
路子は再びホワイトボードに向かい『pink_no_kobutachan_dazo』と書いた。
「その一つは、この『ピンクの子ブタちゃんだぞ』と名乗る人物から火災の被害者のSNSに書き込みが来たのです」
「変な名前ですねー」
南野が声を上げる。
「この人物は被害者に警察に通報するよう言って来たのです。その意味は、この火災事故を公にして、ペールキューブ社の信用を下げたかったのではないかと思っています。そこで私は火災現場の動画があると匂わせて、ウイルスの入った画像を送りつけたのです」
会議室にいる誰かが、ため息を漏らした。
「そのウイルスは、スマホの位置情報がわかる様にしたものです。それによって、その子ブタちゃんが移動した三か所の位置が判明しました。一つ目はスンファン電子の池袋本社、二つ目は渋山町の里中さんが住んでいた家の近くのアパートです。そのアパートには柳という名前の人が住んでいました。三つ目は東京駅付近でした」
「や、やっぱり、柳が犯人じゃないかー!」
前川は立ち上がって声を荒げた。
「前川さん落ち着いてください、座って話を聞いてください」
「……」
「前川さんが言ったように、私もこの事件は柳さんが犯人じゃないかと思いました。もし柳さんが犯人でしたら、UG保険の商談を奪い取る為にここにいる里中さんと結託して火災事故を起こしたんじゃないかと」
「私はそんな事していません」
「わかってますわ里中さん、もう少し説明を聞いていてくださいね。実は、『black_fox_chan』は、黒キツネ暗度では無い事が判明したんです」
「どうしてそんな事がわかったんですか?」
路子はホワイトボードに『dufuchsnkel』と綴った。
「この『ドュフクスンケル』という名前で、再び火災の被害者のSNSに燃えた動画を売ってくれと書き込んで来たんです。すなわち『ピンクの子ブタちゃんだぞ』と『ドュフクスンケル』は同一人物だったのです」
会議室は、一旦静かになった。
「そして、この『ドュフクスンケル』が『黒キツネ暗度』だという事がわかりました」
「えー? どうしてそんな事がわかるんですか!」
「それは、『黒キツネ暗度』は中国語の『黒暗度』日本語では『闇』という文字に『キツネ』という文字を混ぜた物です。すなわち『黒キツネ』では無く『闇キツネ』だったんです。そしてこの『dufuchsnkel』はドイツ語の『dunkel』と『fuchs』が混じった物で日本語に訳すと、『闇』と『キツネ』になります」
「ほー」
会議室の中に感嘆の声があがる、その中で里中だけが泣き叫ぶような声を発した。
「あああ、『black_fox_chan』は『黒キツネ暗度』じゃなかったんですか!」
「ええ、そうですよ。里中さん」
「俺はなんという事をしてしまったんだー、早川さんの娘さんが書き込んだと思ったから復讐する為にタブレットを燃やしたのに」
「里中君それは仕方ない事だよ、誰だってうちの娘が書き込んだと思ってしまうから」
「早川さん、……申し訳ありませんでした」
里中は立ち上がって深く頭を下げている。
「里中君、もう頭を上げなさい」
里中はしばし頭を垂れていたが、起き上がったとたん血相を変えた。
「おい、一体誰が五ちゃんねるに書き込んだんだ!」
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