第33話 最後の打ち合わせ

「ロコさま、何がわかったんですか?」

「ちょっと待って」

 路子はバッグからスマホを取り出して何かを調べている。

「やっぱりそうだわ、これであの男が犯人の可能性が高くなったわ」

「え、犯人がわかったんですか?」

 啓太はとっさに路子の背後に近づいて路子のスマホを覗きこんだ。するとその拍子に路子の背中に手が触れてしまったのだ。

「きゃ! 触らないでよ、もーっ」

「ご、ごめんなさい」

「あら私、恥ずかしい恰好のままだったわね」

 路子はスマホを床に置くと、部屋に投げ捨てられたシャツを拾い、急いでそれを着る。啓太はしゃがんで路子が床に置いたスマホの画面を眺めていた。

「これは去年のモバイル通信ショーの記事ですよね、この記事と犯人が何か関係あるんですか?」

「そうよ、大事な事がわかったの」

「犯人が誰なのか教えてくださいよ」

「うふふ、啓太も推理すればわかるんだから、教えてあげない」

「意地悪だなあ」

「それにまだ犯人だという確信がある訳じゃないのよ」

「どうやったら確信が持てるんです?」

「そうねえ、明日ペールキューブ社を訪ねて、そこで、ある仕掛けをしようと思うの」

「仕掛け? ロコさまの言っている意味がわかりません」

「とにかく明日になればわかるわよ」

「ところで今晩はどうするんですか?」

「私も今夜はあなたと一緒にいたいのよ、って言って欲しいの?」

「はい!」

「んな訳ないでしょ、帰るわよ」

「あちゃー」


 次の朝、路子は事務所で電話を掛けていた。

「もしもし前川さん、椿坂です。お忙しいところ申し訳ないわね」

「はい、椿坂さま。今日はなんの用事でしょうか?」

「タブレット火災の真相がほぼ明らかになったので、皆さんに説明しようと思ってるの。関係する全員を集めて、今日の夕方打ち合わせ出来るかしら」

「ええと、部長連中のスケジュールを確認しないとお約束できません」

「確認が取れたら電話して下さいね」

「承知しました。ところでスンファン電子の陰謀は解明したんですか?」

「それも打ち合わせの時に話します」


 路子は一旦電話を切ると、今度は里中に電話を掛けた。

「もしもし、里中さん。昨日はどうもありがとうございました」

「はい、椿坂さん。こちらこそ」

「今日は、あなた出張できるかしら?」

「え、出来ますけど、何処ですか?」

「今日の夕方一緒にペールキューブ社へ行って欲しいのよ」

「どんな打ち合わせをするんですか」

「事件の真相を明らかにするのよ」

「はー、それでは私がタブレット火災を起こしたことを話すんですか」

「それだけじゃ無いわよ、心配しないで下さい。打ち合わせの始まる時間がわかり次第、連絡します」


 十分後、前川から今日の午後四時から打ち合わせ出来るとの連絡が入り、その旨を里中へ電話した。


「啓太、今日の四時からペールキューブ社で打ち合わせする事が決まったわよ」

「それじゃあ、その時に犯人がわかるんですね」

「そのつもりよ、あなたはわかった?」

「さっぱりわかりませんよ」

「うふふ、私の腕が試される時が来たわね」

 路子は確信が無いと言っておきながら、何か自信を持っている様だ。得意顔になってパソコンに何かを書き込んでいる。


 午後四時過ぎに、路子と啓太そして里中も一緒にペールキューブ社を訪ねた。女性事務員に案内されて会議室のドアの前にいる。

「コンソルロコ社とラボトライ社の方が、お見えになりました」

「お待ちしておりました、どうぞお入りください」

 その会議室の中には、早川部長、外山部長、南野、安田、そして前川が座っている。路子たちは彼らと向かい合うように並んで着席すると、前川が声を出した。

「椿坂さま、今日も私はそちらに座りましょうか?」

「今日はこのままでいいわ、そこのホワイトボードを使わせて頂いてもよろしいかしら?」

 路子は会議室の左側に置いてあるホワイトボードを指さした。

「どうぞお使いください」

 路子は立ち上がると、上着を脱いで椅子の背もたれに掛けた後ホワイトボードの前に歩いて行った。

「さて皆さん、今日お集まり頂いたのはタブレット火災の事故、いいえ、事件の真相をお話する為です」

 会議室の中は静まりかえり、全員が固唾を吞んで路子を見ている。

「この火災事故は、ある意図を持って仕組まれた事件である事を説明します」

 路子は、黒のマジックインキを手に持ち、それを振りかざしながら話をしている。

「この火災事故は、ここにいる里中さんが起こしたものです」

「おー」

 数人が驚いた声を上げた。里中は黙ってうつむいている。

「どうして里中さんがこの様な事故を起こしたのかというのは、早川さんへの復讐の為です。そうですね、里中さん」

「……」

 里中は下を向いたまま頷いている。

「それでは何故里中さんが復讐を思い立ったのかと申しますと、複雑な経緯があったのです。それはまず、里中さんが会社を辞める事になったことが起因します。彼は渋山町に自分のマイホームを建てて引っ越しをしたことは皆さんご存知の事だと思いますが、里中さんお引越しをされたのはいつですか?」

「去年の三月末です」

 里中は顔を上げて話した。

「そのあとで、彼の娘さんがある事件に巻き込まれてしまったのです。その事件の発端は同じ中学に通う女の子の自殺未遂事件です。その事件が起こったのはいつですか?」

「えーと、中学校が夏休み中で、確か八月の初旬だったと思います」

「この自殺未遂事件によって里中さんの娘さんはひどい目に遭いました。この自殺未遂の原因がいじめによるものだとうわさされて、しかも里中さんの娘さんがいじめの主犯に仕立て上げられたのです」

「仕立て上げられたというのは?」

 早川が路子に尋ねる。

「ネットの五ちゃんねるに、ウソの書き込みをされたんです」

「ほー」

 路子はホワイトボードに『黒キツネ暗度』の文字を書いた。

「それは何ですか?」

 再び早川が尋ねた。

「この名前は五ちゃんねるの『渋山町いじめ?自殺』という板のスレッド主の名前ですわ。啓太、資料をお配りして」

 啓太はA4の紙に書かれた資料を全員に配った。そこにはスレ主の書き込みが書かれている。


 1:黒キツネ暗度 2018/0X/XX(水) 00:17:10 ID:xxxxxxxx.net

 渋山町・渋山第一中学校の二年生女子生徒Kが自殺を図った模様、X月XX日夜の十時ごろ救急車とパトカーが〇〇アパートに集結し、女子生徒Kは近くの病院へ搬送された。


 5:黒キツネ暗度 2018/0X/XX(木) 08:28:56 ID:xxxxxxxx.net

 続報、女子生徒Kは意識不明の重体、生徒の担任が病院へ駆けつける。警察は〇〇アパートのゴミ集積場付近の現場検証を行っている。


 13:黒キツネ暗度 2018/0X/XX(木) 10:08:21 ID:xxxxxxxx.net

 続報、女子生徒Kは不良グループからいじめに遭っていたという情報を入手。以前から学校で制服を汚されたり、駅前のファンシー・ショップ〇〇で万引きを強要されていたとの事。


 28:黒キツネ暗度 2018/0X/XX(木) 13:11:05 ID:xxxxxxxx.net

 続報、女子生徒をいじめていた主犯は〇中〇理〇と判明? 転校して間もないにも関わらず、連日の様に女子生徒Kを付きまとっていたとの証言を入手。


 154:黒キツネ暗度 2018/0X/XX(木) 16:43:38 ID:xxxxxxxx.net

 続報、近所で最近建てられたばかりの家に落書きをされた模様、〇中〇理〇の家と思われる。また、電凸による被害があったと、〇理〇の母親が近所の人に漏らしている。落書き、電凸はダメ、絶対にダメですよ‼


 339:黒キツネ暗度 2018/0X/XX(金) 15:34:40 ID:xxxxxxxx.net

 続報、渋山第一中学校に県の教育委員会のメンバーが聞き取り調査に来た模様、近く説明会が開催されるという情報を入手。また、落書きのあった家では、ガレージの扉が壊されたために、その家の車の屋根に損害が発生した。


「この資料の28番を見て下さい、転校して来たばかりで〇中〇理〇と書いてあれば、誰もが里中さんの娘さんだとわかってしまいます。それから、154番を見て下さい、この『落書き、電凸はダメ、絶対にダメですよ‼』の文面は明らかにネットの読者が犯人に制裁を下す様にあおっていたのです」


「確かに作為が感じられますね、この文章には」

 外山は眉間にしわを寄せて、これはひどいという顔をしている。

「本当にひどい書き込みだなあ」

 前川は相槌を打っていた。

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