第28話 キツネの書き込み

「……公明正大・心機一転・品行方正・初志貫徹・千歳一遇・猪突猛進・百戦錬磨・不言実行・七転八倒・粉骨砕身」

「路子、戻ったよ」

「! あー、疲れた。もう喉が限界だったわ」

「隣では全然聞こえなかったよ。あれ? 今唱えていたのは、ただの四文字熟語になってなかった」

「あらそうかしら」

「お二人さん、もう気が済みました?」

「小暮さん、どうもありがとうございました」

「奥様、これで安心しましたわ」

「それでは、ここに住んでいただけるのかしら?」

「いいえ、お泊りしてみないと、お返事できません」

「あらま、まだダメなの」

 小暮はこの人たちは本当に面倒くさいなあ、という様な顔で二人を見ている。路子はメモ帳とボールペンを取り出し、車検証を下敷きにして何かを書き始めた。

「奥様、このお部屋に泊まれる様になったら、ここに電話してください」

「ええ、でもお布団は無いわよ」

「私の家から持って来ます、ねえ啓太さん」

「うん!」

 啓太はそれを聞いて思わず飛び上がりそうになっていた。この部屋で路子と一晩過ごせる事を、夢の様に感じているのだろう。

「そろそろ失礼しましょう」

 路子はボーとしている啓太の腕を引っ張りながら、部屋を出て行った。


 車に戻った路子たちは、ウインドウを下げて小暮にていねいな挨拶をしてから走り出していた。その車の中では、

「路子、お泊りにパジャマもいるかな?」

「……啓太! もう芝居は終わってるのよ、バカじゃないのあんた」

「ロ、ロコさま、すみません」

「すみませんじゃ無いわよ、調子に乗っちゃって」

「……」

「でも貴重な話が聞けたわね、あの小暮さんから」

「里中さんとその家族は、散々な目に遭ってたんですね」

「許せないわね、ネットにウソの書き込みをした人」

「今の世の中って、身近な情報が瞬時にさらされますからね。怖いなあ」

「それも、フェイクかどうかわからないのに、みんなが寄ってたかって騒ぐでしょう。なんていうか、悪い者の懲らしめと弱い者いじめの感覚がごちゃまぜになってると思うわ」

「このネット社会では、どうやって暮らせばいいんですかねえ」

「ごく一部の人間だけよ、ウソの書き込みや電凸なんかするのは。でも変な人に狙われたら、防ぐ手段が無いでしょうね」

「ロコさまだったらどう対処するんですか?」

「そうねえ、もしネットで攻撃されたら、何も反応せずにほとぼりが冷めるまで身を隠すわ」

「なるほどねえ、燃料が無くなればその内に鎮火しますからね」

「啓太、事務所に戻ったら、里中さんの家をネットで攻撃した人を徹底的に調べましょうね」

「はい、わかりました」


 夕方になって、路子たちは宇都宮の事務所に戻った。二人はコーヒーを飲みながら応接椅子に座って話を始めた。


「ところでロコさまは、今の段階で今回の事件をどう考えているんですか?」

「私は最初からスンファン電子が仕掛けた陰謀だと思ってるの。まず柳さんを渋山町に送り込んで里中さんに接触させるでしょう、そして彼の娘さんをいじめの主犯に仕立て上げたのよ。ネットの書き込みも柳さんだと思うわ」

「やっぱり柳さんが怪しいんですか」

「そう思ったから盗聴器を仕掛けたのよ、見つからない所に設置した?」

「はい、ダイニングに事務机があったのでその下にセットしました」

「これで、重要な証拠が聞き出せれば解決するわよ、この事件」

「どうやって、里中さんに会社を辞めさせたんですか?」

「そこがちょっと私にもわからないのよ。柳さんが早川さんと喧嘩する様に仕向けたんじゃないかと思ってるの、里中さんに話を聞いてみないといけないけどね」

「早川さんとスンファン電子の黒岩社長との関係は?」

「スンファン電子は里中さんが作った3D画像処理ユニットを使える様になったから、今度は火災事故を起こさせたのよ。それで信用を失墜させてUG保険の商談を奪い取れたらペールキューブ社の大打撃になるでしょう、それを見計らって黒岩社長が早川さんに合併の話を持ち込んだのよ、きっと」

「確かに理屈が合いますね」

「ただし、現時点で決定的な証拠が何も無いのよ。このままだと里中さんの個人的な復讐だけでタブレットの火災事故が起きた、で終わってしまうわ」

「本当はそれだけって事もあるんじゃないですか?」

「うーん、ひとつひとつ調べないと分からないわ、とにかくネットの書き込みから調べましょう。私はメディアの記事を調べるてみるから、啓太は二と五ちゃんねるを調べてね」

「了解です」


 路子と啓太はそれぞれの机に向かい、パソコンを起動して柴山中学校のいじめ問題の記事を調べ始めた。


「新聞などのメディアの記事には柴山中学校の記事は見つからないわね。単なる中学生の自殺未遂だったし、そのご家庭の問題だったという結論が出たから記事にはならなかった様ね。そっちはどう?」

「ちょっと待って下さい、今見つけたところです」

 それを聞いた路子は、席を立って啓太の後ろに回り込んだ。

「この『渋山町いじめ?自殺』っていう、五ちゃんねるのスレッドです。あれ、消されちゃってる」

「キャッシュに残ってる?」

「あります、開いてみますね。おお、出て来た!」

「啓太、読んでみて」

「はい、スレ主のところだけ読みますね、


 1:黒キツネ暗度 2018/0X/XX(水) 00:17:10 ID:xxxxxxxx.net

 渋山町・渋山第一中学校の二年生女子生徒Kが自殺を図った模様、X月XX日夜の十時ごろ救急車とパトカーが〇〇アパートに集結し、女子生徒Kは近くの病院へ搬送された。


 5:黒キツネ暗度 2018/0X/XX(木) 08:28:56 ID:xxxxxxxx.net

 続報、女子生徒Kは意識不明の重体、生徒の担任が病院へ駆けつける。警察は〇〇アパートのゴミ集積場付近の現場検証を行っている。


 13:黒キツネ暗度 2018/0X/XX(木) 10:08:21 ID:xxxxxxxx.net

 続報、女子生徒Kは不良グループからいじめに遭っていたという情報を入手。以前から学校で制服を汚されたり、駅前のファンシー・ショップ〇〇で万引きを強要されていたとの事。


 28:黒キツネ暗度 2018/0X/XX(木) 13:11:05 ID:xxxxxxxx.net

 続報、女子生徒をいじめていた主犯は〇中〇理〇と判明? 転校して間もないにも関わらず、連日の様に女子生徒Kを付きまとっていたとの証言を入手。


 154:黒キツネ暗度 2018/0X/XX(木) 16:43:38 ID:xxxxxxxx.net

 続報、近所で最近建てられたばかりの家に落書きをされた模様、〇中〇理〇の家と思われる。また、電凸による被害があったと、〇理〇の母親が近所の人に漏らしている。落書き、電凸はダメ、絶対にダメですよ‼


 339:黒キツネ暗度 2018/0X/XX(金) 15:34:40 ID:xxxxxxxx.net

 続報、渋山第一中学校に県の教育委員会のメンバーが聞き取り調査に来た模様、近く説明会が開催されるという情報を入手。また、落書きのあった家では、ガレージの扉が壊されたために、その家の車の屋根に損害が発生した。


こんな風に書いてありますよ」

「これがフェイクだったら、完全に犯罪ね」

「この黒キツネ暗度っていうスレ主は相当あおってますね」

「でもこの人、うまい書き方をしてるのよ。例の早川さんたちの不良グループは本当にKさんをいじめていたのかも知れ無いし、里中さんの娘の亜理紗ちゃんが“付きまとっていた”というのは、単にお友達になろうとしてた近づいていたんだととしたら、嘘に見えないかもね」

「この“落書き、電凸はダメ、絶対にダメですよ‼”って言うのも、完全に読者を誘導してますよね」


「もう絶対に許さないわ、この人!」

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