第20話 オフィース街のビル
路子と啓太はスタジアムを出て駅まで歩き、駅を通り過ぎた所にあるショッピングモールへと足をのばす。そこの二階にある喫茶店に入った。
「啓太、何飲むの?」
「今日はビターな感じなので、エスプレッソにします」
「何よ恰好付けちゃって、まあいいわ今回もいい仕事してくれたから」
店員が水を二個持ちながら、注文を聞きに来た。テーブルにグラスを置く。
「いらっしゃいませ、ご注文を承ります」
「エスプレッソコーヒーとレモンティーをお願い」
「畏まりました」
店員が去ると、路子は昨日啓太が買ったスマホを取り出して画面を見ながら啓太に話しかける。
「あんた、ビターな感じって今回の仕事に罪悪感を感じてるの?」
「ハッキングさせられたりウイルスソフト作ったり、こんな仕事やってていいのかなあって思ってるんですけど」
「あんたには悪いけど、この事案は単純な事故じゃないと思ってるのよ。あの仕事ができる里中さんが何故会社を辞めて、自分の作ったタブレットを燃やしたのかその動機をしっかり調べたいのよ私は」
「あのラブホテルでの会話を晒して犯人は里中さんでしたって事で決着したらいいんじゃないですか。ロコさま」
「そうはいかないわ、もしも裏で操っている人がいるんだったら、その人が真犯人という事になるでしょ。最後まで調べたいわ」
「警察でもないのにそこまで調べられますかね」
「私は事件の全容がわからないと気が済まないたちなのよ、家庭の事情がありそうな里中さんを警察に突き出して、はい終わりって訳にはいかないわ。だからあんたに面倒な仕事とわかっている上で頼んでるのよ」
「はあ」
啓太は半分納得した様な、していない様な顔つきで路子を見ている。その顔を見た路子は、スマホを置きテーブル越しに啓太の手を取る。
「啓ちゃんお願い、あなたがいないとこの仕事が終わらないわ……」
路子が目をパチパチさせながら語ると、啓太は路子の手のぬくもりを感じてデレっとした顔になる。
「ロコさま、それじゃあ温泉……!」
その時すでに、店員がコーヒーと紅茶を持って来て路子たちのテーブルの後ろに立っていて、声を掛けた。
「あのー、エスプレッソコーヒーとレモンティーをお持ちしましたが……」
路子は慌てて手をほどき、椅子の背もたれに寄りかかると急に冷めた顔になる。啓太は少し顔を赤らめている。店員さんに温泉と聞かれてしまった事を恥ずかしいと感じている様だ。
店員が飲みものを並べて去っていくと、テーブルの上に置いたスマホにショートメールの着信音が鳴った。――ピッキーン。
「あら、子ブタちゃんから返事が来たわ」
路子はスマホを手に取ると、メッセージを開く。
「ロコさまどういう返事ですか?」
「ふんふん、『画像確認したあと、銀行でお金をおろして来た。十万円払うことOK!』だって」
「彼はいま何処にいるんですか?」
「ちょっと待ってね」
路子はスマホを探すアプリをタップして地図を確認する。
「浦和美園駅付近にいるわよ」
「ロコさまここの直ぐ近くじゃないですか、彼を今すぐ見つけに行くんですか?」
「どうしましょう。別に急いで見つける必要は無いけどね、子ブタちゃんの現在地はいつでも判明するんだから。でも彼が駅にいるんだったら、ここに来る間に何処かですれ違っていたかもね」
「動画と引き換えに十万円貰うんですか?」
「貰う訳無いわよ、あの大切な動画は誰にも渡さないわ」
「じゃあ、この後どうするんですか? どうやって彼をあきらめさせるんですか?」
しばらくの間路子は店の天井を見ながら考えていたが、突然ハッとして何か閃いたようだ。おもむろにショートメールの返信文を両手の親指で打ち込んでいる。
「これでいいわ!」
「何て返信したんです?」
「『動画はペールキューブ社さんにも買取の話を持ち掛けていて、ついさっき三十万円で売っちゃいました、ごめんあそばせ』って打ったのよ!」
「ロコさま頭いいなあ」
――ピキーン。またショートメールの着信音が鳴った。
「あら、返事をよこして来たわ、『バーカ!』だって。これで子ブタちゃんも諦めるわね、彼が何処へ帰るかを見極めるまでここでゆっくりお茶しましょね、啓太」
「はい」
二人で他愛もない会話をして小一時間が経った頃、路子がスマホを探すアプリを確認する。
「今子ブタちゃんは駒込駅の近くにいるわよ、山手線に乗るのね」
「彼は東京に住んでいるんですかね」
「確か、スンファン電子の柳って人の名刺には勤め先が池袋って書いてあったわよね」
「ええ、それじゃあ pink_no_kobutachan_dazo は柳さんですか?」
「その可能性は高そうね、そろそろ私たちもここを出て子ブタちゃんを確認しに行きましょう」
路子と啓太は喫茶店を出て浦和美園駅の方へ向かった。
◇ ◇ ◇ ◇
路子たちが辿り着いたのは、池袋のオフィース街にある二〇階建てのビルの前である。そのビルには様々な会社が入居していた。
「子ブタちゃん、ここのビルの中にいる様ね」
路子はスマホを探すアプリの地図を確認し、啓太はそのビルに入居している会社の看板を調べていた。
「! ロコさま、ここのビルの七階と八階にスンファン電子が入ってますよ」
「やっぱり、そうだったのね」
「ビルの中に入るんですか?」
「彼が出てくるところを待ちましょう、何処か見張れる場所はないかしら」
路子はビルの玄関が見渡せる場所を探してキョロキョロとしている。
「あらま! あの男?」
路子は慌てて啓太の腕を掴み、急いで街路樹の陰に回り込む。
「ロコさま、いったいどうしたんですか?」
「しっ、しっ、静かにして!」
路子は街路樹の陰から見つけた男の様子を探ると同時に、啓太を路子の後ろに着かせた。男はスンファン電子が入居するビルの前に立つと、スマホを取り出して電話を掛け始めた。
「ロコさま、誰なんですか?」
啓太は小声で尋ねる。
「ペールキューブ社の早川さんよ」
「え、あの早川さん! あの人はスンファン電子の柳さんと面識が無いと言ってましたよね」
「そうなのよ、私も訳がわからなくなってきたわ」
電話を掛け終えた早川は、ビルの前に立って誰かを待っている様だ。
「早川さん、誰かと会うのね。誰と会うのかしら……」
「柳さんじゃないですかねえ」
暫くすると、ビルの地下駐車場から一台の黒塗りの車が出て来て早川の前で止まる。後部座席のウインドウが下がり中の男が早川に話しかけた後、ドアが開いて早川が黒塗りの車に乗り込んだ。
「やだわあ、誰と会っているのか、わからないじゃないの」
「ロコさま、どうします?」
黒塗りの車は道路に出ようとして、車の通行が途切れるのを待っている。
「タクシーで追いかけるわ、啓太タクシーを捕まえて」
啓太は道路に面して車の流れを見ていると、丁度一台のタクシーがやって来るのが見え手をあげた。タクシーが減速して近づき、路子たちの前で停車して後部ドアが開いた。
「ロコさま、早く乗りましょう」
啓太が先に乗ってから奥にずれて座ると、路子も急いでタクシーに乗り込んだ。ウインカーを出して停車しているタクシーの運転手は、路子が座ったことを確認してからレバーを引いて後ろのドアを閉める。
「お客様、どちらへ行かれますか?」
「今この車の後ろで道路に出ようとしている、黒塗りの車の後を追って欲しいのよ」
運転手はバックミラーで後ろを確認する。
「ああ、あの黒のクラ〇ンですね、了解しました」
黒塗りの車は通行車が途切れると右折しながら走り出した。タクシーの運転手はすぐにその車の後に付いて行こうとする。
「運転手さん、前の車にばれないように付いて行ってくださいね」
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