第8話 検査室のリベンジ
検査室には中央に大きな石定盤が置いてある。この定盤は黒い御影石を幅一・五メートル四方、厚さ二〇センチメートルに削った物で、鉄で組んだテーブルの上に載せられている。この石の上面は非常に滑らかで、被測定物の基準となるよう、超精密な平面を保っている。その周りに並ぶ作業台の上には、寸法を測定する機器や顕微鏡、電気測定器などが並び、三人の作業者が何かを測定していた。
外山はヘルメットを取ると、南野に渡す。
「燃えたタブレットをここに置いてください」
空いている作業台の所へ行き、その上に載っていた部品を片付けた。その作業台の上面には緑色の薄いゴムが貼ってある。啓太は手提げ袋からプチプチに包まれたタブレットを取り出し作業台の上に載せる。プチプチを開いて中のタブレットを取り出し、プチプチは再び手提げ袋の中にしまった。
「外山さん、ヘルメットは取っていいの?」
「どうぞお取りください」
「早く言ってくださいよ、もう」
路子と啓太はすぐにヘルメットを脱いだ。
南野が路子たちのヘルメットを受け取ると、奥にある机の上に置いた。
燃えたタブレットはスクリーンが上面になって置かれている。路子は作業台の隅にノートパソコンを置きそれを開いた。時々細かく足踏みをして靴の中の湿りを無くそうと空気を入れ替えている様だ。
すると、検査室の奥の階段から早川と前川が下りて来た。
「お待たせしましたか?」
早川が路子に声を掛けた。
「おや、安田さんはどうしていないんですか?」
「彼女はソフトのメッセージが出る箇所を調べるため、設計室に行きました」
「あら、早川さんと前川さん。安全靴を履いてないじゃないの!」
「ああ、この部屋は安全靴を履かなくてもいいんですよ。我々はこの工場の二階を通って来たので、普段の恰好でも大丈夫なんです」
「何で私たちは二階を通れないのよ!」
「二階は組み立て工場で、発表前の製品を見せたく無かったものですから」
「今すぐ靴を履き替えたいわ」
「申し訳ない、他の靴はありません」
「ロコさま、少しの間我慢しましょう」
「わかったわよ、早くこのタブレットを開けちゃってください」
「ロコさま、その前に写真を撮っておいた方が良くないですか?」
「そ、そうね、啓太カメラ持って来た?」
「会議室に忘れてきました」
「あら、私もボイスレコーダーを忘れて来たわ」
「ロコさま動揺していましたからね」
「お黙り啓太! ちょっと前川さんデジタルカメラ持ってる?」
「は、はい。確かこの部屋に置いてあると思いますがー」
「これを使ってください」
外山は後ろの机の上に置いてあったデジタルカメラを取ると、路子に渡した。
「ありがとう、じゃあ啓太写真を撮って」
路子は啓太にカメラを渡す。啓太はタブレットの向きを変えながら何枚か写真を撮った。
啓太が写真を撮り終えると、タブレットが置かれた作業台の手前に外山と南野と早川が立ち、奥に路子と啓太が立った。前川は作業台の左横から見ている。
南野は白い手袋をはめてからタブレットをひっくり返すと、右側の燃えた部分のプラスチックを指で押して変形具合を確かめる。焦げ茶色になったプラスチックは右端の中央が少しひしゃげていたからだ。南野はドライバーを手に持つと、タブレットの四隅のねじを外していった。
「さあ、蓋を開けますよ」
南野はゆっくりと蓋を開けて、それをタブレットの横に置いた。
タブレットの中は、一枚のプリント配線板に様々な電子部品がぎっしりと並んでいる。その右下の方に配置されている黒い樹脂で覆われた電池パックは、右上の一部が溶けている。電池パックのすぐ上にアルミの板で覆われた下の部分から、黒いドロドロの塊が流れ出て固まっているのが見える。そのアルミ板の右横には、数本の青い電線の被覆が焼けただれ、黒くなった銅線がむき出しになっていた。
「あらまあ、やっぱり電池パックが溶けているわね。啓太写真を撮って」
路子は啓太の腕を押す。啓太はタブレットの正面に回り込んで写真を撮り始めた。
「早川さん、このアルミの板の部分は何ですか?」
「はい、これが3D画像処理ユニットです」
「肝の部分が焼けているわけね、まるでホルモン焼だわ!」
それを聞いた前川は笑いをこらえることが出来なかった様だ、思わず「ぷっはー!」と声を漏らした。それを聞いて早川と外山は、同時に鼻にしわをよせながら前川を睨んだ。
「……す、すみません」
また前川のもじもじが始まっている。
「そのホルモン焼の上のアルミカバーを取っちゃってください」
南野は路子に言われるままアルミカバーを止めているねじを回し、それを取り外した。ここにも電子部品がぎっしり並んでいるが、原型をとどめること無くほとんどの部分が焼け焦げている。少し異臭が残っていた。
「啓太、写真撮って」
「ロコさま、畏まりました」
啓太は南野を退ける様にして正面に割り込むと、写真を何枚も取り始めた。啓太が写真を撮り終えると、路子の熱い質問が始まった。
「さて外山さん、まずお聞きしたいのはプリント配線板の事です」
「はあー?」
外山は路子の言葉に少し戸惑った。
「このプリント配線板の単体の検査はなされていますか?」
「は、はい。やっていると思いますよ」
「思いますよ、じゃ無いわよ! 証拠を見せなさい」
「おい、南野君。どうなんだ」
「確か、プリント配線板に合格のハンコが押されていると思いますが」
南野はあせった様子でプリント配線板の端々を調べ始め、左上に【合】の文字を見つけた。
「ありました、これです」
それを見た路子はすかさず、
「プリントされた配線同士の電気的絶縁性を調べる電圧は、何ボルトですか?」
「えーと、この基板の検査は簡易式テスターで測定しましたから一ボルト程度です」
「そんなに低い電圧じゃあ、隠れた絶縁不良が見つからないわよね。外山さん」
外山と南野は互いに顔を合わせ、路子の見識に驚いているようだ。
「あと、その丸焦げになった青い電線は何かしら」
路子は焼け焦げた青い電線を指さした。
「これはジャンパー線というプリント配線板の設計変更を修正した電線です」
「設計変更? なんで作り直さないのよ早川さん」
「は、はい。これは試作品でして、納期に間に合わせるため手直しの修正を依頼しました」
「修正した後の検査はここでやったの?」
「いいえ、行っていません。電装班が修正した物をそのまま設計者が受け取って、その設計者が動作試験を継続しました」
「その動作試験の検査成績書は誰が作ったのよ」
「……担当した設計者本人です」
「あと、この3D画像処理ユニットの検査はどうなってるの」
「はい、外注先が添付した検査成績書を見ただけです」
「まったく、そんなことで製品全体の品質保証ができるんですか? 外山さん」
「……」
「何とか言いなさいよ、試験運用のタブレットだからって言っても、お客様が使うんでしょう?」
路子は腕を組んで外山を睨んでいる。
「……」
外山の顔が少し青ざめてきた、背中に変な汗が出てきたのかも知れ無い。
「ロコさま、そのくらいにしましょうよ」
「わかったわ。それじゃあ、プリント配線板の検査書と、動作確認検査書と3D画像処理ユニットの検査書の写しをを提出してください」
「は、はい。直ぐに準備します」
外山は急に低姿勢になった。
「それではみなさん、このホルモン焼タブレットはここに置いたままで会議室に戻りましょう」
路子は南野からヘルメットを受け取ると、それを被り、意気揚々と検査室を出て行った。
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