第12話 カフェ風のオフィス
次の朝、コンソルロコ社の事務所では、路子がラボトライ社の事をパソコンで調べたあと、ペールキューブ社の早川に電話を掛けた。
「もしもし、早川さん。昨日はどうもありがとうございました」
「椿坂さん、こちらこそお世話になります」
「ところで、タブレットの調査は始まりました?」
「今朝から分解を始めたところです」
「例の3D画像処理ユニットも取り外して、お調べになるんですか?」
「はい、そのつもりですが、何か?」
「あのユニットは、ラボトライ社で調査するほうが良いのかどうか悩んでいましたので。早川さんのお考えをお聞かせくださいな」
「タブレット本体と別々に調べると、欠陥の因果関係がわからなくなると思いますが」
「そうですね、わかりました。そうしましたら、ラボトライ社には別のタブレット本体を持って行って火災事故が起きるかどうか再現実験をしてもらいましょうか」
「了解しました、ご指示に従います」
「今日の午後ラボトライ社へ行く予定なのですが、営業の前川さんとソフト担当の安田奈々子さんも同行していただけないかしら?」
「安田君もですか?」
「ええ、再現実験に安田さんも立ち会ってもらって、ソフト的に調べてもらいたいのよ」
「わかりました、火災が起きた物と同じタブレットを持って、前川と安田にラボトライ社へ行ってもらいます」
「ありがとう、時間と待ち合わせ場所が決まりましたら連絡します」
路子は電話を切る。
「ロコさま、安田さんにもわざわざ来てもらうんですか?」
「そうよ、ソフトウエアもチェックしながら欠陥の調査をしないと、里中さんにごまかされるかもしれないでしょ」
「なるほど」
「あとは里中さんとアポイントを取るわ」
路子はラボトライ社の里中と連絡を取り訪問時間を午後三時に決めたあと、再び早川へ電話して西武秩父駅のロータリーで前川たちと待ち合わせすることを告げた。
午後二時半、路子と啓太が乗る車が西武秩父駅のロータリーに着くと、前川と安田奈々子は車に乗って待っていた。路子は車から降りて前川に声を掛ける。
「前川さんお待たせ、このままラボトライ社へ直行します」
路子は車に戻るとすぐにロータリーを出てラボトライ社へ向かった。
秩父の市街地を十分ほど走ると、閑静な街並みに一軒の白い二階建ての建物が見えてきた。その建物の入り口の前には駐車場があり、車が六台並んでいる。その内二台はドイツ製のSUVが我が物顔で居座る様に駐車スペースの白線をはみ出して停めてある。白い建物は比較的新しく、一階は大きなガラスが張られ、その内側に幅の狭いブラインドが掛けられている。少し持ち上げられたブラインドから垣間見える空間は、一目見るとお洒落なカフェのような雰囲気だ。路子たちと前川たちの車二台は、駐車場に並ぶ高級車にぶつからないように気を使いながら駐車していた。
路子たち四人は車を降りると揃って玄関まで歩き、ガラスドアの横にあるインターフォンを押す。しばらくしてオフィスの中から私服の女性従業員が出て来て、路子たちは茶色で統一されたオフィス・カフェへ案内された。
「あらまあ、すごくお洒落な所ね」
路子は深く沈み込む革の応接椅子に座ると、ため息をつきながら辺りを見回した。啓太は路子の隣に座る。
「ロコさま、うちの事務所と大違いですね。こんな場所で仕事したいなあ」
「私もこんな所で働いてみたいわ」
奈々子も目を輝かせてあちこち見ている。
「うちだって儲かるようになったら、こんなオフィス・カフェにするわよ!」
路子の右側に置いてある少し硬めの椅子には、前川と奈々子が座った。
「椿坂さま、里中さんの会社って儲かってるんですかね」
「私が調べたところ、ラボトライ社はクラウドファンディングで資金を調達しているベンチャー企業なのよ。一流企業からスピンアウトした連中が集まって設立したらしいの。少数精鋭でかなり良い業績を上げているわ」
「給料も高いんですかね」
「そりゃそうよ、駐車場の車を見ればわかるでしょ」
路子が指を指した駐車場には、大きな外車の陰に隠れて路子の丸っこい車は全く見えなかった。
女性従業員がコーヒーを持って来たあと、里中修三(四二才)がやって来た。里中はジーンズに色落ちしたえんじのポロシャツ姿で、背が高く顔も細長く痩せている。少し逆立ったショートヘアーに丸い金縁の眼鏡を掛けていた。路子と啓太に名刺を交換すると、路子の前に座った。
「遠いところご足労いただき、ありがとうございます」
「里中さん、随分変わったね」
「前川さん、お久しぶりです。この会社では自由な雰囲気で働かせてもらってます」
里中は前川に挨拶すると、隣に座る奈々子の顔を見ていたが何も話さなかった。奈々子は何か落ち着かない様子だ。目はそらしているが、口元は少しほほ笑んでいる様に見える。
「里中さん、早速ですが本題に入らせていただきます」
路子は胸の内側のポケットからボイスレコーダーを取り出してテーブルの上に置いた。
「ボイスレコーダーで録音させてくださいね」
路子はスイッチをオンにした。
「里中さんはペールキューブ社の火災事故の詳細はご存知ですか?」
「はい、今朝ペールキューブ社の外山検査部長から聞きました」
「どのようにお感じになりました?」
「うちの3D画像処理ユニットが激しく燃えているようなので、火災の原因がうちにあるのかどうかが心配です」
「写真をご覧になりました?」
「いや、まだ見ていません」
「それではタブレットが火災を起こした瞬間が映っている動画と、燃えた部分の写真をお見せします。啓太、準備して」
「え、タブレット火災の動画があるんですか?」
「そうなんですよ里中さん、たまたま被害者のドライブレコーダーに写ってたんです。激しく火をふきましたよ」
それを聞いた里中は、右手で頭をかきながらまずいと思ったような顔をしてから奈々子の方を見ている。奈々子も困った様な顔になった。
啓太は鞄からノートパソコンを取り出してタブレット火災の直前の動画を開いた。
「ロコさま準備できました」
路子は啓太のパソコンを持つと向きを変えて里中の目の前に置くと、おもむろに動画を再生した。それを見た里中は動揺を隠せない様子で両手で鼻と口を塞いだ。
「里中さん、どうです?」
「……」
里中の丸い眼鏡の奥は見たくないものを見ている様に目を細めている。
前川はもう何度も見ているのでボケーとしていたが、奈々子は何故か申し訳なさそうな顔をしていた。その様子を窺っていた路子は急に言い出した。
「里中さん、ここに喫煙所はあります?」
「え、はい。あちらの出口のそばに喫煙コーナーがあります」
「ちょっと失礼して煙草吸ってきます。啓太も一緒に来て」
「あれ?」
「さっさと付いてきなさい」
路子は立ち上がると、啓太の腕をひっぱるようにして喫煙コーナーの方へ歩いて行った。ガラス張りで個室の喫煙コーナーのドアを開けて二人は中に入る。
「ロコさま、煙草いつから吸う様になったんですか?」
「吸う訳ないでしょ! あんたと話がしたかったのよ」
「はあ」
「後ろを向いて煙草を吸ってる真似をしなさい」
「わかりました」
「啓太、あの二人怪しいと思わない?」
「二人って?」
「里中さんと安田さんよ」
「えー、気が付きませんでした」
「あの二人絶対何かあるわよ! 注意して見ててね」
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