第10話 打ち合わせの再開

 路子は、会議机を挟んで座っているペールキューブ社の社員たちの顔を一人ずつ確かめる。早川は目を伏せる様に視線をそらし、外山は目をつむっている。南野は路子の威勢に怯えた顔をして、奈々子は完全にうつむいている。路子の隣にいる前川はポカンと口を開けていた。

「今申し出ないと、あとで後悔しますよ。この工場にいた人間しか盗めないのですから」

 路子の言葉に誰も反応せずに、みんな沈黙している。

「まず、さっき工場へ行くときに最後にこの会議室を出た人は誰?」

「確か、南野君だったと思いますよ」

 前川が会社の立場を無視し始めるような口ぶりになっている。

「南野さんは、ここを出て行くときに盗んだ可能性があるわね」

「ぼ、僕じゃありません」

 南野は少し涙目になっている。

「そうすると外山さんは、私たちと一緒に行動したのでシロだわ」

 外山は目をつむったまま頷いている。

「早川さんと前川さんも工場の二階を通って来たので、この会議室に戻って盗む時間は無いわね。すると、安田さんも怪しいわ」

「……」

 奈々子は下を向いたままじっとしている。

「そろそろ盗まれた証拠を見せて貰えませんか」

 早川がしびれを切らしたのか、声をあげた。


「このボイスレコーダーよ」

 路子は会議机の上に置いてあるボイスレコーダーを右手で取ると、サッカーの審判がイエローカードを出すような仕草でそれをかざした。

「この中にSDカードが盗まれた様子が録音されているのよ。もしその時に何か言葉を発していたら、すぐに犯人を特定できるわ。これを警察に持ち込んで窃盗罪で調べてもらうわよ」

 すると、

「うえーん、……私がやりました、ごめんなさい」

 奈々子が急に泣き出して作業服のポケットからSDカードを取り出して、机の上に置いた。涙も拭かず許しを請うような顔で路子を見つめている。

「なんで盗んだのよ!」

「だって、早川部長が……」

「私は安田君に何も言っていません!」

 早川は慌てている。すると前川が、

「工場の二階を歩いている時、早川部長が『あのSDカードがネットに流されたら会社の一大事だ、無くなってくれないかな』って安田さんに言ってましたよ」

「前川君、黙ってろ!」

「ふふふ、SDカードが戻れば問題ないのよ。会社のためを思っての行動は仕方ないわね、許してあげるわ。だけどこれからは私のために働いてもらうわよ、このSDカードがネットに流されたくなかったらみなさん協力してね」

 路子は不敵な笑みを浮かべた。啓太は奈々子の前に置いてあるSDカードを取ると、すかさず鞄の中にしまい込んだ。

 早川たちは完全に観念したようだ、みんな肩の力が抜けている。それとは対照的に前川はもじもじも無くなり、シャキッとして明るい顔をしていた。


「それでは、あのホルモン焼タブレットの話を再開します。啓太、さっき撮った写真を出して」

 路子は椅子に座る、啓太はパソコンを操作してから四枚の写真をスクリーンに並べる。そして写真が皆に見える様にパソコンをずらした。

「検査書の写しは有ります?」

「はい、持って来ました」

 南野が複数ページのコピー用紙を路子に渡す。

「ソフトのエラーメッセージの資料は?」

「……これです」

 奈々子は小さな涙声で答えると、一枚のコピー用紙を路子に差し出した。それを受け取った路子は、ハンカチを出しながら、

「もう泣くのはおやめなさい、あんたを責めたりしないから」

 啓太は路子のハンカチを受け取ると、立ち上がって奈々子の傍へ行き、ハンカチを渡す。

「安田さん、もう気にしなくても大丈夫ですよ」

 優しく声を掛けた。

「早川さん、この燃え方を見てどう思います」

「はあ、電池パックが意外と燃えていないのが不思議に思いました」

「外山さんは?」

 外山はハッとして目を開けた。

「うーん、うちに欠陥があるとすれば、プリント配線板の電源系の絶縁不良か、修正したジャンパー線が変なところにショートした可能性ですかね」

「なるほど、わかりました。では、そのあたりを詳しく調査して報告してください」

「ただ、プリント配線板も燃えているので、障害の原因がはっきりするかどうかはわかりません」

「この写真を見ると、原因は3D画像処理ユニットにあるのかしら」

「その可能性が高いと思います」

「これを開発した方の名刺のコピーは?」

「はい、これです」

 南野はコピー用紙を路子に渡す。それを受け取った路子は、

「このラボトライ社の里中さんという方はどんな方なんですか」

「里中さんは僕の先……」

 と南野が言いかけた時、

「彼はいわゆる電子オタクですよ、とにかく仕事は出来る人間です」

 早川が南野の発言をさえぎりながら答えた。

「どうしたの? 南野さん」

「……」

「彼は、元うちの会社にいたんですー」

 前川がしゃべった、早川はなんでそんなこと言うんだというふうに呆れた顔をしている。

「あら、肝の部分を作った方はここの会社の人だったの、ふーん」

「彼が会社を辞めてラボトライ社へ行ったんで、スンファン電子でも同じ仕様のタブレットが作れるようになったんです」

「前川君、余計な事まで言うな」

「外山部長、椿坂さまには包み隠さず話さないとダメですよ」

「そうですよ、全て話してください。早川さん、そんな大切な技術者が、なぜこの会社を辞めたんですか?」

「それが良く分からないんですよ、私には」

「え、そうかなあ。辞める十日前に早川部長と里中さんが大喧嘩していたと聞いてますよ、ねえ南野君」

 前川はぺらぺらとしゃべりだす。すると南野も、

「はい、そうです。先輩はかなり怒ってました」

 前川に歩調を合わせ始めた。

「早川さん、どんな喧嘩でしたの?」

「仕事の話ではありません、プライベートの話なので勘弁してください」

「先輩は去年の秋に辞めたんですが、夏ごろからずーと落ち込んでいて、仕事もはかどらないって言ってました」

「まあ、色々と問題があるようね。直接会って話を聞いてみるわ。ソフトのメッセージの件だけど、安田さん、タブレットを交換する時に何か追加しました?」

「はい、一番最後の行に書いてあるメッセージを追加しました」

 路子は奈々子から受け取ったコピー用紙を眺める。

「この『電圧が非常に高くなりました、アプリを閉じてください』というものね、どうして追加したの?」

「里中さんにエラーコードを追加したから、メッセージも追加して欲しいと依頼されたんです」

「ロコさま、タブレットが燃える直前に出た悪魔のメッセージはこれですかね」

「うーん、まだわからないけど、3D画像処理ユニットも徹底的に調査をしないといけないわね」


「今日はこの辺で帰ります。外山さん、プリント配線板とジャンパー線の調査報告書を作ってね」

「ああ、わかりました」

「それから前川さん、これをお願いします」

 路子は鞄から委任契約書を取り出し、前川に渡した。

「承知しました、早速営業部長に決済してもらいます」


「前川さん、今日はグッドジョブよ!」

 路子は前川にウインクした、前川の顔はデレデレになっている。

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