第3話 事故調査始動

 椿坂路子と釘丸啓太は、中古で排気量が三六〇CCしかない軽自動車に乗り込んだ。この車は四〇年前に生産が中止された丸っこい車だが、八十万円もした。

 路子が運転席に座り、啓太は助手席に座る。この車は二人が乗ると肩がくっつくほどめちゃくちゃ狭く、天井も頭が着くくらい低いのだ。


「ロコさま、この狭い車いい加減買い換えませんか。窮屈すぎます」

「お黙り、私は気に入ってるのよ、この車」

「ぶつぶつ」

「何よ? はっきり言いなさい、啓太」

 路子がハンドルの左下に付いているきゃしゃなシフトレバーを操作してギアチェンジをするたびに、啓太の右腕にぶつかる。

「拷問だな、この車」


 間もなくして路子たちの車は、UG保険宇都宮営業所の駐車場に着いた。玄関を開けて受付の事務員に話をすると、すぐに応接室へ案内された。


 コンコン、ノックの音がしてドアが開く。

「熊田主任、コンソルロコという会社の方がお見えです」

「お待ちしておりました、どうぞお入りください」

「失礼します、コンソルロコの椿坂路子と申します」

「部下の釘丸啓太です、よろしく」

 路子は、応接室に入るとフライトアテンダントのような両手をお腹の前で組んで六〇度のお辞儀をする。啓太は頭をペコっとするだけの適当なお辞儀だった。

 そのあと熊田、前川と路子は、それぞれ名刺を交換した。


「さあ、どうぞお座りください」

 熊田はすぐ左横の椅子と、金田の隣の席に座るように促した。路子は熊田近くの椅子に座り、啓太は金田の隣に座った。


「先輩、お久しぶりです。少し痩せたんじゃないですか?」

「ああ正夫くん久しぶり、最近気をつかう事が多くてな。そちらの女性は?」

「同じ大学の後輩」

「川崎早苗です、どうぞよろしく」

「彼女か?」

「ええ、まあ」


 名刺を確認し終わった熊田は、路子に向かって話を始める。

「コンソルロコ社さまは、どのような実績がございますか?」

「まだ始めたばかりなので、個人のお客様のお仕事がメインです」

「どの様なお仕事ですか?」

「猫の捜索とか……」

「……⁉ 今回は金田さまが関係した、事故調査の仕事を頼みたいと思うのですが」

「ありがとうございます熊田さま、どのような案件でしょうか?」

「出来ればうちで調べたいんですがー」

 前川が口をはさんだ。

「あんたは黙って聞いててください」

 前川はしょぼんとして、下を向いてしまった。


「それでは詳しくご説明します」

 熊田は燃えたタブレットを手に取った。路子はノートパソコンを用意する。


「今日の午後、那須塩原から宇都宮へ向かう道路で金田さまが事故に遭われました。弊社に連絡が入り、私はレッカー車を伴って事故現場に急行しました。そこでこの最新の携帯端末、ペールキューブ社製のタブレットで事故の状況確認を行いました」


「タブレットで車の事故の状況確認をなさるんですか」

「はい、このタブレットは新しい機能として、二つのカメラで立体動画を撮影するんです。そしてその動画を元に損傷解析が出来るんです」

「損傷解析? なぜそんな機能が必要なのでしょうか?」

「事故に遭われたお客様の事故調査報告書を素早く作成することと、自動車メーカーさまに事故の詳細データをお渡しする為です」

「なるほど、賢い機械ですね」


「まだ、開発途中の試作品ですけどー」

 再び前川が口出しした。


「前川さん、だまってて! 私はこの損傷解析アプリが気に入っていたんです。それで、ここにいる川崎さまに動画撮影をして頂こうとタブレットをお渡しして、撮影を開始した時……」

「そうなのよ、急に燃えたのよ。このタブレット」

 早苗が興奮した様子でしゃべりだした。


「何もしないのに出火したんですか? 川崎早苗さん」

「えーと、なんかメッセージが出ていたわ、それをタップしたら火をふいたの」

「なるほど、メッセージが出たのね」

 ――カタカタカタ。

 路子はえらい勢いでノートパソコンに文字を打ち込んでいる。


「問題は、どうしてこのタブレットが燃えたのかという事なんですが、このタブレットは今朝、交換したばかりなんです」

「と言いますと?」

「朝九時ごろ、ペールキューブ社の検査部に所属しているという方が私の所へ来まして、私が持っていたタブレットは、不具合があるから交換してくれって言われて交換したんです」

「私はそんな不具合の話は、聞いていないんです!」

 またまた前川が口出しする。熊田は首を斜めに傾げて前川を睨んだ。


「検査部所属の人ですか、その方のお名前は?」

「名前は聞いてませんでした」

「だからその男が怪し……ふぐぐぅ」

 熊田は前川の口を、左手で抑えつけた。


「椿坂さま、この案件は先入観を一切持たないで調査を始めて頂きたいのですが?」

「わかりました、ぜひやらせて下さいませ。客観的な事実を積み重ねて、必ず問題を解決させてみますわ」


 話を聞いていた正夫は、啓太とひそひそ話をする。

「先輩の所の女社長は、随分自信ありげですね」

「うちの社長は頭がきれるんだ、彼女に任せておけば大抵解決すると思うよ」

「前はどんな仕事してたんですか?」

「それが、教えてくれないんだよ」


「啓太、ぶつぶつ言わないで、ちゃんと聞こえるように話しなさいよ」

「ロコさま、すみません。ただの雑談です」


「ところで、そのSDカードは?」

 路子はテーブルの上にあるSDカードを指さした。

「そうそう、すっかり忘れてました。これは金田さまの車に付いていたドライブレコーダーの動画ファイルです。今ここで見て見ましょうか?」

「そうしましょう」

 熊田は自分のパソコンを取りに応接室を出た。


 早苗と正夫は、

「やだわー、あの事故の映像と火傷の場面を見るの。今日は災難続きだったわね」

「あーあ、あの赤い車抜こうとしなけりゃ良かった」


 暫くして熊田がノートパソコンを持って来て、テーブルの端のみんなが見える位置に置いた。SDカードを差し込んで、動画ファイルを検索する。

「金田さま、何時ごろ事故に遭いました?」

「確か一時半ごろだったかな」

 熊田はその時間のファイルを見つけてクリックする。すると、ちょうど衝突する直前の画像が映し出された。


▷▷「やべー、前から大型トラックが来た! ちぇっ、マ〇ダのけつに付くか」

――キキ―。

「あああ、ブレーキ踏まれた!」

――キュルキュル、ガガガッ、ガシャン!


「ここは、飛ばしてタブレットが燃えたところを見ましょうよ」

「そうですね、ここから一時間半後ですから、この辺のファイルかな」

 熊田は今の動画を終了して、午後三時過ぎごろのファイルを開く。


▷▷「映すときは3D画像じゃないのね、あれ? 変なメッセージが出て来たわ」

「どうしました? お嬢さん」

「ただのメッセージかな? ぽん」

「きゃーーーー!」

 ゴツン、カラカラ、カラン――。


「しっかり映ってますわね、凄い勢いで火が出ているわ」

「今思い出すと、体が震えて来たわー」

「早苗、見なくていいよ」

「ロコさま、もうやめましょう」

「もう少し見ていたいわ、熊田さん次のファイルも見せて」


 路子は腕を組んでノートパソコンの画面をじっと見ている。前川はタブレットが出火した瞬間、わなわなと震えあがっていた。

 熊田は周りの様子に構わず、次の動画ファイルをクリックした。


 早苗が左手の指に水を掛けているところから動画が映し出された。


「あ、ちょっと止めて!」

 路子は何かに気づいたようだ、熊田は慌てて動画を一時停止する。


「あそこにいる車に乗っている人、停車してこっちを見ているわ」

「どれどれ、本当だ。現場では気が付かなかったなあ」

 みんながその停止画像に注目した。


「熊田さん、その人の顔を拡大表示してください」

 熊田は画像の倍率を上げ、車に乗ってこちらを見ている人の顔が見える位置に画像をずらしていく。


「あああ、こいつ知ってる奴だー!」


 突然前川が立ち上がって大きな声を出した。かなり驚いた様子だ、口を大きく開けて画像を指さした。


 路子が立ち上がって前川を見る。


「前川さん、この人誰?」

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