第5話 重苦しい会議
次の朝早く、コンソルロコ社の事務所では路子が仕事をしていた。
――カタカタカタ。
八時二〇分、ドアが開いて啓太が出社して来る。
「お早うございます。あれ、机の上が随分散らかってますね」
「タブレットの作り方を調べていたのよ」
「ロコさま、少し目が充血してるじゃないですか?」
「パソコンの製造工程などを調べていたら、ほぼ徹夜になってしまったわ」
路子は昨晩からこの事務所で仕事をしていた様だ。
「そこまで調べる必要があるんですか?」
「当り前よ、ペールキューブ社にいろいろ突っ込んだ質問をするんだから。ちょっとコーヒー淹れてくれる?」
「はい、すぐ作ります」
啓太は部屋の隅に置いてあるカプセル式のコーヒーメーカーの所へ行き、カプセルをセットしてコーヒーカップを置きボタンを押す。たった一分ほどで香り立つコーヒーが出来上がった。砂糖とミルクを入れ、自分の分も作り終えたあと、二つのコーヒーカップを持って路子のデスクの前に戻る。
「はい、美味しいコーヒーをお持ちしましたよ。ところでロコさま、タブレットの出火原因はなんですかね?」
「ほとんどの場合が電池パックの発熱によるものね。燃えたタブレットを開けてみれば、すぐにわかると思うわ」
路子はキーボード操作を止めてカップを持ち、香りをかいでからコーヒーをすする。
「啓太、今日は砂糖の量がバッチリね」
路子は愛らしい右目を閉じてウインクした。
「えへへ、ロコさまの砂糖の分量はしっかり覚えました。ところで、あの燃えたタブレットは、今ここで分解しますか?」
「触っちゃだめよ、ペールキューブ社に持って行ってから開けるんだから」
「今日の予定は?」
「ペールキューブ社の前川さんを訪ねるの、アポイントは取ったわ」
「わかりました」
「あと、この委任契約書をUG保険の熊田さんに書留で郵送しておいてね」
路子は委任契約書を啓太に渡す。
「今日の午後、ペールキューブ社の前川さんの所にも委任契約書を持って行くのよ」
「え、両方に出すんですか?」
「当り前よ、両方ともこの事案の加害者なんだから」
「ロコさま、がめつくないですか?」
「お黙り啓太、それからもう一度ドライブレコーダーの動画を確認しましょう。今すぐ準備してね」
「了解です」
啓太はパソコンを起動し、ドライブレコーダーのSDカードを挿入する。そのあとプロジェクターに接続してホワイトボードに動画を映し出した。
動画は正夫がガードレールに衝突した場面が映し出される。
「えへー、正夫の運転へたくそだな」
「車の事故はどうでもいいのよ、早くタブレットが燃えたところを映しなさいよ」
啓太は午後三時ごろのファイルを探してクリックした。
動画には、三人が並んで映っている。真ん中にいる熊田が、左側にいる早苗にオレンジ色のタブレットを渡す。早苗はタブレットを受け取ると、画面を見ながら突然不審そうな顔をしてから右手で画面をタップした。
「ストップ! 啓太ここからスローモーションで映して」
啓太は路子の指示通り動画をスロー再生にした。
「画面をタップした瞬間に火が出ているようね」
「早苗さんは、画面上に何かメッセージが出て来たって言ってましたよね」
「悪魔のメッセージかしら? ソフト開発の担当者も怪しむ必要が出て来たわ」
「それと熊田さん、随分慌ててますね」
「そりゃそうよ、お客様が火傷したんだから。もう普通再生にしていいわよ」
啓太は普通の速度で動画を再生する。
「あ、ここよ、止めて」
路子は例の不審人物が映っている場面で映像を止めさせた。
「確かにふくよかな顔をしてるわ、体重は八〇キログラム以上ありそうね」
「スンファン電子って中国系でしょ、中国人ですかねこの人」
「この画像からはわからないわ。取りあえず静止画像で顔写真を、ファイルしておいてね」
「わかりました」
啓太は男の顔の静止画像をパソコンのピクチャーフォルダーに保存した。
「あら、もう十時半だわ。啓太そろそろ出かける時間よ、燃えたタブレットとSDカードも持って行くから支度してね」
「ロコさま、承知しました」
路子はデスクに戻り、カバンにノートパソコンを詰め込むと、洗面所へ向かう。啓太は燃えたタブレットを気泡緩衝材(通称プチプチ)に包み手提げカバンに入れた。
路子が戻ってくると髪の毛を手櫛でかきながら、例の言葉を発した。
「啓太、出動するわよ!」
「了解!」
二人は事務所を出ると近くの駐車場まで歩き、例の丸っこい車に乗る。市街地を抜けて埼玉方面へ車を走らせた。
約二時間後、ペールキューブ社の埼玉工場に到着する。入り口で車を止め、守衛所に立ち寄って面会の記帳と入構カードを受け取る。そのあと再び車に乗って、構内の駐車スペースに車を止めた。
車から出ると路子は前川に電話を掛けた。
「コンソルロコの椿坂です。前川さん、今工場に着きました。玄関を入った所でお待ちしてます」
「はい椿坂さま、すぐに参ります」
路子と啓太の二人は玄関を入った所で立って待っていると、前川がやって来て二階の会議室に案内される。その途中、
「椿坂さまに言われたように、関係部署の人たちに集まってもらっています」
「それはどうもありがとうございます」
「ところで、タブレットの出火原因はどうやってお調べになるんですか?」
「ここで調べてもらいますよ、私たちもあのスンファン電子の人がなぜあの現場にいたのか不思議に思っているんです。ですからみなさん、この調査の協力を積極的にお願いしたいわ」
「はあ、わかりました。出来る限りご協力いたします」
会議室には、すでに三人の男と一人の女性が座って待っていた。
早川彰、開発部プロジェクトリーダー。
外山太一、検査部長。
南野健介、検査部主任。
安田奈々子、ソフト開発部部員。
「椿坂さま、今回の事件に関係する人たちです」
前川は、一人ひとり紹介する。路子と啓太は名刺を交換しながら挨拶をして回った。皆、少し緊張した面持ちだ。そして、会議机を挟んで向かい合って座る。
路子が口火を切る。
「まず初めに、このお話の内容はボイスレコーダーに録音させていただきます」
路子は上着の内ポケットからボイスレコーダーを取り出してスイッチを入れ、机の上に置いた。従業員たちは増々重苦しい表情になる。前川は、
「椿坂さまは、被害者の方のお知り合いですが、今回の事故はうちだけの問題では無いとお考えのようですよ」
「今日は、UG保険の熊田さまから依頼されました、タブレットの出火事案についてお話を伺いに来ました」
路子が話を始めると、早川がすぐに反応した。
「私どもが作った製品は、厳しい検査を通って出荷されております。火をふくなどという事は到底考えられませんので、何らかの細工がされていると考えております。ですから、このタブレットを今すぐ引き取って、私たち自身で調べたいと思っております」
「それはダメですわ、第三者が調べる事に決まっておりますので」
「失礼ですが、あなたのような会社で、電子部品の調査などできるのでしょうか?」
「どこか、電気製品の検査委託会社に持ち込むことも考えましたが、手続きが面倒でお金も掛かりますから、私たちの立ち合いの元であなた方の調査を監視することにしました。その方がお互いにメリットがありますでしょ」
「わかりました。ご指示に従います」
「啓太、タブレットを出して」
「はい、わかりました」
啓太は手提げカバンからタブレットを取り出し、会議机の真ん中に置き、タブレット包んでいたプチプチを取り除く。その丸焦げになったタブレットを見たペールキューブ社の従業員たちは、
「おおお、こんなにひどく燃えたのか!」
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