第6話 質問攻め

 ペールキューブ社の社員たちは一様に驚いた様子を見せるが、誰も口を開こうとしない。目の前にあるボイスレコーダーを気にしているからだろう。彼等の様子を窺っていた路子が、すかさず口を開いた。


「さて皆さん。このオレンジ色が焦げ茶色になってしまったタブレット、一体どうします?」


「……どうしますと言われても、中を開けて見ないことにはお答えできません」

 早川があたふたした様子で答える。自社の製品が丸焦げになった物を前にして、追い打ちをかけるような路子の発言に戸惑いを隠せなかった。


「その前に、燃えたところを見ましょうか。啓太、動画の用意をして!」

「了解しました!?」

 啓太は路子のサドっけが発症して来たと思っている様だ。

 路子のほうは、畳みかける様にペールキューブ社の開発陣にプレッシャーを掛けるらしく、顎を引き少し上目づかいになって従業員たちを見回している。


「前川さん、プロジェクターを今直ぐにここへ持って来てください」

「は、はい。ただいま持って参ります……」

 前川は腰が抜けたような体勢になっていたが、学校の先生に言われてすぐに行動しなければならない生徒のような心理状態になっているのだろう。ふらつきながらドアを開けて会議室を出て行った。


 沈黙の会議室の中、前川が戻って来た。誰も声を発しない会議室の中で、前川はプロジェクターをセットしたあと会議室の電気スイッチの所へ歩いて行った。啓太は何食わぬ顔でパソコンにプロジェクターのケーブルを差し込み、SDカードの動画ファイルを開いた。


「それでは皆さん、火炎ショーが始まるわよーっ」

「ロコさま、そんな事言わなくても……」

「お黙り啓太、さっさと動画を再生する準備しなさい! そうね、燃える直前から映してあげてね」

「はいはい、わかりました」

「前川さん、電気消してください。啓太、動画をスタートして頂だい」

「は、は、はい」

 前川は電気を消し、啓太は動画のスタートボタンを押した。


▷▷「映すときは3D画像じゃないのね、あれ? 変なメッセージが出て来たわ」

「どうしました? お嬢さん」

「ただのメッセージかな? ぽん」

「きゃーーーー!」

 ゴツン、カラカラ、カラン――。


「おおおぉ」

 会議室内に動揺する声が行きかう。


「啓太ストップ!」

 路子は動画を停止させた。

「前川さん、電気を点けてくださいな」

 会議室の電気が点き明るくなると従業員たちは手で目を押さえたり、下を向いていたりしていたのが見える。みんなは明らかに動揺している。


「さてみなさん、ご覧の様にこのタブレットは激しく火をふきました。あれがタブレットの裏側から出たから良かったですが、もし、正面から火をふいていたらどうなっていたと思います? 早川さん」

「……」

 路子は右手の人差し指を早川の目元に向けて突き出した。早川は路子の指先を見つめたまま固まってしまった。それを見て、路子はすかさず右足のフラットパンプスの先で啓太の左足のすねの横を軽く蹴った。何か啓太に、この膠着した状態を和らげる様なフォローを促している様だ。


「うっ、ロコさま……そんな言い方をされたら、みなさんがしゃべれなくなってしまいますよ。早川さん、私たちはまだこのタブレットの火災が欠陥によって起こったとは思っておりませんので、どうぞご心配なさらないでください」

「……うむ、確かにひどい燃え方ですね。あまり大きな事故にならなくて良かったと思います。ただ被害に遭われた女性がタップした瞬間に燃えだしたのでびっくりしました」

 早川が返事をした途端、

「私は変な細工などしていません」

 ソフト開発の安田奈々子が、ひっくり返った声で言葉を発した。それを聞いた路子は、奈々子に優しい顔になって尋ねる。

「安田さん、この3D動画撮影アプリ―ケーションの開発を担当している方ですね」

「はい……」

「このソフトの中に操作ログの保存機能はありますか?」

「いいえ、搭載していません」

 奈々子は毅然とした態度で答える。

「そうしましたら、火をふく直前のメッセージはわからないのですか?」

「ええと、あのタイミングなら十個くらいは特定できるかしらねぇ」

 それを聞いて、路子は急に態度を変えた。

「試作運用の端末なのになんでログを残さないのよ、あたしの作ったソフトは絶対に不具合は出ないと言いたい訳?」

 と言いながら奈々子の顔色を窺う、奈々子がひるんだ様子を察した路子は、再び啓太の足を蹴った。

「ロコさま、そんなに怒らなくてもよくなくないですかぁ。この方は火災事故が起こる可能性をソフト的にちゃんと調べてくれますよ、ねえ安田さん」

「はー、はい。直ぐに調べます」

「わかりました、安田さん。報告書を書いて出してね」

 路子は目をパチパチさせて、また優しくなった。


「あのー、このタブレットの中を開けて見て頂けませんか? 椿坂さま」

 早川は会議が始まる前と変わって低姿勢な態度に変化している。


「その前に大事なことを聞きたいの。前川さん、昨日の朝このタブレットをUG保険の熊田さんの所へ持って行って交換した人はわかりましたか?」

「えーと、あの……」

 前川はもじもじしだした。

「私が持って行きました」

 検査部主任の南野健介が急に立ち上がった。

「あら、やはりこの会社の方だったんですね、UG保険に新しいタブレットを持って行った人は。どうして前川さんに持って行くことを教えてあげなかったのですか? 前川さんはタブレットを交換したことを知らなかったんですよ」

「それはそのー、……部長に聞いてください」

 南野は、椅子に座ると検査部長の外山太一に話を振った。目を閉じていた外山はゆっくりと目を開ける。


「前川君は信用できないんですよ」

「はあ? 何が信用できないのですか、外山さん」

「ある事ない事しゃべるんで、彼に説明して交換してもらうと余計な事まで話すんでね、うちが持って行くことにしたんです」

「この会社は、営業部と検査部の仲が悪いのですか? あり得ない話ですわ」

「そうではありません、検査の人間が直接持って行くほうが、お客様に安心して交換して頂けると思ったんです」

 早川が口をはさんだ。

「ちょっと前川さん、のけ者にされてるんじゃない?」

「……そんなこと無いと思いますけど」

 前川は下を向いてしょんぼりしている。


「ところでどんな不具合があって交換したんですか、南野さん」

「はあ、3D画像処理ユニットに問題があると言われたんです」

「どなたから言われたんですか?」

「画像処理ユニットを製作している外注の技術者から」

「え、このタブレットの目玉となる機能の3D画像処理ユニットは、外注製作なんですか?」

 路子は大げさに呆れた顔をしている。

「じゃあ、あなたたちはただのタブレットを作っているだけなのね」

「……」

 みんな黙り込んだ。


「その外注の技術者はなんて言ってました?」

「CPUの放熱に問題があって、ハングするって言ってました」

「ハングするなんて専門用語を使って私たちをはぐらかそうとしてるの、あんた」

「すみません、ユニットの中に組まれたソフトが停止するという意味です」

「その外注の会社の名前と技術者の名前を教えてください」

「秩父にあるラボトライ社の里中さんです」

「あとでその方の名刺のコピーをくださいね」

「わかりました」


「それではみなさん、このタブレットの中を見てみましょうか」

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