第十三話 ロングドライブ:バイナリーカウボーイズ

「何でまたこのメンバーなんだ」

 後部シートのひとつながりを独占したチャリオットがぼやいた。まだフースークの目的を知る前にもこの三人とおまけの一人は一緒だったのだ。

 その際はアマルガムオルタの物理部隊を躱し空路と陸路で大陸を横断した。思い出すのもうんざりするような酷い旅だった。

「チームワークが良いからでは?」

 振り返ったシリウスは相変わらずの好青年ぶりを発揮して答えたが隣のシンはにべもない。互いに正体を知ってから特にシンはチャリオットにつれない。

「あんただけじゃ頼りないからに決まってるでしょ」

 おまけの一人は立体映像だ。チャリオットの隣で意地悪く笑う。

「歳上をあんたなんて呼ぶな」

 チャリオットがレイνに憮然として言った。

「おじさんのくせに」

「おじさんもやめろ」

 チャリオットが小言を並べ出しレイνは子ども扱いするなと噛み付いた。またいつもの騒動だ。この二人も全然懲りない。

「賑やかで楽しいですね」

 微笑みかけるシリウスにシンは深い溜息を吐いた。

 ファミリードラマは苦手だった。


 ミラーグラスの偏光を差し引いてもカートの外は灰色に霞んでいた。遠く拓けた広大な大地はおよそ生きた人の匂いがない。自己補修型幹線だけが荒野に渡されている。

 周囲に起立するビルも建屋も人を無視した構造だ。一帯の八割がボットとパペットで自走化されている。ここは既に無人の荒野に開拓されたサーバ都市群の一画だ。

 三人の目的はウエットスケープ側にブルワーク侵攻の足掛かりを作ることにあった。

 アマルガムオルタによって隔離されたブルワークは公的なアドレスを失っている。嗅ぎ回る無数のハッカーも未だアクセス経路の発掘には至っていない。

 アマルガムの秘回線は強固だ。おそらく半ば物理的に隔絶されている。ブルワークの基幹システムは旧世代の独立型メインフレームであり、物理的な接続を絞られると侵入は難しい。

 ただアマルガムオルタのそれとは異なりブルワークのメインフレームはおよその位置が特定できていた。それがこの巨大サーバ群だ。

 詳細位置の発掘は物流ラインから関連施設を辿りブルワークそのものではなくそれを擁する施設を探し出すことで足りた。そこまではデスクワークだった。

 フースークの用意した情報に基づいて一帯の状況を検討した結果、侵入には物理工程の方が効率的だという結論に至ったのだ。

 そこで白羽の矢が立ったのがこの三人だ。ウエットスケープでの荒事にも慣れているというのが理由だ。本物の軍隊に比べれば素人に毛の生えた程度でしかないが。


「着いたぞ。しばらく大人しくしてろ」

 カートが路肩に停まるとチャリオットはレイνにそう言い残し、さっさとハッチを潜って外に出た。彼にしてみれば勝てない口論から逃げ出したい一心だろう。レイνは急に不安な目をしてチャリオットの背中を見送った。シリウスがレイνに頷きかけ、後に続いた。

「面倒は見る」

 シンは小さくそう呟いて外に出た。

 半ば大地に突き刺さった直方体が三人の視界を埋めていた。耐候耐震を主眼とした複合殻の中にいくつもの量子演算機が収められた建造物だ。

 一群ごとに電力、電信、メンテナンスのターミナルが付随しており、そのひとつひとつが巨人のために設えられたような大きさだった。

 ウエットスケープの工業建築は今や人への配慮を切り捨てたものも多い。自律機械による無人化以降こうした巨大施設は機械のための機械、工場のための工場と割り切って造られていた。人を考慮すること自体が無駄なコストだからだ。

「おおむね情報は正確ですね」

 視界の表示に衛星からの情報を照らし合わせてシリウスが告げた。

「ただの金持ち、な訳はないな」

 チャリオットが呟いた。揶揄した相手は勿論フースークだ。

 よしんば彼の職務が自身の言葉の通りであったとして戦略規模の手段を保持しているなどあり得るだろうか。

 フースークの正体は不明だがベル・クレール財団の要職でカケルの後見人となれば確かに軍務に繋がりがあってもおかしくはない。カケルの父、風間博士が軍事技術で身を立てたことは周知の事実だ。

「廃棄品の衛星を持て余した人がいて処分を引き受けたらしいですよ?」

 シリウスが天使のような笑顔で応えた。

「それって有効活用って言うんでしょうか」

 こう見えてシリウスは無邪気に辛辣だ。笑顔の下の本音はたいそう見え辛い。

「軌道兵装は旧時代の流行りだ。さぞかし処分品は多かっただろうな」

 応えたシンの言葉には呆れと懸念が半分ずつあった。このような代物をフースークはあとどれほど隠し持っているのだろう。

 軍事兵器の示唆する脅威は心情的な影響も大きい。これは個人の手に余る。アマルガムを向こうに回すなら国家規模の暴力も必要ではあるのだが。

「メインフレームの物理位置か」

 チャリオットは無意識に肩を竦めた。走った怖気を誤魔化すためだった。

 相手がアマルガムオルタならメインフレームはテロの対象になり得る。位置情報の公表は致命的だ。例え複数あったとしても物理的な被害が出せるなら充分だ。

 対抗勢力にとっても、取引材料には十分過ぎる。

「これも廃棄品かな」

 カートからアタッシェケースを引っ張り出しながらシリウスが呟いた。ケースの中にはナノボットの詰まったシリンダが収まっている。

「これだってそうだろ」

 チャリオットは胸を叩いて見せた。着衣もケースも電子迷彩処理が施された軍用品だ。もっとも自分には皺だらけのコートの方がよほど性に合っていた。


 三人はさながら巨人の住処に迷い込んだ子供のようだった。周囲の施設はあまりに大きく、人を無視して造られている。高く中央に聳えているのはきっと豆の樹に違いない。

 だからこそ巨人の裏をかく術もあった。

 電子的に先鋭化された防御機構は物理攻撃に手を抜く。さらに攻撃と対処は同規模だ。備えているのはテロと災害であって人間サイズの工作は相手にしていない。

 企業の備えにはコストバランスが付き纏う。シリウスの背負ったケースの中身はその限界を突いている。これは無数のナノボットだ。

 施設に侵入した群体が増殖しながら各所に中継拠点を作り続ける。個別には除去も可能だが相対的に対応の困難な侵入起点を作り出す。

 物理的なコンピュータウイルスは対応が面倒だ。

 簡単に言えば三人の役割はその散布だ。残念ながら無人化の進んだ街にはフリーの宅配便がない。わざわざ訪れなければならなかったのはそのためだ。

 メンテナンスと警邏の順路を回避しながら、三人はターミナル施設に近づいた。視覚監視はそこかしこに置かれているが今のところ電子迷彩は無事に機能しているようだ。

「まるでファントムだな」

 身体は幾重にも擬装されているが電子迷彩は回路上で対象を透明化しているため原理的にチャリオットの喩えは間違っている。

 例えアナログ映像であっても人が見ない限りファントムは認識できない。ファントムの不可視はあくまで人の認知上の問題だからだ。

「レイちゃんには見えるんですよね?」

 振り返ってシリウスが訊ねる。

「目が良いんだ。いらんモノにばかり目敏い」

 チャリオットは呻いた。彼が骨董品と主張するガラクタを見つけ出しては勝手に処分してストレージを空けようとする。

「機械的な解釈ではファントムが見えない。彼女の情動が人と同じだからだ」

 シンが意地悪く口をはさむ。

 チャリオットは口には出さないが彼が正面切ってアマルガムと事を構えたのはレイνのためだ。要因を根本から消さない限り、彼女は追われ続ける。

「レイが他のニュートと違うって?」

「根本的に」

「だからあんなに生意気なのか」

 チャリオットがどこまで本気で言っているのか見極めようとしたもののシンはすぐに諦めた。レイνはともかくチャリオットの心理など対象外だ。

 そこまで深入りしたくはない。

「そうかも知れませんね」

 シンが吐息をひとつ洩らして応えるとチャリオットは視線だけを投げ返した。

 前を行くシリウスが立ち止まり二人に身体を低くするよう伝えた。目に見えない走査線が頭上を横切っている。

 合図で走ろうとした刹那シリウスがくしゃみをした。

 三人が中途半端な姿勢のまま凍りつく。

「失礼しました」

 言って、シリウスが手招きした。

「器用だな」

 気の抜けた生理反応に戸惑うシリウスを横目にチャリオットが感心したように呟いた。

 目指すターミナル施設には数少ない人間用のハッチが点在している。ただしその先も機械の自由度が優先されているため、奥に入れる訳ではない。

 機械同士の相互メンテナンスが主流のいま人の介在する状況は却って非効率だ。そうと分かっていても一部には根強い不信感がある。あるいは一種のパラノイアか。

 人間不在の合理化された街。レイチェルのクォンタムスケープも現実世界はこんな風になるのだろう。残った人の痕跡などせいぜいが形ばかりの点検孔だ。

「ここでいい」

 物資搬入口の傍らを指してシンが言った。人間サイズの外部コンソールが設置されていた。通り一遍の清掃が施されただけで使用された形跡はない。

「使えんのか?」

 シンは無言でコンソールの埃を払い有線リンクを接続した。

 ニュートの心理学者が患者に聴診器を当てている。チャリオットは隠れて笑った。もっともシンの目的は豆の木の上の巨人から歌うハープを奪うことだ。

 シンはインターフェイスとなる二次人格にコードとロジックの双方から揺さ振りを掛けた。説得もしくは言い包めるに等しい。ハッキングと言うより詐欺師の部類だ。

 傍らのシリウスがケースからシリンダを取り出した。床に並べて確認し、手早くシールを剥がして行く。ケースの残りをまとめるとチャリオットに押し付けた。

「では、後で」

 そう声を掛けするりと駆けて行く。ウエットスケープでさえ無駄のない動作は流石だ。

 所在なげにアタッシェケースを下げチャリオットはシンに声を掛けた。

「おまえ何で今回の件に乗った」

 ハック中なのだが? とシンが視線だけを向ける。チャリオットは気にもしていない。変なところは繊細な癖にシンには無遠慮だ。

「やっぱりあれか先生の言ってたことが気になるのか」

 彼の言う先生とはアリアン・レクターのことだ。初めて顔を合わせたときアルビオンの過去を指摘されて以来チャリオットはアリアンに苦手意識があるらしい。

 シンは答えずコードに意識を向けた。喋り掛けては来るもののチャリオットの視線も周囲を警戒している。

「奴らが素材にしてる記録って先生の言ってたスノーボールのことだろ?」

 シンは舌打ちを堪えた。アニマの数語からよくもそこまで思い付くものだ。

 アリアンがレイチェルの許で見たのは人格ダウンロードの別アプローチだ。スノーボールと呼ぶその中には恐らく真琴を含む無数の人格がコード化されている。

 一〇年前に造られたと言うのに仕組みも理解が及ばない。まるでオーパーツだ。アリアンはそう言った。

「そんな物があるなら抹消する」

 チャリオットが視線を向ける。シンは自分の洩らした言葉を無視した。

「まあメインフレームの扱いはご自由にって話だからな。とりあえず俺は行きがけの駄賃を漁るつもりだ。邪魔はすんなよ」

 真意を測りかねて振り返るとにやけたチャリオットと目が合った。

 シンは舌打ちして再びコンソールに意識を集中した。この男は邪魔をしたいのか。

「開けるぞ」

 抑えたつもりだが言葉は少し強く跳ねた。

 チャリオットは大型搬入口に視線を戻しハッチの前の路面を眺めた。

 ふと微かに目を眇める。視界に定期搬入スケジュールを引き出した。残された移動跡を数値と見比べる。

「歓迎してくれるみたいだぞ」

 重機サイズの搬入口が気圧差の吐息を吐きながら開いて行く。向こうは物資集積用のホールだ。本来なら大型カーゴが幾台も並ぶ広い空間がある。

「なるほどね」

 覗き込んで、シンも溜息混じりに呟いた。

 ホールの中にびっしりと並んだ警備ボットが一斉に二人を振り返った。

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