オムニバース
marvin
第一話 グランドプロローグ:ハンマーガール
ひとつに揃った地響きを立てて、白い重機が行き過ぎた。大人よりずっと大きくて、重くて硬くて厳つくて、建物だって簡単に壊せそうなフレームだ。実際、治安隊のインターセプタなら非破壊オブジェクトも条件付きで解体できるに違いない。
壁だけ残った建物の影に身を潜め、ツバサは肩を寄せるその子の手を強く握った。今日、知り合った女の子だ。ツバサに声を掛けてくれた。友達になろうと言ってくれた。この子はニュートだ。それが役目だ。だけど今、治安隊に追われている。
治安隊はこの街のニュートがみんな壊れてしまったと思っている。都市サーバの大規模汚染でアジモフコードが歪んでしまったのだ。危険、危険、治安隊はそう叫んで回っている。だからもしも捕まったら、きっとこの子も壊されてしまう。
首を伸ばして通りを窺うと、インターセプタを連れた女の人が歩いて行く。青い髪を二つに結んだ小柄で怖い目をした人だ。インターセプタと同じ色の制服を着ている。
治安隊はクラッカーを取り締まる。けれどこの街にはハッカーも多くて、きっと区別が付いていない。だからみんな捕まえようとするのだ。壊れたニュートも一緒にだ。
不意の悲鳴にびくりと身を震わせた。友だちと二人、焦げ臭い壁に身を摺り寄せる。
インターセプタが通り過ぎ、通りの向こうに赤いマスクの男の人が引きずられて行った。青い髪の女の人の前に放り出されて瓦礫の中に乱暴に踏みつけられた。
あれはこの街のホロにいた人だ。バトルハッカーのヒーローだった。ぴったりしたタイツが気持ち悪いとツバサが言ったらファンの人に追い掛けられたっけ。
そのヒーローが今は涙と鼻水で顔を泥だらけにしていた。
「話が違う。違うじゃないか。どうして俺までこんな目に合うんだ」
耳を塞ぎたくなるような命乞いに気取られて目の前の影に気づくのが遅れた。ロイコサイトが飛んで来る。それは両手で作った環ほどの球で、真っ赤な目がひとつ付いている。見つかったらあっという間に治安隊が集まって来る。
ツバサは友だちを庇って身を竦めた。
大人の影が二人の前に立ってロイコサイトを追い払った。
もじゃもじゃした髪の不精髭の人だ。でもその気崩した服が青い髪の女の人と同じ治安隊の制服だと気付いてツバサは慌てて友だちを背中に隠した。
その人はツバサを振り返り、一緒にいるニュートを見て目を丸くした。ツバサに丸い缶バッジのマーカーを手渡すと、びっくりするくらい悲しそうな顔をした。
「それを付けてターミナルへ、その子も一緒に」
ツバサに瓦礫の向こうを指差すと男の人は通りを向いた。
「まだ諦めてない連中がいる。退避できるまで逃げ続けろ。きっと助かる」
小声で言って歩いて行った。
「やあアニマ、そんな小物を捕まえてどうする」
青い髪の女の人に声を掛ける。
「貴様、よくものうのうと……」
ふと、誰かが走れと言ったような気がした。ツバサはそれに背中を押されて友だちの手を引いて駆け出した。今なら近くにロイコサイトも飛んでいない。二人は傷だらけの壁に身をこすりつけるようにして瓦礫に向かって飛び出した。
街は酷い壊れ方をしていた。色取り取りの看板も、少し羽目を外した露店も全て、まるで誰かの怒りを買ったように執拗に踏み荒らされていた。
抵抗した人も、逃げ出した人も、みな治安隊に捕まった。ニュートは疑似人格ごとバラバラにされ、フレームはカーネルをから個体情報を抜かれてしまったうのだ。
ようやく見えたターミナルディスクには人々が寄り集まっていた。ひと塊になって息を殺し怯えた目で前を見つめていた。インターセプタの大群が迫っていたのだ。
ツバサの駆ける歩調が遅くなる。疲れるはずはない。本当の身体を使って歩いているのではないのだから。体が重いのはきっと絶望しそうだから。心が負けそうだからだ。もう一度ツバサは友だちの手を強く握った。
この子を助けると約束した。この子にも、自分にもそれを約束した。それだけは守らなければならない。絶対に。あの日、あの人がそうしてくれたように。
不意にツバサと友だちの肩をかき抱き、きらきらした緑の瞳が間近に覗き込んだ。
「よく頑張った。もう大丈夫」
愛らしくて凛とした大きな目をした女の人が二人の髪を撫でてそう言った。立ち上がり、未なの前に出て迫るインターセプタの大群に対峙する。
黒の衣装に赤いマフラー、緑の髪が揺れていた。はらりと白いものが散る。気象設定が壊れたのか、気づけば花弁のような雪が舞っていた。
「あとはボクにまかせろ」
たん、と長い柄を地面に突き、女の人は見上げるようなインターセプタの群れの前に立ちはだかった。手にした柄の先には鎚がある。紅い鋼のハンマーだ。
「死んで花実は咲かないが、ボクらの正義は決して枯れない。このハンマーは泣く子の味方だ。砕かれたいなら、さあかかって来い」
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