第十八話 グランドエンディング:ハンマーガール
「えっと、それじゃ今からバウンティスコアを始めるね」
パネルの中の少女が宣言した。旧時代のベースボールキャップを目深に被り青いスカジャンを羽織っている。緊張した表情を誤魔化すように少女は少し拗ねたような目線をカメラに向けた。
「今日は先に臨時ニュースから、です」
ナビゲータの代替わりから暫く。バウンティスコアはこの舌足らずでぶっきら棒な案内が何故か絶大な人気を博していた。
アマルガムオルタの幹部交代以来、ドライスケープの混乱に乗じたクラッカーが、そしてヴィジランテたちが復活し世界は再び騒々しさを取り戻していた。
休止状態にあったバウンティスコアはモジョ・ハニーの事件でひと騒動あり今の運営に落ち着いている。その折に突然の代役を任された少女が後続のスポンサーに押し切られる形でメインナビゲータを務めていた。
「えっと」
ポケットに突っ込んだ手を探り丸めた紙切れを引っ張り出した。拡げて内容を確かめる。物理的な情報ガジェットの後ろには稚拙な猫の絵が書き殴られていた。
「カッパコートは今、ゾンビで一杯だから、近づいちゃダメ、です」
うえっと、顔を顰めて見せる。
「まだ誰かいるかも知れないけれど、ディザスター指定だからね」
ふん、と鼻を鳴らして肩を竦める。
「まあ、わざわざそんな所に行くなんて、余程の間抜けか、」
仔猫のような目でカメラを見て微笑んだ。
「本物のヒーローだけだと思うけど」
斜面を埋める無数の建屋。上下に入り組んだ複雑な小径。古い港町を模したカッパコートは今ブロークの群れに占拠されている。
原因は懐かしくも始末の悪いディザスタークラスのウィルスだ。感染したブロークは人もニュートも見境なく襲い掛かる。
二人の子供が路地裏を走っていた。手を引いて、引かれて、必死に逃げている。
潮の音と呻きと大勢の足音。遠くにまだ正気の人の悲鳴が聞こえる。二人はこの街で出会った友だちで、一人はニュートだ。
街に帰属するニュートには移動制限がありターミナルを経由しなければここを出ることができない。斜面の下の広場の先に二人の目指すステップディスクがあった。
物音と悲鳴に怯えながら二人は必死に走った。迂回して、迂回して、あの角を折れた先。だが広場は正気をなくしたブロークの群れで埋まっていた。
立ち竦む二人に一体が気づいた。伝播して群れが二人を振り返る。ざわざわと稲穂が風の形を作るようにブロークたちは二人に向きを変えた。
悲鳴を呑み込み絶望に立ち尽くし、それでも二人は互いを励ますように強く手を握った。
不意に間近のブロークが消え失せた。直立した姿勢のまま真後ろにひっくり返って動かなくなった。
二人を覗き込んでいた虚ろな顔にハンマーが減り込んでいた。長い長い柄の先が空を指して揺れている。
「よく頑張った」
二人の髪をふわりと撫でて優しい声がそう言った。蒼い螺鈿の瞳の少女が二人を庇って前に立つ。不敵な笑みを浮かべてブロークの群れと向かい合った。
鋼の小手と鋼の靴。黒革の短いベストと短いカート。栗色の髪の下に長い真紅のマフラーが靡いている。
「けっこう一杯いるね」
ボクはブロークの群れを見渡して呟いた。でも怖くはない。負ける気なんてしない。
〈遅刻は確定だな〉
頭の中で抑揚のない声が囁いた。こんなに恰好良く決めたのに、まるで反応がない。確かに真琴ちゃんの治療に遅れるのは問題だけど、こっちだって放っておけない。
〈教授とシンへの言い訳は、自分で考えることだ〉
ロビイくんは素っ気ない声でボクを見捨てた。でもボクは知っている。
「一連托生でしょ?」
相棒はいつだってボクの味方だ。ボクはベストの内側から白い仮面を取り出した。
〈人使いが荒い。待遇改善を求める〉
「人になってから言ってみてよ」
ため息のような言葉を聞き流してボクは仮面を頬に押し当てた。
指先が頬を突く。ボクの背中に影が押し出された。
隻眼の白い仮面が顔を上げる。まるでボクの背を抱くように、ファントムは後ろに佇んでいるはずだ。今はまだ、うすぼんやりとしか見えないけれど。
ボクらに慄いてブロークが仰け反った。同じ動作が連なって延々と一群に風紋のような跡を残して行く。
腰に手を当て薄い胸を張って、ボクは高らかに声を上げた。
「ボクらは泣く子と正義の味方だ。さあ、砕かれたいなら掛かって来い」
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