第20話

 ルナを止めるべく声を上げようとした、その直前だった。AMMが、拳からバルカン砲を撃ち始めたのは。

 俺を乗せるべく差し伸べられた右手。その反対側、握りしめられた左手の指の関節から、銃口が露出したのだ。


「ルナッ!!」


 叫びながらも、俺の頭の冷静な部分は既に分析を始めていた。それでも、あんなところに武器が仕込まれているとは想像もつかなかった。新型AMMは、対人性能が格段にアップしていると評価せざるを得ない。


 ルナはと言えば、咄嗟にバルカン砲をかわし、サイドステップでAMMの側面に回るところだった。しかし、


「ッ!」


 その足捌きは停止を余儀なくされた。政府軍の地上部隊が、一斉にルナに向け銃撃を開始したのだ。AMM後方に回り込み、その脚部を盾にするルナ。だが、危険は上部にもあった。

 旧型とはいえ、AMMを操縦したことのある俺なら分かる。今ルナがいるのは、ちょうど跳躍用バックパックの真下なのだ。ここで跳躍、すなわち高温の排気が行われたら、火傷では済まされない。


「ルナ、上だ!」


 と、俺が叫ぶが早いか、人影が飛び出してルナを押し退けた。


「少佐!?」


 隣にいたモーテンが、驚きの声を上げる。ルナがバックパックの魔の手から逃れた、まさにその瞬間だった。紅色を帯びた煙が、人影の頭上から噴出された。謎の人影は火だるまになり、地面をのたうち回る。

 あまりの事態に、俺は口を利けないでいた。


《さあ、アダムス少尉!》


 AMMの圧倒的存在感に押され、俺は一歩、歩み出た。巨人の足の間から、向こうを覗き見る。そこには、膝を地に着き、サファイアを握りしめて泣き叫ぶルナの姿があった。

 大剣を投げ出した彼女は、年相応の少女にしか見えない。ルナを突き飛ばしたのは、そして黒焦げ遺体になったのは、おそらくバセット少佐だろう。


 これ以上、俺のせいで犠牲者を出すわけにはいかない。俺は急いでAMMの右の掌に乗った。安全のために寝そべって、握りしめられる形になる。


 その時、何事かの絶叫と共に、無造作に飛び出す影があった。ルナの母親、マーツだ。胸元に青い、清浄な輝きが見える。

 しかし、バックステップを図って引き上げられた巨大な足が、無惨にもマーツを頭から踏みにじった。


「あ……」


 俺はもう、自分がどこで何をしているのか、分からないほどの衝撃に打ちのめされた。


「お、おい、何をやってるんだ!? 俺を回収するだけ、って言ったじゃないか!」

《しかしその前提として、妨害勢力は排除しろとの命令だ。我々は間違っていない》

「だ、だが!」


 と、つっかかろうと試みたが、そんな基本条項は俺の頭に叩き込まれている。俺が躊躇えば躊躇うだけ、被害が大きくなる。ここは俺が、素直に政府軍に捕縛されるしかない。

 流石に政府軍もやりすぎたと思ったのだろう。カーティン親子を跨ぐようにして、AMMは二、三歩引き下がった。上から見ると、歩兵部隊も包囲網を解いていくのが分かる。


 こうして、まともに戦闘できないブルー・ムーンの面々の目の前で、俺を手に乗せたAMMは大型輸送機に乗り込んでいった。


         ※


《目標の奪還に成功。繰り返す。目標の奪還に成功》

《了解。本機は直ちにアールスへ向かう。現地の状況は?》

《夕方にはあらゆる通信網のジャックが可能。全国民向けメッセージの原稿は手配済み》


 などなど、あたりは騒音に埋め尽くされていた。

 AMM輸送機のドックにて。俺は静かに床に降ろされ、再び直立する新型AMMを見上げていた。しかし、それは他に見るべきものがなかったからであって、俺は心ここに在らずの体を成していた。


 あの後、皆はどうなった? 政府軍地上部隊の様子からするに、ブルー・ムーンの戦闘員たちがあの場で全滅させられたとは考えにくい。ではどうして、あの絶好のチャンスを政府軍は見逃したのか?

 いや、それでも、ようやく本隊と合流したバセット少佐とその妻の殺害に成功した時点で、ブルー・ムーンの士気を挫くことには大いに成功したと言えるかもしれない。


 問題は、ルナのことだ。父親である少佐と、母親であるマーツを喪い、今はどんな気持ちなのだろう。今は戦時だ。ルナを笑顔で迎え入れる近親者がいるとは思えない。

 かつてモーテンが言った通り、ルナは自殺してしまうかもしれない。あるいは自棄になって、政府軍と刺し違えるか。


 さらに言えば、リフィアのこともある。八年前には目の前で両親を、そして今日は兄を殺されたのだ。あの年齢で、まともでいられるはずがない。気を失ったまま、目覚めないかもしれない。


「はあ……」


 気づけば、俺は整備ドックの片隅に置かれたソファに腰かけ、両手で顔を覆っていた。

 泣いていたわけではない。涙すら出ない状態だった。

 家族を喪う、というのがどういうことか、正直、実感できない。ルナたちに感情移入しきれないのだ。

 きっと想像を絶する悲劇なのだろうとは思うのだが、記憶にも残っていない両親の死のことを考えるに、自分にそれを理解しろというのは無理な話だと思う。


 悲嘆にくれる俺の名が呼ばれたのは、一体何時間経ってからのことだったろうか。


「リック・アダムス少尉!」

「あ」


 俺は間抜けな音を声帯から発しながら、声のした方に顔を向けた。


「隊長……!」


 初めてAMM小隊としてブルー・ムーンのパワー・プラントを襲撃した際の隊長が、複雑な笑みを浮かべて立っていた。


「無事か? リック」

「は、はッ。負傷はしておりません」

「それは何よりだ。で、そろそろ時間なんだ。一緒に来てもらえるか?」


 時間? 何の時間だ?


「いや、でも」

「さ、こっちだ」


 有無を言わさぬ様子の隊長の口調に、俺はようやく腰を上げた。


 連れていかれたのは、輸送機内の前方、キャットウォークを登って二階にあたる小部屋だった。


「隊長、ここは?」

「では、私は失礼する」


 すると隊長はくるりと踵を返し、階段を降りて行ってしまった。このドアの向こうに誰が待ち構えているのか? 俺は疑問符で頭をいっぱいにしながらも、『リック・アダムス少尉、入ります』と言ってノックした。


「どうぞ」


 思いの外柔らかな声だ。聞き覚えがある。もしや、この声は。


「失礼します」


 と言って扉を押し開けると、そこはやたらと広い部屋だった。横に長い。そして、輸送機の前方にあたる方から声がした。


「よく無事に戻ってくれた、アダムス少尉」


 俺ははっとした。そこに座していたのは、AMM部隊総司令官、オズルド・ダン中将だった。俺のような一士官からすれば、雲の上の存在と言っていい。

 俺は反射的に背筋が伸びるのを感じた。


「は、はッ! 光栄であります!」

「まあ、難しい話は後だ、掛けたまえ」


 差し出された方を見ると、部屋の中央に四角いテーブルが置かれていた。この期に及んで、俺はようやく、そのテーブルを囲むように佇む屈強な兵士たちに気づいた。


「君には、これを読んでほしい」


 すると、兵士の一人がプリントアウトされた紙を差し出した。

 そこに書かれていたのは、ブルー・ムーンがいかに俺を扱ったかということだ。 しかし、読んでいる間に、俺は自分の眉間に皺が寄るのが分かった。


「自分はこんな拷問は受けていません!」

「見れば分かるよ、アダムス少尉。君は『何故か』彼らに厚遇されたようだな」


『正直に言おう』。そう言って、中将は立ち上がった。


「君には、悲劇のヒーローを演じてもらいたい」

「悲劇の、ヒーロー……?」


 大きく首肯する中将。


「仮に君がボロボロの状態で帰還し、命からがらAMMに救われたのだと言ってくれれば、この戦争はまだ続く。国内の産業、特に軍事産業は潤い、ひいては国自体が裕福になる。これは、国民のためなんだ。協力してもらえるだろう?」


 淀みない言葉に流されそうになりつつ、俺は唾を飲んだ。


「そうやって、またブルー・ムーンに罪を着せるのですか」

「不満かね?」

「はい」


 即答した。周囲の兵士たちがガタリ、と動いたが、中将は片手でそれを制した。

 俺は言葉を続ける。


「自分は、ブルー・ムーンがテロ組織でないものと知りました。そこでお伺いします、中将殿。ステリア共和国内で発生したテロは、政府の自作自演なのですか?」


 俺はキッと中将を睨みつける。だが、中将は意に介さない様子で、『だとしたら、どうするかね?』と一言。


「貴様ッ!」


 俺は我を忘れて、一息にテーブルに飛び乗った。そのまま両足をバネにして、一気に中将目がけて突っ込む。しかし、


「うあ!?」


 呆気なくテーブル上で転倒。兵士の一人に足を掴まれたのだ。ガツン、という鈍い音と共に、鼻先をテーブルに叩きつける。一瞬で鉄の味が口内に広がった。

 目眩がする中、俺はずるり、と引きずり降ろされた。意識が朦朧とする中、別室に連れていかれるのが感じられる。だが、誰も助けには来てくれなかった。

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