第2話
《リック、後方の残敵はお前に任せる! この調子で援護してくれ!》
「了解!」
と答えた直後、爆光で視界が真っ白になった。
「ッ! アラートは鳴らなかったのに!」
『右肩部軽微損傷』との立体表示が出る。俺は右側に腕をかざし、追撃してくる攻撃を防ぎながら、そちらに目を遣った。敵影は見当たらない。だが、確かに攻撃を受けたのだ。この敵を始末しておかなければ、中央を制圧している残り三機に危険が及ぶ。
俺は自機の『耳』を回転させてみた。兎の耳のような形をしていて、ゴーグル状の視覚バイザーでは捉えきれない音波や電磁波を捕捉できる。攻撃は続いているから、何かヒントが得られるはずだ。
「そこか!」
俺は音波探知の結果を見て、合点がいった。
敵はプラント右側の、低い丘の向こうにいる。しかも、使っているのは榴弾砲だ。誘導兵器や中距離火器は視覚バイザーで捕捉できるが、単純な造りの武器ほどその気配を掴むのは難しい。
俺は手近なところに他の敵がいないのを確認してから、右側、三時方向へと駆け出した。
《おい、どこへ行く!?》
「こいつを叩きます!」
俺は一旦右手のグローブを取り、タッチパネルを操作。先ほど耳型センサーで捉えたデータを隊長に送った。すぐに右手をグローブに戻す。
《無茶するなよ、リック!》
「了解!」
続く砲撃。確かに、これは捕捉が難しいわけだ。俺は一旦、わざとコケて、斜面に貼りついて砲弾をやり過ごすことにした。
「ん?」
その間に、いいものを見つけた。作戦開始時に、前衛の二機のうちどちらかが捨てていった盾だ。これなら、ほとんど全身をガードしながら接敵できる。俺はその盾を構えて立ち上がり、そのまま突進を再開した。
丘の頂上に至ったところで立ち止まる。盾に空いた隙間から、丘の下を赤外線スキャン。そこには、迫撃砲が八門、整然と並んでいた。敵の兵士、否、テロリストたちが次弾の装填を急いでいる。
「やらせるか!」
俺は思いっきり盾を放り投げて、二、三門の迫撃砲を潰した。そのまま、一旦マウントしていた機関砲を取り出し、一列に掃射。爆発と共に、一門一門が爆散していく。慌てて逃げ出すテロリストがいたが、
「逃がすかよ!」
俺は容赦なく銃撃した。跡には何も残らなかった。
「はあ、はあ、はあ、はあ……」
一段落して、俺はどっと疲労感に襲われた。人を殺したのが初めてだったからかもしれない。そもそも、戦場に出たのが最初だったから、ということもあるだろう。
俺は的になりやすい丘の頂上を降り、部隊の誰かとの合流を試みた。
《リック、そっちはどうだ?》
「た、隊長!」
《こちらは大方片付いた。無事か?》
「え、ええ、損傷軽微です」
《よし、撤収するぞ。ポイントDに集合しろ。輸送機の到着は三十分後だ。念のためリロードしておけ》
「了解です」
ズン、と地面に空の弾倉を落とし、俺は腰部から次の弾倉を取り出してリロード。駆け足で、チームメイトと合流した。
《よく敵の攻撃を防いでくれた、リック・アダムス少尉》
「は、はい」
《ヒューッ、士官学校出たてのお坊ちゃまかと思ったら、なかなかやるじゃねえか!》
《余計な口を利くな。感謝するよ、リック。で、隊長、今後の計画は?》
サブスクリーンに映った隊長は、しばし無精髭の生えた顎をざらざらと撫でていた。
《リックのように、遠距離攻撃で奇襲される恐れがある。それに、この先はもともと地雷原だ。地雷は除去されたことが確認されているが、取りこぼしがあるかもしれん。慎重に進むぞ》
三者三様に肯定の意を示してから、俺たちはこのプラントを後にした。俺が先頭で、しんがりは隊長が務めている。撤退行動中、最も危険なのは最後尾の人間だと言われているからだ。
また、俺は新人ではあるものの、先ほどの実力が買われて先陣を切ることになった。AMMの戦闘行為は、誰にとってもこれが初めてなのだが。
頭部を振りながら、ボロボロになったプラントの細部を観察する。
あちこちに死体、というか肉塊が散らばっているが、流血はあまり見られない。一瞬吐き気を覚えたが、すぐに目を逸らして嘔吐を回避。シミュレーションではあんなもの見なかった。
視界を広くすれば、あちこちで火災が起きているのが分かる。既に大方が下火で、建物の真っ黒くなった骨格が露わになっていた。それが人間の焼けた死体を連想させたが、これ以上目を逸らすこともできず、俺は前進を続ける。
それにしても、終わってみればあっという間だった。敵の機関砲やトーチカ、蹴り飛ばされたバリケードなどを見ながら、やはりこれは一方的な戦闘だったのだと気づく。腕時計に視線を落とすと、輸送機から降下後、三十分と経っていなかった。
凄い。AMMが、ここまで凄まじい戦果を挙げるとは。
初戦で驚かされたのは、敵は当然だろうが俺たちだって同じだ。流石、我が国が誇る新兵器。隊長の誇らしげな言葉がぐるぐると脳内再生された。
回収ポイントを目指し、月光に照らし出された荒野をポイントDに向かいながら、俺は今日の自分の戦い方を復習した。
《AMM各機へ。こちら輸送機、間もなくポイントDに到着。合流時刻02:45。変更点などあればどうぞ》
《こちら隊長機。作戦は無事成功、各機損傷軽微。計画に変更なし。当初の予定通り、02:45での回収を要請する》
《輸送機了解》
やがて、柔らかな電子音が響き、サブディスプレイに輸送機のマーカーが現れた。敵影はない。俺は耳型センサーの感度を最高度に調整したが、戦車も迫撃砲も対空砲も探知されない。それでも俺は、周辺の探知を繰り返した。輸送機が撃墜されては目も当てられないのだ。
AMMの小隊は、任務が終わればただの金属の塊になってしまう。無論、装甲の硬度ゆえに、すぐに撃破されはしないだろう。だが、小隊全体が包囲されてしまえば、輸送機の着陸は困難を極める。それに、周囲の妨害勢力を倒しきるための弾薬がもつかどうかも怪しい。
まあ、鋭敏なセンサーを有するAMMからすれば、奇襲されても返り討ちにはできるだろうが。
数分後、視覚バイザーが輸送機を捕捉した。目視でも確認できる。俺は先頭に立っているので、視覚バイザーの両脇に取りつけられた小さなランプを点灯させ、こちらの位置を輸送機に伝えた。
ゆっくりと降下してくる、巨大な輸送機。後部ハッチが開放され、俺はゆっくりと輸送機内に足を踏み入れた。AMM回収のための輸送機は、三十メートル近い高さを有する。その中に歩み入り、背中を向けると、輸送機のドックに背後からがっしりと押さえつけられる。いわばハンガーだ。
固定姿勢を取らされた機体の各種センサー、ブースター、火器などのリンクを切断し、動力を落とす。これでAMMは、俺たちパイロットから整備士たちへと託されるのだ。
おっと、その前に胸部のコクピットハッチを開放しておかなければ。そうしなければ降りられない。
ハッチを開くと、すぐにキャットウォークが格納庫の両端から伸びてくる。床面から約十三メートル、ちょうどコクピットと同じ高さだ。俺はようやく狭苦しいコクピットから解放され、タンタンと音を立ててキャットウォークに両足を着いた。
「ご苦労様です、アダムス少尉!」
声をかけてきたのは、爛々と目を輝かせた若い整備士だ。俺も十八歳だから、十分若いと言われるけれど。
気さくに声をかけてくれた整備士に、機体の状況を報告する。
「すまない、右の肩に榴弾砲を喰らったんだ。せっかくの新兵器なのに、傷をつけてしまった」
「水臭いこと言わないでくださいよ、少尉! 全機無傷で帰って来られたら、僕らの仕事がなくなります」
「ああ、そうだな。整備、よろしく頼むよ」
「はッ!」
ちょうど、整備士の後ろに二機目のAMMが乗り上げられてきた。
「ああ、隊長に伝えてくれないか。俺は仮眠室を貸してもらうよ、って」
「了解です! よし、整備班! 基地に戻るまでが作戦だ! 気を抜くなよ!」
すると、その整備士が横から小突かれた。
「いてっ! あ、整備士長!」
「何を言ってるんだ、お前は。俺の台詞だろうが」
「すいません、つい」
そう言って整備士は、ペロっと舌を出してみせた。
「馬鹿もん!」
整備士長が拳骨を見舞う。それから俺の方に振り返り、尋ねてきた。
「アダムス少尉、実戦は初めてだったな。どうだ?」
「どう、と言われますと……」
俺は後頭部に手を遣った。
「まあ、安心しています。無事帰路につくことができて」
「そうか。あとは俺たち整備班に任せて、ゆっくり休んでくれ」
「はッ」
俺は綺麗に敬礼を決めてから、仮眠室へと向かっていった。
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