第9話【第二章】
ルナに導かれながら、俺は自分にあてがわれた部屋へ戻った。俺が捕虜になり、気を取り戻した時に寝かされた部屋だ。
「ん」
顔を背けながら、簡素なドアを指差すルナ。
「お、おう、ありがとう」
俺は取り敢えずの礼を述べて、部屋に入った。何らかのトラップの形跡はないようだ。すると、ルナもまた部屋に入ってきた。
「なんだ? まだ話があるのか?」
「違う。お前の見張りだ」
「俺はこれから寝るだけだぞ?」
「分かっている。だからあたしも、この部屋で眠る」
「ぶふっ!?」
おい。おいおいおいおい待て待て待て待て。
「ど、どうしてお前が俺の部屋で寝るんだよ!?」
「見張りだと言っただろう? これ以上同じことを言わせるな」
「う」
パチン、と音を立てて、ルナは腰元に提げた革製の袋のボタンを開けた。そこに見えた黒いものが、コンバットナイフの柄であることは明らかだ。
「安心しろ。自衛の心得はある」
「い、いや、そういう問題じゃなくってだな……」
ん? やっぱり『そういう問題』なのか? って、何を考えてるんだ俺は。
「ほら、さっさと布団を被れ。お前は緊張続きで気づいていないかもしれないが、砂漠の夜は冷えるんだ」
「お前はどこで寝るんだよ?」
「そこだ」
ルナの視線の先には、太い柱が一本。『それじゃ、うなされるなよ』と告げて、ルナは腰を下ろし、身体を柱に預けた。あぐらをかいて腕を組み、後頭部まで柱につける。俺が何か声を掛けようと思案している間に、ルナは安らかな寝息を立て始めた。
「ったく、何なんだよ、俺の監視役って……」
俺は今更ながら、確かに肌寒いことを意識した。もそもそと布団にもぐり込み、再度ルナの方を見る。
寝ながらにして警戒を怠ってはいない様子で、気難しい顔つきはそのままだ。だが、やはり疲れがたまっていたのだろう、こくこくと舟をこいでいる。
彼女は何と言っていただろう。家族が殺されたことが『はっきり分かっていればいい』と語っていたな。それが分からないということは、つまり、彼女の両親は行方不明。
「はっきり分かっていれば、か」
俺は後頭部に手を回し、簡素な部屋の天井を見上げながらため息をついた。すると、ふっと眠気が脳みその中心部から湧いてきた。やはり俺も疲れていて、警戒心が薄らいでいるのだろうか。そんなことを考えながら、俺はしばし、目を閉じた。
※
ウゥゥゥゥゥゥゥン、という警報によって、俺は叩き起こされた。はっとして上半身を上げ、布団の上に座り込む。目を擦っていると、周囲のざわめきが飛び込んできた。
「敵襲! 敵襲だ!」
「AMMが来るって本当か?」
「とにかく戦闘準備だ!」
すると突然、思いっきり頬を張られた。パチン、といい音が響く。
「ル、ルナ? 突然何するんだよ?」
「遅い!」
それだけ告げて、ルナは部屋を駆け出していった。
こんなにぼんやりしているのは、きっと俺の実戦経験が不足しているからだ。いや、不足どころじゃない。皆無と言っていい。
俺はごしごしと目を擦りながら立ち上がった。そして、一気に現実に引き戻された。耳朶を打ち始めた、金属の擦れる音によって。この基地では、現在戦闘態勢が取られているのだ。
俺はその金属音から、使われているのが三十ミリ機関砲であることを察した。だが、そんなものでAMMの装甲を破壊できるはずがない。とにかく、ここから逃げなければ。
第一小隊は俺が欠け、第二小隊は全滅した。ということは、今攻撃を仕掛けているのは第三、あるいは第四小隊だろう。いずれにせよ、恐らく向かってきているのは一個小隊、すなわち四機。二個小隊を投じた先ほどの作戦で、全機中破という結果を見せられては、政府軍も戦力を小出しにせざるを得まい。
俺に与えられた選択肢は二つ。
一つ目は、この機に乗じてAMM小隊と合流し、部隊に戻ること。だが、赤外線センサーで映されれば、小隊も俺を他者と区別できない。最悪、味方に撃たれて死ぬことになる。
二つ目は、AMMを足止めすること。戦力的には劣っているゲリラ部隊だが、こちらにはルナがいる。一旦小隊を退避させるなり追い返すなりして、どうにか後日、正規軍との合流を試みる。
この場合、俺が一時的にとはいえ、ブルー・ムーンに協力したことを責められることが想定されるが、殺されるよりはマシだ。
「おい、ルナ!」
何か助言ができないかと思い、俺はルナの後を追い始めた。
「恐らく奴らは、俺がいるからって容赦してはくれないぞ!」
「分かってる」
「AMMはだな、主要観測機器が頭部に集中してるんだ。だから、無茶苦茶に撃ちまくるんじゃなくて、上方から攻撃を」
「分かってるって! それが不可能だってことも!」
突然立ち止まったルナの背中に、俺はぶつかりそうになった。咄嗟にバックステップ。するとちょうど、ルナはくるりと振り返った。その目には、これでもかという殺意が満ち満ちている。
「あたしたちにはあたしたちの戦い方がある」
「あんた、また一人でサーベル抱えて突っ込むのか?」
「他に戦いようはないんだよ、リック!」
横合いから声を掛けられた。ガルドだ。そばにはリフィアが控えている。
「AMMの構造は、密偵のお陰で大方把握している。頭部への攻撃が困難なことも。だが、弱点だって知っているんだ」
それが脚部関節だったということか。人間の体格から攻撃できるとすれば、確かに足元から膝下あたり、ということになるだろう。
しかし、それよりも。
「お、おいガルド、リフィアを逃がさなくちゃならないだろう? 戦闘に巻き込んだらどうするつもりだ? それに密偵って、どういうことだ?」
「大丈夫だよ、人質さん!」
「は、はあ?」
俺は間抜けな音を喉から鳴らした。
「ルナお姉ちゃん、負けないもの!」
「いや、それはだな、政府軍がまだルナたちの作戦をよく知らないからであって――」
「大丈夫!」
「お、おう」
「大丈夫なんだよ、人質さん!」
しきりに『大丈夫』と繰り返すリフィア。何の根拠があってそんなことを言うのか。いや、根拠などないのだろう。彼女は幼い。しかし、だからこその直感、というものもあるかもしれない。
いや、それよりも、ルナに対する信頼の方が大きいのか。詳細は分からないが、ガルドとリフィアの両親は『殺されている』。頼る相手を求めたくもなるだろう。ガルドはまだしも、リフィアほどの小さな子供なら。
「お前はどうするつもりだ? リック」
ガルドが睨みを効かせてくる。
そうだ、そうだった。密偵などのことはさておき、今は自分の身を案じなければ。
「じゃ、じゃあ俺は、作戦指揮を補佐する」
「はあ!?」
俺の言葉に噛みついたのは、ルナだった。
「あんた、捕虜の自覚があるのかって」
「さっきも訊いてきただろう? その質問は。答えられないよ、俺は捕虜になったことがないからな。でも死にたくはないし、生きてこの状況を脱したい。そのためには、一時的に協力するしかない」
『だろ?』と付け足し、肩を竦めてみせる。ガルドはしばし、眉間に皺を寄せていたが、やがて
「分かった。ついて来い」
と、俺を先導して歩き出した。
俺の発言に、嘘偽りはない。本当に死にたくない。いや、まだ生きていたいのだ。
※
俺が通されたのは、手狭な空間にディスプレイがずらりと並んだ暗い部屋だった。暗いといっても、ディスプレイが光源となっているため視界に支障はない。
「ここは仮の作戦司令室だ。我々の本部はまた別にある」
「だろうな。まだ政府軍はその所在地を掴めていないが」
ガルドの説明に、憎まれ口を叩く俺。
「で、敵の様子は?」
「はッ。こちらを」
オレペーターの男性が、ディスプレイの正面を空ける。テロリストにしては組織が出来上がっているようだ。元政府軍の軍人も何人かいるのかもしれない。
ガルドが覗き込んだのは、リアル映像ではなかった。敵味方の位置を測る、マーカーで表された画面だ。
「これは人工衛星を使っているのか?」
と尋ねてみると、『その通りだ』とガルドは即答。
「でも、そのせいでここの場所がバレたんだぞ?」
「やむを得ない。ルナに大まかな敵の位置を知らせるにはな」
すると突然、俺は両腕を後ろに捻り上げられた。
「いてててっ! おい、何するんだ!?」
「念のため、君には手錠をしてもらう。飽くまでも君は捕虜だからな」
にしては、随分と信用されているようだが。先ほどの怒鳴り合いで、親睦が深められたとでもいうのか。だが、それは俺にとっては好都合だ。先ほど考えてみた通り、今の状況では、ゲリラの連中と一緒に自分もふっ飛ばされかねない。
「高射砲、攻撃準備!」
と指示するガルドだが、その命令は明らかに間違っている。高射砲程度でAMMに立ち向かえるものか。
「待てよガルド、パワー・プラントでの一件を忘れたわけじゃなだろう?」
「先手必勝だ」
「それはただの根性論だ! ギリギリまで引き寄せて、ルナに足止めしてもらうべきだ!」
声高に主張する俺を値踏みするように見つめながら、ガルドはすっ、と息を吸った。
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