第8話
ふと、俺は違和感を覚えた。
「護衛のトラックは? 輸送車単体で移動させるわけがないだろう、兵士を乗せたトラックはどうしたんだ?」
「今映る」
とガルドが言った直後、先ほどとは比較にならない爆光と爆音がテレビを揺るがせた。二台の輸送車に追随していた幌付きトラックが横転する。
今使われたのは、間違いなく殺傷用の地雷だ。続けざまに、爆発が続く。ちょうど横転したトラックに追い打ちをかけるように。
「こうして排除したんだ」
リモート操作式の地雷は、ここでも役に立ったらしい。
そんな爆発には慣れているのか、兵士たちは運転手を輸送車から降ろし始めた。
《ほら、降りろ! 命は助けてやる!》
《さっさと出るんだ! 早く!》
《よし、すぐに離脱するぞ!》
まだ視界が戻らない輸送車の運転手二人は、よろよろと荒野を歩き、ぺたんと尻餅をついた。次の瞬間だった。
音もなく、二人は倒れ込んだ。それも、ただ倒れたのではない。首を思いっきり引きつらせるようにして。同時に、何かがぱっと散るのが見えた。血飛沫だろうか、それとも脳漿だろうか。
《狙撃だ! 距離は七百から九百メートル!》
《総員撤退! 撤退だ!》
すると、短い呻き声と共にカメラが横倒しになり、固定された。どうやら、このカメラの主である兵士はやられたらしい。
問題は、そこからだった。
《やられた奴は放っておけ! 輸送車の荷台に乗り込むんだ!》
兵士たちは腹這いになり、狙撃されるのを防ぐ。輸送車は頑丈な造りになっており、狙撃用ライフル程度では、パンクしないし窓が割れることもない。軍用で頑丈であることが裏目に出たのだ。一旦敵に乗っ取られたら、止める術がない。
輸送車の後方に集まった兵士たちは、輸送車自体を盾にしながら荷台に乗り込む。死傷者は、カメラの主以外は出なかったらしい。微かに光るものが目に入る。これは、狙撃で輸送車のバンパーが削られているのだろうか。
輸送車は道路からはみ出しながらも、なんとか切り返して荒野へと去っていく。画面の奥へと。
「早回しだ」
ガルドが指示すると、モーテンがダイヤルを捻った。すると、画面左側から人影が現れた。十名ほどだ。すぐに通常再生の速度に戻る。その十名は、夜間用の迷彩服を着用していた。ぱっと見、どこの戦闘員なのか分からない。
彼らがステリア共和国軍の兵士なのだろうか。その時、空を斬る爆音が流れてきた。これは、ヘリコプターの飛行音。問題は、その回転翼の音が、あまりにも聞き慣れたものであるということだ。
「そんな、まさか!」
俺は思わず、口に手を遣っていた。これは、ステリア共和国軍が正式採用したヘリの音だ。みっちり戦いを仕込まれてきた俺には分かる。
ヘリは上空を旋回し、輸送車運転手の死体に向かう戦闘員の援護体勢に入っている。戦闘員たちはと言えば、死体をずるずると引っ張っていき、死体袋に入れるところだった。
そこで、映像は途切れた。
「これが正規軍のやっていることだ。運転手の遺族には、当然『テロリストに殺害された』とだけ知らされる」
だが、違和感が残る。もしこんな映像がマスコミにリークされたら、軍部は存亡の危機に晒されるに違いない。全力で握り潰しにかかるはずだ。それなのに、狙撃は堂々と行われ、正規軍のヘリまで現れた。これはどういうことか。
「彼らも汚れ仕事をやらされているという自覚があるんだろうね」
今まで沈黙していたモーテンが語りだした。
「現在のところ、我々ブルー・ムーンと政府軍との戦いは、この周辺国の間では唯一の戦争事態であると言っていい。もしそれがなかったら、軍全体を見たとして、士気は随分と低いものだったろう。それを底上げするには、前線の兵士たちに誇りを持たせることが必要だ。だから政府が自作自演のテロをやらかし、国民を煽る。加えて、エリート部隊には正式な武装をさせる。正式な命令書を発行して、しかし事実は伏せたままでね。さしずめ、彼らには『輸送車の運転手にはスパイ容疑がかかっている』とでも言ったんだろう」
「そこまでやって、軍は何を企んでいるんです?」
俺は胸を締めつけられる思いで、モーテンの方を振り返った。しかし、答えたのはガルドだ。
「軍備拡張の口実を見つけるために決まっているだろう」
その声音は冷え冷えとして、反論の余地を与えない。薄暗い部屋の中で、彼の瞳が鋭利な光を宿す。
「平和ボケした周辺諸国に圧力をかけ、様々な国際条約や協定の締結を有利に進めたいんだ」
『そんなことも分からないのか?』とでも言いたげに、ガルドは視線を寄越す。
「そうでなければ、AMMなんてものも造られなかった、ってわけか」
呟きながら、俺は俯いた。俺に頷いてみせてから、ガルドは語った。
「そもそも僕たちブルー・ムーンは、ステリア共和国からの分離・独立を平和裏に進めるための組織だ。ステリアと他国の外交がどうなっているかは、実際のところ僕たちの活動とは関係ない。だが、それがまんまと利用されたわけだ。今のステリア国民は、僕たちを野蛮人の集団としか思っていないだろう」
ガルドが補足した。最後は吐き捨てるような言い方だったが。
自国民が分離独立派の手で殺されたと聞かされたら、遺族を始め国民の怒りは凄まじい勢いで膨れ上がるだろう。それが、軍備拡張というステリア政府の狙いに直結する。もしかしたら、ブルー・ムーンは、実際以上の恐怖対象として国民に喧伝されている節があったかもしれない。
「だ、だが!」
俺は立ち上がった。藁にも縋る思いで。
「この時だけ、偶然こんなことが起こっただけかもしれないじゃないか! そりゃあ、正規軍の方に非があるかもしれないけど」
「残念だがね、リック少尉」
モーテンが腰を上げ、部屋の隅を指差した。そこには棚があり、数え切れないほどの映像記録媒体が並べられていた。
「こ、こんなに?」
「そうだ。これらには全て、正規軍が国民に手をかけた時の映像が収められている。他にも見てみるかね?」
俺もまた、勢いよく立ち上がった。ゴトン、と椅子の倒れる音がしたが、気にしない。気にする余裕がない。
「嘘だ……。こんなの嘘だ!」
俺は手前にいたガルドの肩を揺さぶった。
「今時、映像や音声の加工なんていくらでもできるだろう? これはお前らテロリストが、自作自演で撮ったものじゃないのか?」
『自作自演』という言葉にカチンときたのか、ガルドも立ち上がった。頭半分ほど上から、怒声を浴びせかけてくる。
「じゃあヘリはどうする? 我々に航空戦闘能力がないことは、君も承知のはずだぞ。回転翼の音からして、これが正規軍のヘリであることは君になら分かるはずだ。ステリア共和国軍は、自国民まで殺しながらその権力の拡大を目論んでいるんだ! そうでなければ、僕やリフィアの両親だって……」
そこまで言いかけて、ガルドは口をつぐんだ。だが、言わんとすることは容易に察せられた。
ガルドとリフィアの両親は、政府主導のテロか、あるいは戦闘行為によって殺害されたのだ。だからこそ、ガルドは若くしてこの組織を率いているのだろう。
そう頭では考えついた。両親を亡くすという経験なら、俺だって同じものを味わっている。だが、それが事故ではなく、殺害という形だったとしたら。何者かの悪意に基づくものだったとしたら。その何者かが、強大な権力の元に在ったとしたら。
その無念、理不尽さたるや、想像を絶する。俺だったら間違いなく復讐心に駆られるだろう。その復讐の名の基に、何をしだすか分かったものではない。
「今日はもう休め、リック少尉」
気遣わし気な声がかけられる。モーテンからだ。
「我々は君の力を高く評価している。君が協力してくれるなら百人力だ」
百人力、だと?
「何がですか?」
「我々は――」
「ちょ、待ちたまえモーテン!」
慌てて口を挟んできたのは、言うまでもなくガルドだ。何か隠し事があるらしい。
気になるのは山々だが、知ってしまえば俺の生命に関わる。口封じに殺されてしまっては元も子もないのだ。俺は沈黙を貫くことにした。
そんな俺の思考を読んだのか、モーテンは『今日はお開きだ』と言ってドアを開き、退室を促した。俺も素直に従う。すると、そこには人影があった。
「ルナ?」
声をかけてみると、さも不機嫌そうな顔をしながら鋭い視線を投げてきた。柱に背を預けながら、腕を組んでいる。
「あんたの監視、あたしの仕事だから」
「あ、ああ」
「あんた、捕虜だって自覚ある?」
俺はしばし、考えた。が、考え込む時点で自覚はないということなのだろうと気づき、気まずくなって俯いた。
「まあ、新兵ならそんなもんよね」
やれやれと首を振りながら、ルナはため息をついた。
「あんたを助けたのは、完全にあたしの独断。失望させないで」
そう言って、ルナは背を向けた。
「ちょっと待ってくれ」
「何?」
再び光る、彼女の瞳。
「ルナ、あんたも家族を殺されたのか?」
尋ねてしまってから、俺はすぐさま後悔した。一体何を訊いているんだ、俺は。彼女の逆鱗に触れたら、首を斬り飛ばされるかもしれない。しかし、ルナの態度は意外なものだった。
ふっと俺から目を逸らし、月明りに顔を向けながら呟いたのだ。
「それがはっきり分かっていればいいのにね」
と。
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