第10話

 ガルドが癇癪を起こすのではないかと思われた次の瞬間、


「君の攻撃計画を聞かせてもらおう、リック少尉」


 という、落ち着き払った声がした。振り返れば、戦闘服に着替えたモーテンがそこに立っている。


「モーテン! 君はどこの馬の骨とも知れない奴から意見を聞き出すのか?」


 癇癪の矛先をモーテンに向け直し、ガルドが唾を飛ばした。だが、モーテンは落ち着き払った様子で、それどころか穏やかな目で、俺を見つめている。


「リック少尉。君ならこの状況、どう見る? そしてどう攻める?」

「そ、そうですね、俺だったら……」


 俺は目を閉じ、額に人差し指を当てた。ぼんやりと形を成し始めた戦法の輪郭を、なんとか掴もうと試みる。

 そして、一つの結論に行きついた。


「やはり、ギリギリまで引き寄せましょう」

「ライフルで銃撃されるぞ!」


 ガルドがまた声を荒げるが、俺はそれを無視。


「この建物から全員を退避させ、砂漠に伏せて攻撃準備を」

「ふむ。しかし相手は赤外線センサーを有しているのだろう? 人間の姿は浮彫になってしまいそうだが、どうする?」


 淡々と俺から作戦案を引き出そうとするモーテン。


「火を焚きましょう。この建物の重要度はどのくらいです?」

「ここはAMM撃退の戦法を得るために造った、仮の基地だ。ここから人工衛星にハッキングを仕掛けているが、同じ設備は他にもある」

「つまり捨てても構わない、と?」


 すると、思いの外あっさりとモーテンは首肯した。


「じゃあ、ありったけの爆薬をここに仕掛けてください。全員が退避したら、直ちに爆破するつもりで。その熱源で、AMMの赤外線センサーを無効化します。それから、相手が光学センサーに視界を切り替える隙を縫って、ルナが横合いから敵に斬り込む。前衛の二機には、頭部に対戦車迫撃砲を叩き込んでおく。どうでしょう?」

「いやいや、尋ねたのは私の方だよ」


 こんな状況下で笑顔を見せるモーテン。部下に安心感を抱かせ、身体が緊張で強張るのを防いでいるのだ。見た目だけでなく、精神的な面でも歴戦の猛者なのだなと、俺は感心せずにはいられなかった。


「ガルド、指揮官は君だ。どうする?」


 素直に黙していたガルドは、『仕方ない』と呟いてから俺に向き直った。


「モーテン、皆の引率を頼む。迷彩は夜間用の黒色迷彩で構わないな? リック」

「え? あ、ああ」

「なんだ、随分とぼんやりしているようじゃないか。作戦の立案者は君だぞ」


 俺の肩を小突くガルド。


「敵の指図を受けるのは癪だが、今回だけは認めてやる。モーテン、敵の到達予定時刻は?」

「02:35だ。その頃には、この施設は敵のライフルの射程に入る」

「了解。非戦闘員は即刻退避だ」


 その時だった。


「待って、お兄ちゃん!」


 悲鳴に近い、甲高い声がした。リフィアだ。


「たいひ、ってことは、またお兄ちゃんと離れ離れになっちゃうの?」

「心配するな、リフィア」


 ガルドは膝を折り、リフィアと目の高さを合わせる。そしてそっと、彼女の髪から頬にかけて掌を当てた。


「これはピンチじゃない。お父さんやお母さんの仇を討つ、絶好のチャンスなんだ」

「かたき?」

「そう。敵のことだ。ステリア共和国軍をやっつけるんだよ」

「う、ん……」


 寂し気に俯くリフィア。優しくその頭を撫でるガルド。

 俺は気まずいことこの上なかった。その『仇』、ステリア共和国軍の一端である俺が、目の前にいるのだが。

 そういえば、ルナは俺を殺さずにおいて、『期待を裏切るな』という趣旨のことを言っていた。やはりあれは『自分たちに協力しろ』ということなのだろうか。だが、二回AMMで出撃したことがあるだけの俺に、どこまでできるか分からない。


 いやそもそも、俺は政府軍とブルー・ムーンのどちらに協力したいのだろうか。俺が自分の胸中にある『愛国心』など、この程度のものだったのだろうか。

 だが、俺はモーテンたちによって、政府軍の暴虐な行為を目にしてしまった。殺戮と戦争、それを滅しようとする人々の願いと、その呆気ない崩壊。十数年に渡る、政府による歴史の隠蔽。俺たちステリア共和国の国民は、そんなことを知らされず、狭い箱庭の中で人生を謳歌してきたのではなかったか。そのツケが、きっとこんな戦争を生んだのだ。

 そんな祖国を守ることに、一体どれほどの意義があるのだろう。


 とにかく、今は生き残らなければ。俺は指の関節をポキポキと鳴らしながら、ガルドに顔を向けた。


「俺も前線部隊に同行する。構わないよな?」

「君が?」


 もはや呆れてしまったのか、ガルドはしかめっ面をしながら立ち上がった。


「君はまだ、我々からすれば敵の一味かもしれないんだぞ。ルナが突撃した隙に、彼女を銃撃するつもりじゃないのか?」

「いや、だったら俺は丸腰でいい」

「何だと?」


 今度こそガルドは呆気に取られたらしい。鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしている。俺は『飽くまで淡々と』意識して言葉を続けた。


「俺の希望は、前線部隊に同行して作戦指揮を補佐することだ。自分で戦おうってわけじゃない」

「この臆病者!」


 ガルドはずいっと一歩迫ってきたが、すぐに自分の言動の矛盾に気づいたらしい。


「そ、そうだな、君には武器を渡すわけにはいかない。だが、飽くまで君は『補佐』だからな? 僕からの命令には従ってもらうぞ」

「ああ。分かってるよ。で、誰に随伴すればいい?」

「私と来てもらおう」


 そう言ったのは、やはりモーテンだった。


「砂漠は地形が変わりやすい。昼間のマップは役に立たないかもしれん。そうなったら、AMMがどんな経路で接近してくるのか、すぐに推測できる人間が必要だ」


 そして俺の肩を軽く叩きながら、


「夜間用迷彩服の余りがあったはずだ。リック少尉、君も着た方がいいだろう」


 とのこと。俺もそのつもりだった。


「さ、こっちだ」


 軽く手招きされて、俺は作戦司令室を出た。


         ※


 迷彩服を着ながらにして何も武器を携行していない、というのはなんとも奇妙な感覚だった。途中で出会った戦闘員たちは、皆不思議そうな顔で俺を見ている。俺に敵意を向ける者もいれば、何故俺が前線指揮を執るのかと疑問の眼差しをくれる者もいた。

 だが、いずれにせよモーテンが先導しているので、喧嘩を吹っかけてくるような輩はいなかった。そのモーテンは、皆に笑顔を見せながら『大丈夫か?』とか『なんとか乗り切るぞ』とか言葉をかけている。

 すると、戦闘員たちも過度な緊張から解放されたようで、俺を気にかける者はだんだんいなくなっていった。

 

 すると、ヴン、と空を斬る音が聞こえてきた。窓から外を見ると、そこにいたのはルナだ。素振りを行っている。得物は、俺たちのAMMを屈服させた、身の丈ほどもありそうな分厚い剣だ。


「あんな大剣を、彼女が……」

「そうだ」


 短く答えるモーテン。


「ウォーミングアップの最中なんだろう。先に行って待っていた方がいい。彼女はじろじろ見られるのが嫌いだからな」

「そうみたいですね」


 不愛想な彼女の表情が思い出される。それと、大いなる憎しみと僅かな希望を宿した瞳も。

 俺は彼女のことを、あまりにも知らなすぎる。だが、それはお互い様だ。

 ん? 待てよ。俺はルナに興味関心があるのだろうか。そんなことを、やっとのことで自覚した。同年代で戦っている人間のことをもっと知りたいという好奇心が、胸中で燻ぶっている。

 まあ、おいおい話す機会があれば、俺の好奇心も満たされるだろう。ルナがそう簡単に自分の境遇を吐露してくれるとも思えないが。


 それから数分後。


「モーテン隊長、非戦闘員の退避、及び爆薬の設置を完了しました」

「ご苦労」


 相変わらず笑顔を浮かべたまま、モーテンは確認係に頷いてみせた。

 今、彼の横には俺が立っていて、俺の反対側にはルナがいる。大剣を背負うようにして。前方には二十名ほどの戦闘員が整列している。五人一組、四班あるようだ。


「さて、作戦は先ほど伝えた通りだ。AMMの接近に合わせ、我々はこの臨時基地を放棄、ナパーム弾で焼き尽くす。その高温で、AMMの赤外線センサーを潰し、足止めをする。その隙にルナが横合いから突撃するから、他の者は手榴弾と対戦車ロケット砲で援護してくれ。質問は?」


 誰も口を開こうとはしない。


「よし。それでは、この砂山の陰に沿って、A班とB班は右翼に、C班とD班は左翼に展開だ。ナパーム弾はすぐに起爆する」

「隊長、目標はもうじき射程範囲内に入ります」


 通信兵らしき戦闘員が報告する。


「了解。ちょうどいい頃合いだ。敵が銃撃を始めたら、急いでここから離れるように。でないとナパーム弾の餌食になるからな。では、散開!」


 AMMの百二十ミリ機関砲が火を噴いたのは、まさに次の瞬間だった。

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