第11話

 暗い砂漠の向こうから、マズルフラッシュが煌めいた。直後、ビシッと鋭利な音を立てて、百二十ミリ機関砲から吐き出された弾丸が飛来する。

 背の低いこの基地の天井を滑るように飛んでいき、後方でぱっと砂埃が上がった。一発、一発、続けて二発。今は砂の丘が敵の狙いを逸らしてくれているが、敵がその丘の上に陣取ってしまうと厄介だ。早く展開しなければ。


「敵に上方を取られるな! ナパーム弾、一斉点火!」


 モーテンの一声で、ボウッ、と爆光が広がった。直視していたら、しばらくは目が見えなくなっていただろう。あまりの熱量に、背中が押されるような錯覚に陥る。同時に、辺り一面が昼間のように明るくなった。すると、一キロほど前方に敵の前衛機が見えた。二機だ。遮蔽物となる盾は、すでに放棄している。やはり、投入されたのは一個小隊であるようだ。


「皆、迂回しながら接近だ! 敵の目は鈍い! 今のうちに接近するぞ!」


 どんどん発破をかけるモーテン。流石、頼りになる。

 しかし、敵もただ黙っているわけではなかった。フルオートにした機関砲を掃射し始めたのだ。


「全員伏せろ!」


 今度の弾丸は、見事に基地を直撃した。明々と燃えていた基地がふっ飛ばされ、ナパーム弾による炎が急速に鎮火していく。次に敵が使うのが、光学と赤外線のどちらのセンサーかは分からないが、俺たちが発見されやすくなったのは事実だ。


 ざらざらという音に気を取られ、そちらを見ると、ルナが大剣を背負ったまま匍匐前進していた。速い。俺だって歩兵訓練はきちんとこなしてきたが、それでもあっさり追い抜かれた。

 俺はまたしても、ルナの意志の強さを垣間見せられたように思った。行方不明の両親を探しに、戦場に身を投じたルナ。


 ふと、不思議な感覚が俺の脳裏をよぎった。俺はなんとか、彼女の手助けをしたいと思い始めていたのだ。どうしてだろう。いや、それは後で考えよう。雑念は自分を殺してしまう。


 砂の丘を乗り越えると、AMMの前衛とすれ違うところだった。ルナは徐々に隊列を離れ、AMMの足元へと近づいていく。俺はそれを、固唾を飲んで見守っていた。

 すると唐突に、バチッ、という鋭い音がした。落雷のような音だ。ルナが構えた大剣が、青白い光を帯びている。あれが、俺たちAMM二個小隊を屠った兵器か。いや、ルナ自身が、自らを兵器として見做しているようにすら思える。


 伏せたまま、片手で柄を握りしめるルナ。後衛の二機が近づいてくる。それを認めて、彼女は駆け出した。

 左手を軽く添え、瞬く間に接敵。わざと足を捻るようにして回転をかけ、跳躍。そして、AMMの脚部をバッサリと斬り裂いた。

 

 ああ、俺たちがやられた時と同じだ。そう思って恐怖する半面、俺は微かに美的感覚を刺激されていた。青白い大剣が描いた残像は、まさに三日月の時のブルー・ムーンと呼ぶに相応しい。


 足元をすくわれた形のAMMは、その断面からエネルギー循環系のパイプを露出させた。ルナはバックステップとサイドステップを交互に繰り出し、その場を離れる。


「よし、ぶち込め!」


 モーテンが叫ぶ。すると、戦闘員たちはAMMの露出した動力パイプにロケット弾の集中砲火を浴びせた。堪らず体勢を崩すAMM。


「今だ! 頭を狙え!」


 角度を調整し、戦闘員たちが二発目を頭部に叩き込む。爆風の中から、AMMの数少ない弱点、すなわち頭部のバイザー式カメラの破片が飛んできた。これで、なんとか一機は仕留められた。

 

 俺がそっと頭を上げると、奥にいたもう一機の後衛機が、ルナによって転倒させられていた。こちらが一機目に止めを刺す間に、彼女は二機目の両足を切断していたのだ。暗い中で必死に目を凝らすと、脚部から火花が散っている。今度はパイプごと足を切断されたらしい。


 俺たちがやられた時の検証を済ませていたのだろう、AMMの挙動は飽くまで落ち着いていた。少なくとも頭部のバルカン砲を乱射するヘマは犯さなかった。かといって動けるわけでもなく、仲間の援護を求めている状態だ。

 すると、前衛の二機が振り返った。後衛の、損傷した二機は胸の前に肘を突き出し、小型の密着型の盾で防御態勢を取る。すると、前衛機がやや頭を下げ、頭部バルカン砲を撃ち始めた。


「ッ!」


 機関砲を味方に撃つわけにはいかなかっただろう。だが、バルカン砲程度の威力の火器なら、同士討ちになっても大したダメージにはならない。また、跳弾が俺たちの頭上から降ってくることにもなりかねない。

 いずれにせよ、ルナに銃口が向けられようとしている。なんとかしなければ。


 今、敵は赤外線センサーを使っている可能性が高い。基地に仕掛けたナパーム弾の炎が下火になった今、冷たい砂場にいる俺たちを探すには、熱探知をした方がいいからだ。俺ならそうする。

 特に、あれだけ高熱を発する大剣を持っているルナなど、すぐに捕捉されてしまうだろう。

 前衛にどれだけ迫っているか分からない。だが、AMMが僅かに狙いを逸らせば、そこにルナがいる可能性は十分ある。そうすれば、彼女は一瞬でバラバラ死体にされてしまうだろう。

 俺は通信係を呼び立て、ガルドに応答を求めた。


《こちらガルド》

「俺だ、リックだ! 高熱源体でAMMの赤外線センサーを潰したい。何かないか?」

《何かと言われてもな。先ほど基地を焼き払うのにナパーム弾は使ってしまったし》

「もう残っていないのか?」

《ああ、全弾使い尽くした》


 馬鹿かこいつは。光学と赤外線を使っていたのはお互い様だろうに、赤外線兵器をなくすとは。


「畜生!」


 俺はそう言い捨てながら、無線機を戻した。

 ルナに現在の状況を知らせる手段はない。このまま敵のAMM二機が掃射を繰り返せば、彼女は接敵前に木端微塵にされてしまう。


 その時、ある考えが一つ浮かんだ。


「モーテン隊長、ルナが使っている大剣はあれだけですか?」

「今はな。昼間に君たちを奇襲した時の大剣は、刃こぼれを起こしていたから――」

「それは今どこにあります?」


 すると、モーテンは初めて驚いた表情をしてみせた。


「まさか、君がそれで戦うつもりなのか?」

「半分はそうです」

「半分?」

「囮になるんです」


 俺の考えた攻撃プラン。それは、自分が大剣を発熱させて振りかざし、敵の狙いをこちらに引きつけるというものだ。

 それを聞いた後のモーテンの指示は早かった。


「了解。リック少尉、大剣はここにある」


 リュックサックから取り出された電子パッドに地図が表示される。大剣は、焼き払われた基地のそばの倉庫で、研磨されるのを待っていた。

 取りに行くのに、ダッシュで二分半。大剣を発熱させ、トラックの荷台に立ててここに戻ってくるまで一分。合計三分半と見込みをつけた。


「とにかく今は、ありったけの火器でルナを援護してください!」

「分かった。皆、第三弾を込めろ!」


 戦闘員たちが発射準備を始めるのを横目に、俺は基地の方へと駆け出した。急がないと、ルナ以外の皆も危ない。砂に足を取られつつも、俺は懸命にぐいぐいと前進した。


 果たして大剣は、指示された場所に収納されていた。ルナは随分軽々と振り回していたな。俺は男だから、もっと軽々と扱えるだろう。そんな気持ちで、俺はその柄を取って引っ張り出そうと試みた。しかし。


「うおっ!?」


 背負おうとして、見事にコケた。予想以上に重い。四十キロくらいはあるだろうか。それを両手で、しかも片手は添えるだけで、ルナは振り回していた。彼女は化け物か。


「こんなところで……!」


 俺は歯を食いしばり、大剣の柄を握って引きずりだした。息をついて、思いっきり力を込め、軽トラックの荷台に乗せる。その時、遠くで爆炎が上がるのが見えた。急がなければ。


 俺は柄の部分を拡張し、そこを荷台に載せて耐熱ロープで固定。荷台にそのまま大剣を載せてしまっては、発熱時に軽トラそのものが溶けだしかねない。柄の部分を子細に観察すると、発熱用のスイッチがあるのを見つけた。パチリ、と弾いて押し上げる。すると、『発熱注意』の文字が立体表示された。たちまち火で炙られるような熱波が迫ってくる。


「よし、行くぞ!」


 自分に喝を入れながら、俺は運転席に乗り込み、発車した。


 AMMの機影が見えてきた。前衛の二機は振り返ったままで、バルカン砲を短く撃ち込み、ルナの接近を拒んでいる。


「こっちだデカブツ! こっちにも大剣があるぞ!」


 そう叫ぶと、機影のうち一機が振り返った。こちらにバイザー越しの視線を遣っている。俺が接近するにつれ、二機目も。やがて前衛の二機は、着陸時と同様の向きに振り返った。やはり、熱源センサーを使用していたのか。

 俺は勢いよくハンドルを切り、蛇行運転しながら二機の気を引きつける。機関砲を構えるAMM。すると、その二機の背後から、青白い、妖しい煌めきが跳びかかった。

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