第6話
「む……」
眩しさのあまり、俺は目を覚ました。ん? 『目を覚ました』? 俺のAMMは撃破されて、俺自身は殺されたのではなかったか? いや、違うな。俺は何かで頭をぶたれたのだ。きっと、それで気を失って、鎮静剤でも打たれたのだろう。
待てよ。殺されていないとすれば、ここはどこだ? 誰がいる?
俺は咄嗟に額に右手を遣った。包帯が巻かれている。気絶させられた以外に、暴行を受けた気配はない。左手をついて上半身を起こそうとした時、ジャラリ、と嫌な音がして、身体が引き戻された。首を巡らせると、寝かされていた質素な布団の枕元に手錠がかけられている。それと左手が繋がれているのだ。
ようやく察した。ここはブルー・ムーンが有する建物のどこかだ。
俺の負傷の度合いからして、そんなに時間が経っているわけではあるまい。きっと周囲を砂漠で囲まれた、小さな街の一角だろう。
だが、そうなるとまた一つ疑問が浮かんでくる。どうして俺は生かされているのか? AMMで彼らの仲間の命を奪っていたのに。何故殺されもせず、拷問もされず、増して怪我の治療まで施されているのか。
「あ、起きたんだね!」
「うわ!」
突然横から聞こえてきた声に、俺は手錠を無視して跳び上がりそうになった。そこにいたのは、一人の少女だった。
「お、俺は、一体……」
すると、少女は可愛らしいつぶらな瞳をくるくると回しながら、
「ルナお姉ちゃんが助けてくれたんだよ!」
と一言。
「ルナ……?」
「ちょっと待ってて、呼んでくる!」
「あ、少し待ってくれ!」
敵対心を全く見せない少女に、俺は声をかけた。
「今何時だ? それに君は何者なんだ?」
「えーっとね、今は夕方の六時くらいかな。それと、あたしはリフィア! ルナお姉ちゃんのお手伝いをしてるんだ!」
「そ、そうなのか」
あまりに無邪気な言動に、こちらが怯んでしまいそうになる。
すると、俺との問答が終わったと解釈したのか、リフィアと名乗った少女は『ルナお姉ちゃん!』と連呼しながら、部屋から出ていった。
その声が遠ざかっていくのを耳にしながら、俺は部屋を見渡した。簡素な木造建築の建物だ。ところどころに、ブルー・ムーンらしい模様の旗やプラカードが貼られている。淡い黄色を背景に、青い三日月形の模様があしらわれている、というもの。
それ以外は、特に目立つものはなかった。
しばらくぼんやりしていると、扉の向こうから声と足音が聞こえてきた。
「ほら、お姉ちゃん! 人質さんが目を覚ましたから、ちゃんと説明してあげないと! お兄ちゃんにはあたしが知らせておくから!」
対する相手、ルナお姉ちゃんとやらは無言。そうこうしているうちに、会話も成り立たないまま扉が開いた。そこに立っていた人物を見て、俺はざっと鳥肌が立った。
「お、お前は!」
「お姉ちゃん、人質さんとお話するんでしょ? ちゃんと喋らなきゃ! ね? いいでしょ人質さん!」
リフィアが促す。が、俺の方も『お話する』どころではなかった。今目の前に立っているのは、先ほどAMM二個小隊をたった一人で行動不能に追い込んだ、件の『彼女』だったのだ。
「じゃあ、あたしは晩ご飯のお手伝いしてくるね!」
そう言ってリフィアは退室した。俺は慌てて右手をホルスターに遣ったが、拳銃は奪われている。当然といえば当然か。
「お前は完全に武装解除されている。私に余計な口を叩かせるな」
切れ長の瞳に、肩に届くか否かといった短髪。すっと通った鼻筋は、彼女の攻撃性を象徴しているかのようだ。年頃と背丈は俺と同じくらい。だが、無駄なく鍛え抜かれた身体は、兵士である俺よりも引き締まっているように見えた。
意外だったのは、声が高いということだ。こんな戦場に出るのだから、低い声の方が似合いそうなものだが。それは俺の先入観だろうか?
「もしかして、声が高いのって、あんたのコンプレックスか?」
と尋ねると、目の前の少女、ルナはナイフを投擲してきた。俺の髪が数本宙を舞う。
「ひっ!」
「余計に喋らせるなと言ったはず。次は首をやる」
「わ、分かった! 分かったよ!」
俺はふう、とため息をついて、相手が語りだすのを待った。取り敢えず、どうして俺が殺されず、怪我の治療までしてもらっているのか、それは気になった。かといって、下手に口を開くと首を刎ねられてしまう。
どうしたものか、と首を捻っていると、また足音が近づいてきた。
「ルナ、入るぞ」
若い男性の声がした。ゆっくりと扉が空けられ、やや背の高い人物が入ってくる。差し込んでくる夕日を反射し、金髪が眩しい。
「説明は終わったか?」
「いや」
短く答えるルナ。
「まただんまりを決め込んでいたのか。あまり言いたくはないがな、ルナ・カーティン。この捕虜を生かしておけと言ったのは君だぞ。君には彼に、いろいろと説明する義務がある」
「ちょっと待ってよ、ガルド! 私は人と話すのが苦手で……」
すると、ガルドと呼ばれた青年は、眉間に手を遣ってため息をついた。
「僕も知らないんだぞ、何故君が彼を助けたのか。この件は君に任せたからな」
そう言いながら、ガルドは踵を返し、『もうすぐ飯だ』と告げて退室した。
「あんたが独断で俺を生かした、ってのは本当か?」
「ああ、そうだよ」
『何故』と問いかける間もなく、ルナは一気呵成に喋り出した。
「あんたは他のパイロットとは違う。自分を犠牲にしてでも、仲間を退避させようとした。だから、その気骨のあるところを見込んだんだよ。殺すには惜しいってね」
「だ、だけど、俺はあんたたちの味方を殺したんだぞ? 昨日のパワー・プラント襲撃の時だって」
「それはお互い様。戦争だからね」
「そ、それはそうかもしれないけど」
壁に寄りかかって腕を組み、ルナは冷たい視線をこちらに寄こした。
「昨日のテロで亡くなった方々は、気の毒に」
「何?」
瞬間、俺の脳裏に稲妻が走った。こいつ、今何と言った?
「お前たちが仕掛けたテロだろうが! 何が『気の毒に』だ、ふざけやがって!」
「それは違う!」
初めてルナが、高い声を張り上げた。
「あれはステリア共和国軍の仕掛けた自作自演だ!」
「そんな馬鹿な話があるか!」
「本当だ! 確かな証拠は見せられないけど……。でも、私たちが攻撃してきたのは軍事関連施設だけだ! 一般市民を狙ったテロなんて、一度も起こしていない!」
「さあどうだかな!」
俺は左手の手錠をジャラジャラ鳴らしながら、布団の上にあぐらをかいた。
「じゃあ去年の大晦日に、アルーナの繁華街で起こった銃撃事件は? その一ヶ月前の遊園地爆破テロは? そうそう、二ヶ月前に起きた電波塔の倒壊事故は? 全部が全部、政府の自作自演だっていうのか?」
「そうだ!」
あまりにバッサリと肯定され、俺は呆気にとられた。
「それ、本当か?」
「少なくとも、私たちの仕業じゃない」
俺は狼狽と困惑の淵に立たされた。証拠はないと、ルナは言う。だが、その青い瞳に曇りはなく、とてつもない緊張感を孕んでいた。
仮に。もし仮にだ。これら、国民を恐怖に陥れてきた数々のテロ事件が、政府の自作自演だとしたらどうなるだろう。軍縮が進む昨今の国際情勢下で、新兵器の開発には、それなりの口実が要る。
それが、独立を目指すブルー・ムーンという勢力をテロリストに仕立て上げることで満たされたとしたら。ステリア共和国は、この周辺国で最強の軍事力を誇ることになる。
工業大国を自負するステリア共和国にとって、戦争ほど儲かるビジネスはない。そこに現れたのが、かつては武装組織ではなかったであろうブルー・ムーンだ。
自分たちの文化・伝統を守りたいという気持ちが、政府によって暴力に塗り替えられていく。それも、欺瞞に満ちた情報操作によって。その怒り、悔しさたるや、いかほどのものか。『自分たちも武装を』との声が上がるのも無理はない。
その時、俺は頭痛に似た感覚に囚われた。俺が今まで軍に入隊し、訓練を積み、AMMのパイロットになったことに、意味や大義名分はあっただろうか? 単なる正義感に踊らされてきただけではないか? いや、そもそも『正義』とは何だ?
無論、殺人は許される行為ではない。その連鎖を断ち切りたくて、俺は戦いに身を投じた。それが俺にとっての『正義』だった。
だが、それは『国家』の狙いと被るものである。その『国家』が自らのためだけに横暴な行為に走っているとしたら。そんなものの命令で殺人を犯すことは、俺にはできない。
一体、俺はどうすべきなのか? 虜囚の身で、何ができるというのか? そもそも、生きて帰れるのか?
考え込む俺に、ルナは声をかけようとはしなかった。他人と話すのが嫌いだと言っていたものな。
多少意地悪であることを自覚して、俺は自分からルナに声をかけた。
「なあ、あんたはどうして戦ってるんだ?」
するとルナは、目線を上げて俺を見た。口元が動いているが、声にならない様子だ。
「それは――」
と言いかけた時、バタン! と扉が開かれた。そこにはリフィアが立っている。
「晩ご飯だよ、ルナお姉ちゃん! 人質さんも!」
「え? あ、俺も?」
「もちろん!」
リフィアは笑みを浮かべたまま、俺に近づいてくる。
「今、手錠を外してあげるから!」
「お、おう、サンキュ」
カチャリ、と音がして、鍵が外された。
ため息をついて部屋を出ていくルナの背中を見ながら、俺は立ち上がって伸びをした。
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