第27話

 沈黙していたわけではない。周囲からは相変わらず、銃声や爆発音が聞こえてくる。だが、張り詰めた緊張感が、俺に『静寂』という錯覚を与えていた。


《覚悟がつかないかね? アダムス少尉》


 このまま黙り込んでしまいたいのは山々だ。だが、そうすれば余計にブルー・ムーンの戦闘員たちは追い込まれてしまうだろう。俺は、こちらから話しかけることで時間稼ぎをしようと考えた。


「中将殿。非武装組織だったブルー・ムーンに、テロリストの濡れ衣を着せたのは本当ですか」

《まあまあ、君のような若者が気にすることでは――》

「どうなんですか?」


 俺は少しばかり語気を強めた。

 すると、無線の向こうからは、やれやれとでも言いたげなため息が聞こえてきた。


《それは事実だ》


 あっさり認められ、俺は呆気に取られた。


《しかし考えてもみてくれ。ブルー・ムーン支配地域は、豊かな金鉱や銅鉱、それに海に面していることから鉄鋼業まで盛んだ。彼らが独立するということは、それらの恩恵を、自分たちだけのものにしようという魂胆なのだろう。分かるね?》


 確かに、理にかなった話ではある。それはステリア共和国にとって、面白くない事実だろう。


「かといって、彼らを人殺しの集団にしてしまうのはどうかと思いますが」

《そうかね?》


 中将が肩を竦めるのが目に見えるような言い方だ。


《問題は、我が国の経済力だ。五六〇〇万人の人口を有していながら、毎年の自殺者は二万人を超えている。他国と比べて、異常な数字だよ、これは。この事実は一重に、経済活動の停滞によるものだ。その上、豊かな鉱物資源を有する山岳地帯や湾岸地区をブルー・ムーンに取られたら、この国はどうなると思う?》

「三七四八人」

《なんだって?》


 俺は数字を告げてから、ゆっくりと息を吸い込んだ。


「中将。あなたならお察しのはずだ。統計を取り始めてからのこの五年間、テロ事件で亡くなった民間人の数ですよ」

《うむ。ブルー・ムーンによるテロ行為でな》


 あまりに軽く返されたので、俺は一瞬、頭の回転が鈍った。だが、ここは否定しなければ。


「ブルー・ムーンによるものじゃない、政府の自作自演による事件の犠牲者の数です」

《何を証拠に言っている?》

「捕虜としてブルー・ムーンに身柄を拘束された際、見せられた映像資料を証拠に」

《ふっ、ははははははは!》


 今度は中将が驚いたらしい。『何がおかしい!』と怒声を上げる直前、再び中将が語り始めた。


《確かに、我々がブルー・ムーンを利用して、テロ事件を起こしてきたことは認めよう。先ほど自白してしまったばかりだしな。だが、君にとって、ブルー・ムーンは元々、制圧目標であり、攻撃対象であり、憎むべき敵だったはずだ。それが、資料の一つや二つ見せつけられたところで寝返るとは! まったく、君は甘い人間だな》


『若さ故かもしれんがね』と言って、中将は言葉を締めくくった。しかし、その言葉には、なんとも言えない違和感を覚える。


 果たして、俺はブルー・ムーンを憎んでいたのだろうか? 戦争とは言え殺人を嫌悪すること、躊躇することはなかっただろうか? 人の死を、当然のものと見做してきただろうか?


 その答えが『NO』であると断言できれば、どれほど救われただろう。だが俺には、最も愛すべき両親と、その生前の記憶がない。これでは『YES』とも『NO』とも答えられない。

 憎むこと、嫌悪すること、躊躇すること。人の死や、殺人に関するこれらの感情は、どうにも俺の胸中に染み入らず、心の上を滑っていくだけのように思える。

 そんな人間に、暴力兵器、すなわちAMMから拳銃、そして自分の拳に至るまで、それらを扱う権利があるだろうか。


《異論はないかね、アダムス少尉?》


 今度こそ、俺は黙した。黙せざるを得なかった。


《では、AMMの武装解除をして、両手を挙げて膝立ちになるんだ。コクピットから飛び降りられる高さまで身を起こしてくれればいい》


 くそっ、どうしたらいい? 迷っている自分を前に、どうして迷っているのかという迷いがオーバーラップする。これ以上は――戦えない。

 俺は機関砲を放り出し、左腕を地面について、自機を立ち上がらせた。


《そうだ、それでいい》


 だが、俺は一つだけ注文をつけた。


「狙撃手を退かせてください。降りた瞬間を狙われるのでは、あまりに情けない」

《おお、そうかそうか。気が回らなくてすまなかったね》


 俺はコクピットハッチを開いた。頭上からパシュッ、と音がして、ハッチが前方へ倒れ込む。俺は全ての機能と動力を切って、そのハッチの上に乗った。自分の両腕を掲げ、無抵抗の意志を示す。

 その時だった。眩い光線が空間を切り裂き、あちらこちらで爆発を起こしたのは。


「ッ!」


 俺は慌ててコクピットに戻った。ハッチを閉める。すると、真っ暗な機内でありながら、異音が周囲を駆け巡った。強いて言えば、何かが溶けるジュッ、という音に似ている。


「何なんだよ!?」


 状況が把握できないのでは、相手の指示に従うこともできない。俺はAMMを起動させ、ディスプレイを覗き込んだ。

 そこに映されていたのは、先ほどと変わらない風景。いや、違う。地面やビルに、縦横無尽に赤い筋が走っている。一体何があった?


 すると、ゴゴン、という地響きと共に、地面に一斉に亀裂が入った。続く重い振動。ついにアスファルトがめくれ上がり、ゴロゴロと雷鳴のような音を立てて、『それ』の全貌が明らかになった。


「こいつは、AMMなのか……?」


 高さ五十メートルはあろうか。バイザー式の光学・熱源センサー、両耳を成すような高感度アンテナ、胸に見えるコクピット・ハッチ。ここまでは通常のAMMと一緒だ。

 だが、その肩はせり上がり、胴体は異様なほど太い。両腕の先端は手の形状を成しておらず、接近戦用のパイル・バンカーのようなものが取り付けられている。

 そして、これだけの図体と武装を支え得る、屈強な脚部。膝には装甲板の代わりに、大口径の機関砲が装備されていた。


 こいつを凝視する間に、俺は気づいた。両肩と両脇腹に、円形の輪が展開されている。それは減速しながらも、高速で回転していた。雷のような電磁波を帯びている。


 地下から現れたそいつが、一歩を踏み出す。

 ドオン、という重苦しい爆発を連想させる足音。同時に、コクピット内がアラートの立体表示で埋め尽くされた。

 先ほどの赤い筋に沿って、ビル群や地面が割れていく。光線が当たった部分だ。そこがスッパリと斬られ、無数のコンクリート片が降ってくる。


 とにかく、倒壊するビル群から逃れなくては。俺はフットペダルに思いっきり足を押しつけ、バックステップ。その時、巨大AMMと自機との間で爆発が起こった。目を遣ると、ひしゃげたAMM用狙撃銃が見える。


「味方ごと撃ったのか!?」

《その通りだ》


 応答したのは、中将その人だった。この馬鹿でかいAMMのパイロットは、陸軍中将だ。

 中将自らの出撃とは恐れ入ったが、味方を殺しておいて、これほど平静でいられるとは。


 一体俺はどうすればいいのか。時計を見下ろすと、既にクーデターは終了している。もしかしたら、すぐにも陸軍幕僚長から戦闘停止命令が下るかもしれない。だが、そんなことであの中将が闘志を失うとは思えない。


《君とは戦わせてもらうよ、アダムス少尉。この大型AMM――『タイタン』の機動実験が終わっていないんだ。降伏は許可できん》

「こっちは損傷してるんだぞ!」

《戦えないわけではあるまい?》


『すぐに起動できずに申し訳なかったな』とのたまう中将。


《本来だったら、旧型の連中などこちらに向かわせずに、私が君らを叩き潰すつもりだった。だが、最終装甲板の取りつけが間に合わなくてね。おっと、弱点を晒してしまったかな?》

「ああ、そうだな!」


 俺は右腕に機関砲を、左腕に大剣を握り込んだ。スラスターの使用を控え、瓦礫を踏みにじりながら走行する。と、見せかけて、無事だった右のスラスターを一瞬起動。先ほどの熱線乱射のお陰で、遮蔽物はたくさんある。

 倒壊した瓦礫の山陰に入る直前、タイタンの腹部目がけて大剣を放り投げた。ズスッ、といって突き刺さる。だが、そんなことには頓着せずに、タイタンは膝の機関砲を連射し始めた。瓦礫が崩され、遮蔽物としての体を為さなくなってくる。


 俺は唇を噛みしめながら、横転してビル陰に入った。背部の右側及び正面のスラスターを調整し、ほぼ真っ直ぐに飛び上がった。

 スラスターを停止し、ふっと緩い重力がかかったところで、押し出すようにして左足をビルに繰り出す。倒壊させるつもりだ。

 俺が着地すると、ちょうど瓦礫がタイタンに降り注ぐところだった。濛々と砂煙が上がる。

 あれだけの図体だ、狙いを定めるまでもない。手近に落ちていたバズーカ砲を拾い上げ、俺は三発連射した。そこで弾丸切れ。バズーカ砲を放り投げ、機関砲を構え直す。

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